黒田秀忠の狙い
さて、辛うじて、いや、奇跡が重なって晴景兄上は一命を取り留めることができた。
だけど、状況は良い物ではない。
「兄上を養生させたいのですが、思い返せばここは敵方の城です」
そう、ここは新発田城。長尾家本拠の春日山ではないのである。
戦雲高まる今の越後で兄上を安静のまま春日山、いやせめて味方の城まで運ぶのは厳しいと言わざるをえない。
「景虎様、正確には此処は敵対者の城じゃない。上杉定実を説いてみてはどう?」
十六夜が思わぬ提案をしてきた。
思わず、口が真ん丸になる。
そう言えば、どうしてこの状況になったのか聞いていなかったな。
「段蔵、此度の仕儀いかなるわけで起こったかわかりますか?」
私が尋ねると、気まずそうに目を泳がせながら段蔵は語りだした。
「実は・・・私が大殿を追いかけた際に、恐らくですが追い抜いてしまった事が一点。これがまず致命的です」
流石に気が動転してたのだろう、段蔵は出来る限り早く兄上に追いつこうとしたけど、よくよく考えてみれば、兄上の通る道筋など分かるはずもなく一路新発田城を目指したとしたら十分に起こり得る結果であったと言えよう。
もし、間に合えば兄上を引き留めることが出来たわけだから、これが一番の失敗だというのも納得であった。
「次に新発田城内で見つからないように大殿を探していたのも不味かったと思います」
段蔵は追いつけなかったと思い込み、新発田城に潜入し兄上を探したらしい。焦りが生んだ判断ミスだろうか。
兄上がまだ到着していないのは冷静に探れば分かったと思われる。
「色々と場内を探るうちに上杉定実の居室を見つけたので、そこで彼を見張ることにしました。大殿のおとないがあれば、知らせが来るであろうし、この場で会談があるやもしれないと考えました」
十六夜ちゃんの情報から、上杉定実が兄上に問答無用で危害を加えることはないと判断したらしい。
「そうしている内に大殿の訪問が告げられ、待機していたのですが突然城内に悲鳴が響き渡りまして、急いでこの場に駆け付けた次第です」
「つまり守護様が兄上に手を掛けた訳ではないということでいいのでしょうか?」
「それは間違いないと思われます。また、その様な指示を出していた様子もございませんでした」
「となれば、何とか秘密裏に守護様に接触することが最善かもしれないですね・・・」
兄上は一端、この部屋から移動させて匿っておくべきだろう。
それなら・・・
「段蔵は兄上を連れて部屋を替え、そこで兄上の護衛を頼みます。貴女なら誰かやって来ても幻術や忍術でうまくやり過ごせるでしょう?」
「はっ! 必ずや成し遂げて見せます!」
失態の挽回とばかりに気合を入れる彼女に頷き、十六夜ちゃんに声をかける。
「十六夜はこの一年で新発田城の構造はしっかりと頭に入っていると思います。城内の案内をお願いします」
「ん。わかった」
各々がすべきことが決まったら直ぐに行動に移す。
私は十六夜ちゃんの道案内で守護様の居室を目指す。
脳内アプリに頼ってもいいのだけど、先程の手術で頭が疲れ果てていたのでお願いしたのだ。チートも楽じゃない。
そしてある部屋の前、十六夜ちゃんが厳しい顔つきで言った。
「おかしい。部屋の前に見張りが居ない。それに中に人の気配もない」
人がいないのが分かっていたからか遠慮なしに襖を開けて侵入する十六夜ちゃん。
その後に続く私。
十六夜ちゃんはまず茵を確認した。
「僅かに温もりがある。まだ四半時も経ってない」
私も触ってみたけど全然分からない。
これが特性:忍者の素質Sの力だろうか。
「何処に行ったかは分からない?」
「ちょっと待って。考えてみる」
しばし、瞑目する十六夜ちゃんに、なんなら脳内ナビをを使うかと思った瞬間鋭い頭痛が走り異種運浮かんだマップがノイズで途切れてしまった。
参ったな・・・さっきの手術はよほど脳に負担があったようだ。
思えば、あれはゲーム感覚と言うより、医療シミュレーターみたいなものだった。
精神力にはまだ余裕があるから、これは純粋に脳による疲労によるものだろうか。
「少し確認が必要。適当に城兵を捕まえてくる」
徐に立ち上がった十六夜ちゃんは部屋を出たと思ったら体内時間で3分もしないうちに一人の兵士の首筋に苦無を当てて戻って来た。
「正直に答えること。今、この城はどうなってる?」
凄まじい殺気だ。
答えないと確実に殺されると脳が勝手に理解するだろう。
「ひっ! 守兵50を残して、の、残りは先程、し、出陣しましたっ!」
「そう。守護様が率いてる?」
「いえ! 守護様は謀反人長尾晴景に手傷を負わされたとの事で、養生されておりまするっ!」
上擦った声に股間からアンモニア臭・・・
きっついわ・・・
でもそれだけに嘘を言ってないのは良く分かった。
「なら、大将は・・・」
「黒田秀忠」
十六夜ちゃんの質問の言葉にかぶせて断言する。
それしか考えられない。
「十六夜、もういい。その人は開放してやって」
「了解した。もう行っていい」
解放された兵士は一目散に逃げだした。
そして私は十六夜ちゃんの目を見て問う。
「座敷牢は何処?」
「ん。こっち」
部屋を出て廊下を駆けだす十六夜ちゃんに遅れることなく並走して辿り着いた先には高貴な衣服を着た50代程の男性が座敷牢に入れられていた。
「だ、誰じゃ、その方らは!?」
突然現れた私達に狼狽えるこの人物こそ。越後守護、上杉定実その人。だと思う。
「守護様とお見受けいたします。私は越後守護代長尾晴景の妹景虎。守護様をお助けに参りました」
「おお、為景の末の子か。噂は聞いておる・・・と、そうじゃ! 秀忠めが晴景を斬り捨てたと申しておったが、真であるか!?」
「その通りにございます。ですが、何とか一命を取り止めましてございます」
「そうであるか・・・一安心じゃわい。今、この城がどうなっておるか知っておるか?」
心底安堵した顔の守護様が直ぐに気を引き締めて尋ねて来られた。
「僅かな守備兵を残して出陣されたそうです。大将は黒田秀忠、守護様は我が兄に手傷を負わされて療養されてることになっておるそうです」
「秀忠の奴め、儂を徹底的に追い詰める気じゃな」
「それはどう言った意味でしょう?」
守護様の漏らした呻きにも似た言葉に首を傾げると、顎髭を撫でながら話してくれた。
「お主はまだ北越後の事は詳しくないと見えるの」
「お恥ずかしながら、勉強不足であります」
「何、恥じ入ることはない。北越後、この場合は揚北の連中を指すが、連中は非常に独立意識が強い国人たちじゃ。今はまだ儂が居る事で纏まることが出来ておるが、もし儂が死にでもしたら全員が独立でもするであろうよ」
「つまり、黒田秀忠は守護様を弑されなかったわけでなく・・・」
「出来なかったのじゃよ」
なるほど。見えてきた。
だから春日山を落とし、守護様をもはや後戻りが出来なくなるほど追い詰めて、自身が南越後を支配できるように迫るつもりなのだろう。
「守護様、今すぐここからお出しいたします。その上で、厚かましくもお願いがあるのでございますが・・・」
「なんじゃ。申して見よ。儂で叶う願いならいくらでも聞き届けようぞ」
「真に忝く。大怪我を負った兄上をこの城で安静にさせて頂きたいのと・・・」
一度言葉を切り、意思を込めた瞳で告げる。
「黒田秀忠を討てと私に御命令くだされませ」
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風を切るように馬を駆けさせる。
守護様は私の申し出を快く受けて下された。
そして思い出されるのは兄上に従ってきた近習達の無残な亡骸・・・
兄上に手を掛けた以上、彼らを生かしておく事は出来なかった、黒田秀忠の手の者に抵抗も許されず切り殺された者達。
あと少しでも新発田城に着くのが遅れていたら、兄上も彼らと同様に・・・
そう考えると瞬間に頭に血が上るのを感じた。
「待ってるがいい、大罪人め。この私が、この手で、その罪償わせてくれる!」
脳内マップを展開。
よし、もうノイズはない。
視点を越後国内全土へ拡大させ、現在の軍勢の進行状況を確認する。
黒滝城に3500の兵を確認。
他にも城に向かう100~300の兵団がある。
残りの揚北衆であろう。
誰かと言うと、竹俣清綱:攻撃61,防御57 起動60、色部勝長:攻撃76、防御54、機動58、鮎川藤長:攻撃55,防御44、機動50。士気は全員100か。
対して、味方は指示が早かったお陰もあって出雲崎に2000の兵が集まっている。常備兵はまだ1000位のはずだから国人衆も合流してるみたいだ。
大将はっと・・・柿崎景家殿だ。攻撃103,防御98、機動60、士気78。
強いけど、士気が低いのは状況が読めないのと突然の招集でまとまりがないからかな?
栃尾城には500の兵が詰めている。実乃さんだ。攻撃59,防御70、機動55、士気100と。
まあ、安定してるね。
このまま出雲崎で合戦するとして敵は2倍か。
私が合流できれば、そんなの跳ね返せる! と言いたいけど実際はどうなるか。
急ぎ駆け付けたいけど、馬の替えが利かないしな・・・
開戦までには間に合わないか・・・!?
マルチタスク状態で今の自分の目と脳内戦況マップの画像と合わせてみながら馬を走らせる。
流石に慣れないので、自然と馬の速度も落ちたけど戦場に着くまでに潰れてしまっても困るからこれで良しとした。
しばらくは馬上の人となり、マップをズームして地形をみたり敵、味方の集団をクローズアップして部隊に誰が居たりとか確認していると、黒田秀忠軍が南下しだした。
兵力4000、攻撃80,防御69、機動75、士気100。
これが柿崎殿の部隊と接敵した時、どう変わっていくのかは未知だ。
それに兵数はただの数字じゃない。実際に命を懸けて戦う人間たちなのだ。
勝てばいいじゃない。もちろん、撒けて良いはずもないけど、如何に犠牲失くして勝つのかが要点なのだ。
それは敵方にも言える。これは黒田秀忠の謀略による無用な戦。
敵方の将にも兵士にもなるべく死んでもらいたくはないのだ。
あれこれ思案している内に軍勢同士の彼我の距離二里はどまで縮まった。
「柿崎殿! 黒田秀忠の軍が4000で二里先まで接近してます。今すぐ警戒態勢をとってください!」
身体能力向上以外の毘沙門天の加護を初めて使った。
一方通行なメッセージなだけあって凄いもどかしい。
少しマップを睨んでいたが柿崎隊に動きがみられない。
「柿崎殿! 私です! 景虎です! こちらから声を届けることしかできませんが、黒田の軍勢が迫ってます。敵は味方の倍。速やかに防御陣を構築なさってください!」
今度は、速やかに動き出してくれた。
もしかしたら、あちらで私に声を届けようとしてたのかもしれないな。
柿崎殿はどうやら魚鱗の陣を敷くようだ。
そして待ち構えることしばし。
とうとう、黒田軍と接敵した。
次回、景虎初陣。これまで主人公の一人称と閑話でのサブキャラの三人称、一人称と試してきましたが、閑話にできないくらいの短いパートに出番がある人物には視点変更を交えて描いていこうと思うます。




