新しい仲間
遂に収穫の秋を迎え、各地から続々と報告が集まってきた。
農村ではこれまでの稲とは明らかに違う稲が混じって生え、豊かな実りを見せているという報告の他にも、従来よりも米の取れ高が2割は多いという調べが上がっている。
なお、土壌改良品種改良もした田んぼの比率は実に3倍近く違うという報告だった。
そして、待望の椎茸が8割の場所で採取が可能であるという嬉しい結果が出た。
これで秋季から冬季の賦役で昼食を出すのも夢じゃなくなる。
「取り合えず、成果を春日山の兄上に伝えに行ってきますので、留守はお願いしまよ」
お供に連れて行くのはいつもの段蔵と実乃さんで、居残り組は宇佐美殿に弥太郎さんだ。
今の時期は年貢の徴収もあって大変だろうけど頑張ってほしい。
あと罪人兵の皆さんは刑期を終えて、それでも残ってくれたので名前もようやく常備兵へと変えられることになった。
彼らもこれからは新規に召し抱える者達の先輩として新しい人材を導いていくことになる。
うん、未来は明るい。私はそう思いながら、稲穂が頭垂れる田園風景を春日山へと向かった。
「なんと、三倍と!?」
「本当かよ・・・」
「まさか、それほどまでとは・・・」
晴景兄上を尋ねたら、景康兄上と景房兄上も居たので、ついで聞いてもらった。
「新農法だけで限れば、約2割程度の増量みたいです」
「そうか。こちらでは例年通りと聞いておるからその新農法とやらだけでも効果はあるようだな」
晴景兄上は嬉しそうに腕を組んだ。
「早速、来年からはその新農法を導入しよう」
「この農法はなるべく正方形の田んぼで行うのが宜しいのですが、今ある田を作り直すのは難しいでしょうから、今後作る田は正方形に作るように命じて下さい。後は木酢液を用いて害虫駆除をするのも良いかと思います」
「木酢液とは、何だ?」
「炭焼きの際にできる液体で、今述べましたように害虫を駆除する薬になります」
「その様な物まであるのか・・・」
兄上三人が感心する。
「我が領ではまだ炭焼きがあまり活発でないので今年は試せていませんが、長尾家の所領と冬にかけて炭は大量に作られるでしょうから御一考してはいかがですか? 詳しい作り方は家臣を派遣しますよ」
ここは段蔵の出番である。木酢液は炭焼きの際の煙を冷やして液体にした後に希釈をするのだけ詳しい内容は私は知らない。歴女である段蔵は詳しそうだった。
持つべきものは歴女の家臣である。
「そうだな実際に作ってどれほど効果があるか試してから広めるとしよう」
慎重な晴景兄上らしい返答だ。
あとは、苗代を作るにはまだ早いだろうか? 直播きよりはいい気もするけど、これはウチの領地で試してからだね。
「それと、もう一つ重大な報告があります。驚かないでくださいね?」
「ははは。お前には散々驚かされておるからな、今更ちょっとやそっとでは驚かぬよ。なあ、景康、景房?」
「さようですね、兄上」
景康兄上が答えると景房兄上も自信満々に頷いた。
まあ、今までに色々あったからね、耐性がついてきたのかな。
「実は椎茸の栽培に成功いたしました。これからは春と秋に何十貫もの椎茸がとれるでしょう。干してもその半分は概算で収穫見込みです」
私がそう報告すると兄上三人は本当に驚いていないらしく、重々しく頷いただけだった。
「そうか椎茸がな・・・何だとぉぉぉ!!?」
突然、大音声で叫んだ晴景兄上に私は正座のまま飛びのいた。
どうやら脳が理解するまで、時間が掛かっただけのようである。
「そ、その話は真なのか!?」
「兄上に嘘は申しませんよ。証拠に今日の昼餉には生椎茸を使った膳を用意いたしましょう」
私の提案に声もなくなる兄上達。
それはそうだろうな。
この時代に椎茸を生で調理して食べるなんて正気の沙汰とは思えないはず。
というわけで、早速台所へ。
メニューは椎茸の炊き込みご飯、生椎茸の含め煮、椎茸の鴨肉詰め、シンプルで一番うまい焼き椎茸に醤油を一滴たらしただけでいいかな。
メニューが決まったら調理ナビに従って、チャチャッと手早く料理して、侍女さんに人数分を部屋に運んでもらう。
部屋に戻ると兄上三人ともソワソワしていた。
「お待たせしました。生椎茸を使った御膳ですよ」
目の前に置かれた膳には椎茸、椎茸、椎茸、椎茸・・・
「本当に椎茸だ・・・」
「これ一食で幾らするんだ・・・」
「景虎よ、本当に食しても良いのか?」
困惑する兄上達に微笑みを浮かべて静かに頷いて見せる。
「もちろんですよ。冷めないうちにお召し上がりください」
「で、では、遠慮なく頂くとしよう・・・」
と言いながらもどこか遠慮してる様子で晴景兄上が炊き込みご飯を口にする。因みにご飯は白米である。
一口食べると、吹っ切れたのか黙々と次から次へとご飯を口に運んでいく。
「じゃ、じゃあ、俺はこの肉が詰まった物を・・・」
鴨肉は味噌と大蒜で味を調えてある。野鳥の臭みを消し食欲を刺激するはずだ。
「う、うまい! 鴨肉の肉汁を椎茸がしっかり吸い取って・・・」
「なら、私はこの煮物を頂くとしようか・・・」
含め煮は醤油、砂糖、味醂、酒を使って煮付けている。甘辛い味付けが病みつきなるのである。
そして、意図せずして残った最後の焼き椎茸で、純粋な椎茸の本物の美味さに三人ともが絶句した。
「椎茸と僅かな醤油だけでこれほど美味いとは・・・もう何も言えん」
「俺たち、何年分の飯をこの昼餉で食べたんだろうな?」
「そんな大げさな。ところでこれらの椎茸を干し椎茸にして販売するとしましても、私たちが売ったのでは捌ききれないでしょうから、蔵田さんの交易網を使って売ってもらうのが良いと思うのですがどうでしょうか?」
「確かにそれが最善だろうな。近場で過剰に卸して値崩れしては勿体ない」
「大商いになりますね。一体、幾らの儲けが出るのやら想像もつきませんな」
「これで、米も増えるし資金も潤沢、富国が一息に進むな!」
皆の表情が明るい。
私も嬉しくなる。
「これも皆、景虎のおかげだ。よくやってくれたな」
晴景兄上のお褒めの言葉が少し擽ったい。私は色んなチートを使っただけの様なもので、大したことはしてないと思ってるから。
「今後は如何するのだ? 成果としては十分挙げたと思うが」
「いえ、志半ばですよ。人は増えましたが食料が足りていませんので治水と開墾、それと常備兵を整えなければなりません」
「常備兵か・・・銭雇いの傭兵を使うのか? 連中は不利になると直ぐに逃げだしたりして役に立たないが?」
「銭で雇うという形は変わりませんけど、他国の牢人等でなく、自国の民や武士で家や田んぼを継げない次男以降の男子を雇おうと思います。その為に愛国心を強く持てるような国を築き上げるのですよ」
景康兄上の指摘に今描いている構想を語って聞かせる。
自分の土地を、自分達の統治者を思う心が臣民に芽生えれば、その国は強くなれるはずである。
元より、民は統治者が変わろうと暮らしに変化はないと考える者がこの時代のクオリティであるからして、命じられれば働きこそすれど、率先して事に参加しようとはしないのだ。
それを根本から変えれば、というのが私の思想である。
「なるほど、傭兵よりも今の農兵よりも強い兵か。その為の内政なのだな?」
「おっしゃる通りです。ですが、今のままでは少し厳しいのです」
「それはやはり人手か?」
晴景兄上は内政を大切にしているから直ぐに理解できたのだろうな。
内政の難しさはある意味戦以上に難しいのだと。
「そうです。せめてあと一人は内政が得意な家臣がいないと、小領とは言えど上手く回せません」
「そうか、なるほどな・・・であれば、神五郎を寄騎として遣わそう」
しばらくの逡巡の後に晴景兄上はそう言った。
神五郎? 誰だっけ?
この場に居れば、名前の確認ができるんだけどな・・・
「景綱程の者を寄騎にするのでございますか!」
「そうだぞ、兄上、景虎も困っているじゃないか!」
私の戸惑いを勘違いした兄二人が声を上げた。
景綱?
ああ、直江景綱でしたか!
確かに二人が驚くのも無理のない人選ですね。
今の越後に彼ほど、内政が出来る人物が他にいるであろうか? ってほどだし。
「何、儂にも考えがあってな。景虎の為すことは皆、驚嘆の一言に尽きる。その景虎の下で更に内政について働いていれば、神五郎もより優れた内政家になるのではないかと思うのだ」
そういう思惑でしたか。
それなら引き受けないわけには行けませんね。
というか。是非とも欲しい人材でありますから。
「私をその様に過分に評価されては些か困りますが・・・兄上のご期待を裏切らないようにいたしましょう」
と、私は膳を退けて深々と平伏するのであった。
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「直江神五郎景綱でございます。景虎様には元服式以来の拝謁でございまするな」
と着任の口上を根知城での謁見の間で受ける。
私としては初めましてなのですが。
あ、でも春日山の評定の時にはいたかもしれませんね。
ただ、こうして面と向かうのは初めてと久しぶりということなのでしょう。
「私が長尾景虎です。高名な直江殿が寄騎になってくれたこと、感謝しきれません」
「某も噂に聞いた景虎様の国づくりに参画できるとは夢にも思わぬ僥倖でございます」
「今夜は直江殿を歓迎する宴を用意いたしました。心行くまで楽しまれると良いでしょう」
場所を広間に移し、宇佐美殿、実乃さん、弥太郎さん、段蔵も呼び、鰻セット椎茸セット焼酎で直江殿を持て成す。
「長尾家では温かい食事が饗されると聞き及んでいましたが、真でございましたか」
「景虎様が居られるときは、ご自身で食事の支度をされるのでな、毒見の役がいらぬのよ」
宇佐美殿が我が事のように嬉しそうに教えている。
春日山城でも台所に入ってる人間は10年以上長尾家に仕える者だけで、毒見の代わりに、見張り衆がおかれ、調理の際に怪しい動きが無いか目を光らせて温かいご飯を食べている。
「ご主君手ずからの食事を頂けるとは何とも果報なご家中ですな」
「そうでしょうとも!」
実乃さんも嬉しそうだ。
というか、もう酔ってるね?
「しかし、鰻がこれほど美味であったとは、青天の霹靂でござった」
無礼講と言ったので、礼節もどこかにかなぐり捨てて、うな重を掻き込む直江殿。
気に入ってくれて何より。
「それに椎茸とは・・・驚きすぎて箸が止まりませんな」
美味しすぎてではないんだ?
もしかして直江殿も酔ってる?
段蔵は只管焼酎を飲み耽ってるし、弥太郎さんはそんな段蔵の空になった杯に酒を注いでる。
二人とも竹を割ったような性格をしてるし気が合うのかもしれない。
そうして夜が更けて行くにつれ、皆の心も絆されていくのであった。




