閑話 十六夜
誤字を修正して下される方がおりまして、拙作を読んで楽しまれてくれているのかな? と思えたのが嬉しかったです。しゅうせいをしてくれたお方に感謝を致します。モチベーションが上がりました。これからもよろしくお願いします。
わたしは十六夜。
軒猿衆の副頭領を勤める素波。
じゃなかった。忍者。
この呼び名は今の主である景虎様から頂戴したと頭領が言ってた。
太陽の武士に月の忍者。
うん。
いいと思う。
人として見られなかったわたし達を人として、しかも武士と同じに扱ってくれる、と言うことで皆、喜んでた。
でも、私にはどうでもいい。
ただ忍者と言う言葉は好きになった。
いい名前をくれた景虎様は素晴らしい人だ。
尊敬する。
そんな景虎様から大切な任務を与えられた。
景虎様が言うには、この任務は景虎様と景虎様お付きの忍者段蔵以外には決して話しては行けないという。
頭領や大殿にも話すなとも言ってた。
景虎様がそういうならそうする。
裏切者が出るようなら、この手で消そう。
その任務というのが、越後守護上杉家の動向を見張る事だ。
景虎様が何を思ってるのかは知らない。
そして知るつもりもない。
わたしは与えられた任務を正確にこなすだけ。
この年齢に見合わない小さな体躯は潜入に適している。
今も簡単に新発田城の評定の間の床下に簡単に潜り込んでいる。
「しかし長尾家は最近大きな顔をしていないか?」
「今年も何とか冬はこせそうだ。よかった」
「儂の娘をその方の養女にして先方に嫁がせるというのはどうだ」
「近頃、妻が不機嫌でな・・・家に居ても針の筵よ」
「今年の野分のおかげで我が領は借金まみれでござる。殿、徳政令を出してはいただけませぬか?」
評定の議題は今年の税収についてだった。
でも、もう皆好き勝手に話している。
板一枚の上はただ騒がしいだけだと思う。
わたしは一度に30人程の人の声を聴き分けられる。
皆は鍛えても3人かそこらが限界だとか言ってたからわたしはかなり優れているようだ。
今も評定の間全員の声が拾えている。
さてと、この中で小さなことでもいいから気になる話などあるだろうか?
気になる話と言うのは、長尾家にとって問題になり得る話である。
・・・・・・
あるとしても愚痴ぐらいか。
愚痴が出るということは、長尾家に思う事あり、という証だ。
一応報告に上げよう。
声の主は黒田秀忠。
上杉家の家老。
そのまま評定が解散するまで聞き耳を立てていたけど、特に為になる話はなかった。
上杉定実の部屋の屋根裏にでも忍び込もうか?
いや、潜入任務初日だし、拠点作成の為にもどろう。
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「お母ちゃん、野草取ってきたよ!」
帰り道、道草拾いながらボロ屋に戻った。
母と呼んだけど、本当の母じゃない。
何しろ私と同い年だ。
それにわたしは母親と言うものを知らない。
赤子から15になるまで育ててくれたのは旅の医師だ。
その医師もわたしの母は知らないと言ってた。
医師はわたしに痛い事ばかりしてきたけど、お腹いっぱいにご飯はくれた。
わたしは幸せ者だったに違いない。
その医師も私の手で死なせてしまった。
医師が言うには命脈に通じる経穴を2点同時に針を打てば不老不死に成れると言ってた。
それが本当なのか未熟なわたしでは分からないけど、医師が言うのだから正しいのだろう。
けれど施術は失敗に終わった。
医師はそのまま眠るように死んでしまった。
わたしの腕が未熟だったからに違いない。
その日から、わたしは飢えというものを知った。
辛かった。
何でこんなつらい思いをするのか分からなかった。
でも、わたしが失敗した所為なんだと思った。
飢えで死にかけていたわたしを助けてくれたのが今の頭領だ。
頭領の下で素、忍者の技を会得し、その技を使って様々な仕事をやることで飢えからは逃れられた。
感謝する。
だけど頭領も男。
だからわたしは母を知らない。
「お帰り、ひよ。もうすぐ夕ご飯だからもう少し待っててちょうだいね」
優しく頭を撫でてくるのは、女忍の雀。
わたしの母親役として用意された者。
流石にわたしの容姿で一人暮らしするのはありえない。
お題目としては、戦で男手を失った母娘が高い年貢を払えずに逃げ出したという話になっている。
男が居ないのは、怪しまれないためでもある。
女だからと言って襲ってくる奴には身体を差し出せばいい。
そう言った技も皆習っている。
上手く誑し込めれば珍しい話を聞き出せたりもする。
命を奪おうとする様な相手なら、逆に奪ってしまえばいい。
それこそ房中術より余程簡単に済む。
「じゃあ、ひよ、お手伝いする!」
「あらあら、ほんとにひよはいい子ね」
この任務は一年間を申し付けられてる。
しっかりとこの場に拠点を根付かせないといけない。
連絡は緊急時以外は伏嗅ぎが行う。
彼らは言付けの他に生活に必要な物を支援する役目もある。
あの甘い饅頭も含まれる。
早く来て欲しいと切実に思う。
あれ一つでわたしは1日戦える。
10個なら10日も戦えるはずだ。
饅頭はしょっぱい物という思いを微塵に打ち砕いたあれなら!
あの饅頭も景虎様が作ったと聞いた。
素晴らしい。
もう崇め奉ってもいい。
なら、どうする?
祈るしかない。
祈りは願いへ。
願いは奇跡へと。
小屋の戸を叩く音に雀が応答に出る。
頬っ被りをした行商人が小屋に入ってくる。
「奥さん、針はいらないかね?」
今回は修験者じゃないらしい。
人を変え、職種を変えて訪れる伏嗅ぎ。
わたしの目は彼が持つ包みに一点集中している。
匂いでわかる。
饅頭がある。
「そうねえ、一本だけでいいなら頂こうかしら」
一本とは、伝える言付けは一つと言う事。
わたしが調査してきた黒田秀忠の愚痴の話だけ。
「ここに来る前に黒滝の城下に行ったんですがね、そこでは一本すら売れませんでしたよ、いや、参った」
あっちでの収穫は無し。
今回の任務では、新発田城の周辺の村に私を含めて4名。
黒滝城の城下に3名。
繋ぎの伏嗅ぎが3名の10人体制で臨んでいる。
「それじゃあ、失礼しますね」
「待ちなさい」
包みを置いて家を出ようとする伏嗅ぎをわたしは止めた。目の前には素早く包みを解いた中身が晒されている。米や雑穀に饅頭が3つ。
「お前、饅頭を盗み食いしたな?」
「な、何を仰せになるかと思えばご無体な言いがかりでございます。大切な商売品に手を付けるなどとは・・・」
気配に動揺がある。
黒だ。
「わたしと雀の分なら2つで良いはず。それが3つある。あの景虎様に限ってそんな失態はない」
そして、見た。男の頬を伝う汗を。
ギロリと伏嗅ぎの男を睨みつける。
「申し訳ありません! 余りに腹が減っていたもので、魔が差し申した!」
男の言い分を聞けば、何と、3つも饅頭を腹に収めたという。
つい、一つ食べたらいつの間にか3つ食していたという。
分からなくはない。
この饅頭には只ならぬ魅力が惜しみなく詰まっている。
だからと言って、無罪にはできない。
このまま首を落としてもいいと思うが、任務の人員が減るのは景虎様の望むところではないかもしれない。
「事の次第を景虎様に報告する。沙汰は景虎様が下される」
わたしは書状を認めて、近くの村の聞者役の一人に景虎様の元へ行ってもらった。
それから数日して、わたしの目の前には饅頭が10個置かれていた。
景虎様からの文によれば、忍者の技を持つ者の育成は大変であり、此度の様な事で失うのはあまりに惜しく、ここにわたし用の饅頭を贈るから許してやって欲しいとのことである。
だが、信賞必罰は武家の常であり、盗み食いをした者には、饅頭代の3倍の代金を支払わせるともある。
甘いと思う気もする。
でも、景虎様が言うように一人前の忍者の技を持つ者を育てる時間を考えるなら止む無いともいえる。
「お前、景虎様が優しくて命拾いした。戦で兵糧に手を出してたら死罪だった」
捕まえて縄で拘束していた伏嗅ぎの男を解放してやる。
彼はよろよろと、南西の方角に向かって頭を垂れた。
そして涙を流しながら、謝罪と感謝の言葉を述べ続けた。
男もちゃんと理解できたようで何より。
景虎様、貴女はほんとに偉大なお方です。
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それからは特に何事もなく日々は過ぎて行った。
変わらぬ日常。
新発田城への潜入任務。
上杉定実の居室を探った事もある。
日記には守護代長尾家が、新しい統治で領地を栄えさせてることを褒めるような文面も見られた。
それに比べ、黒田秀忠の鬱憤は溜まっている。
守護を差し置いて、勝手に政をしているのが気に食わないらしい。
わたしには只のやっかみにしか見えない。
もうじき任期の一年が経とうとしている。
黒田秀忠の長尾嫌いは拍車が掛かってきている。
けど、それに同調しようという連中が殆どいない。
「晴景めはよう越後を上手く治めておるようだの、あの為景の子とは思え何だわ」
「しかし、随分と図に乗っておるのではありませぬか? 高が守護代風情の分際で、定実様をないがしろにしておりまする」
「それも致し方無い事よ。儂は傀儡であるし、越後の問題に奥州の伊達家を巻き込もうとしてしまった故にな」
「ですがこのままですと長尾が謀反を起こし越後守護の座を狙うやも知れませんぞ?」
「晴景めは斯様な男ではない。前々より和をもって越後を治めようとしておったのじゃ。養子を迎えるなら伊達ではなく長尾から求めるべきじゃったの」
「それは難しかったかと。長尾は下克上の家柄故。為景めが為さった事をお忘れになった訳ではありますまい」
「確かにの。じゃがの、親の罪を子らまで償う連座と言う仕組みが些か間違ごうている気が最近してならぬのじゃ。晴景の政を見ておるとな」
「殿は、そう仰せられますが、奴は妹の景虎を神仏の使いだと騙って民草を扇動しております。危険ではありませぬか?」
「それも真の話だと聞き及ぶが?」
「いえ、怪しげな幻術を用いて大衆を欺いておるだけでございます」
む。
景虎様の悪口を言ってる。
こいつ、消すべき?
「じゃが、晴景の所領では今年豊作であったと聞く。これぞ神仏の加護ではないのか?」
「偶然でござる! 晴景めの所が豊作であるなら、我らは戦の支度を整え奴が攻めてきた時の対応を考えるべきかと存ずる!」
「もうよい、今日はこれまでじゃ。下がれ」
黒田秀忠は納得いかぬ顔で部屋を出て行った。
残された上杉定実は。
「晴景が謀反か・・・ないとは思うが警戒は必要なのかもしれぬのう・・・」
小さな呟きだった。
でも、この耳は確かにその声を拾い届けた。
これは急ぎ知らせを送るべき事だと判断する。
上杉定実に攻める意思がなくとも、戦支度をしてることが周知されれば、両家の緊張は高まる。
そして、何か切欠があれば、間違いなく戦になる。
わたしは痕跡も残さず新発田城を後にし、景虎様の下に走った。




