時代の先駆け
今回はちょっと汚いお話。食事中には読まない方がいいかもです。
季節は夏を迎えた。
小氷期と言っても、人間は慣れる生き物である。
これまで春の陽気に慣れ親しんだ身としては夏は堪えるのだ。
しかしこの際は体感的な気温は何とかなる。
ある意味で武芸の極意の一つ心頭滅却すれば火もまた涼し。
いや、本当に涼しいわけじゃなく、我慢強さが増すだけなんだけどさ・・・
それより我慢できないのが・・・
「段蔵、紙が欲しいんだけど」
「はい、姫様」
直ぐに数枚の真新しい紙が手渡された。
良く出来た奴である。
じゃなくて・・・
「私が欲しい紙はちり紙なんだけどね」
「ああ、お尻を拭く紙の方ですか」
「いや、そう言われると身も蓋もないんだけど?」
そうなのである。この時代、用を足した後に処理する手段はウォッシュレットでもトイレットペーパーでもないのだ。
大名や貴族になると紙を使っているけど、肌触りが今一つなのは文明に慣れた私には少し耐え難い。
庶民に至っては、植物の葉や籌木と言った、木べらなどを使っている。
衛生上、良くないものだ。
「厠にクソベラが置いてあるのを見るとげっそりしますね、この季節」
「だから、身も蓋もないって」
開け広げな段蔵はヲタクの為か、そのあたり、言葉に遠慮がない。偏見?
「ですが紙は高いですからね。用を足すごとに使っていては財政にあっと言う間に火が付きますよ」
「いや、流石にそこまでにはならないんじゃない?」
「甘いですね。人類皆兄弟令を出して差別を無くそうとする姫様らしくありません。自分だけ紙が使えればいいとお思いです?」
「ええと、貧富の差による多少の融通はきいてもいいんじゃないかなぁ?」
「それが甘えと言うのです! 事は衛生問題になります! この夏の時期に不衛生でいてごらんなさい、あっという間に病が流行りますよ!」
ぐっ・・・何だか取ってつけたような言い訳に聞こえる気もするけど段蔵の正論に言い返せない。
「じゃあ、この問題は棚上げか・・・」
民にまで紙を用意するのは無理だ。
なんか、私のお尻の拭き心地から大ごとになった。
「ですが、折角の機会ですし、ここは今後の為にも浅草紙でも作ってみましょうか」
「浅草紙?」
浅草とは東京は浅草の事であろうか?
「場所によっては違う呼び名もありますが、要は古紙を利用した再生紙です。日本は幸いにして和紙を使っていましたから水によく溶けます。使い古した古紙を水で煮て漉き返すと劣化版の紙が出来ます。江戸時代にちり紙とも呼ばれ、庶民でもお尻ふきに使われてた物です」
「へ~」
「この時代は紙が貴重なので古紙を集めるのも大変かもしれませんが衛生向上の為に試してみませんか?」
という段蔵の勧めで、取り合えず城にあった書き損じの紙を引っかき集めて紙職人の元に持ち込んでみた。
段蔵が作り方を指南したが、やっぱりというか余りいい顔はされなかったけど。
だけど実際に作らせてみた結果、紙はちゃんとできた。
コストを考えれば立派な産業にもなり得そうである。
肝心な使い心地は流石はちり紙の原型か。上質な和紙より肌触り的には向いていそうだった。
「というわけで、この紙を能生紙として通常の和紙の3割ほどで販売しようと思うけどどうだろうか?」
何時もの評定を開いて議論する。
原価は現状只だから職人の手当さえ出せればいい。それで衛生面が向上して病が減るならいいことだろう。
「作るのは良いとして、売れましょうか?」
実乃さんの危惧が今の懸念の一つ。
「材料を集めるのも一苦労でござろう?」
宇佐美殿の指摘が更に一つ。
「でもよ、尻の拭き心地は今までのに比べて断然一番いいぜ?」
弥太郎さんが前向きな発言をする。
そう、みんなそれは理解済みなのだ。
だからこそ、反対意見ではなく問題点を上げてどうにかしようと思っている。
「能生での材料集めには限界があるでしょうから、長尾家領内、出来れば他国からでも集めたいところですね」
「ほう、段蔵には何か考えがあると思われるが、お聞かせ願えますかな?」
宇佐美殿の挑戦的な目にも相変わらず涼し気な顔で事も無げに言う。
「くず屋を開こうかと」
「くず屋?」
聞きなれない言葉に首をかしげる一同。でも私は知ってる。江戸時代からあった誰でも為れるリサイクル業者だ。
「紙屑、襤褸切れ、使えなくなった金属製品などをお金を少し出して買い求めるお仕事です」
「ほお、それは流民に職を与えるという意味でも役立ちそうですな」
「紙屑が集まるかは微妙ですが、意外と農民などはボロイ刀とか具足とか持っていますから、これらを回収して修繕なり作り直しする分には原材料費が大分浮くはずです」
時代の先取りは歴女の十八番。
上手くいくかどうかはともかく、色々試すのは悪くない。
幸い、焼酎でかなりの銭が手に入る予定もある。
「不安もあるけど、失敗を恐れて何もしないのでは新しい国なんて作れません。ここは、段蔵の意見を採用しましょう」
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「ほぉ・・・意外と集まるものじゃのう」
結果は宇佐美殿の言葉通りで、思っていたより多くのゴミくずの山が出来上がっていた。
「まあ、最初ですし各家庭で要らないものが多かったのでしょう」
段蔵は、毎回ここまでは結果が出ないだろうと見ているようだ。
私もそんな気がする。
けれど取り合えず、この屑山を各職人の所に持って行って再利用させなければならない。
ただ、困りものは陶器類か。
段蔵曰く、陶器類は土から作られた癖に、土に戻らず再利用できないとのこと。ミクロン単位まで砕けば粘土と混ぜて新しい焼き物が作れるらしいが、この戦国時代にそれは不可能だ。
ではどうするか?
埋め立てに使うしかないのが現状である。
まあ、陶器がゴミとして出るのはこの時代では珍しいからそこまで深刻でもない。
同じ食器でも木製が殆どだから、燃やして灰にすれば済み酒や石鹸の材料になる。
買取価格もこれらは二束三文だ。
それでも意外と捨てるに捨てられないこれらは喜んで売ってくれたらしい。
普段なら、穴掘って捨てるだけでお金にはならないからね。
さて、それからしばらくして、能生紙が出来上がってきた。
数はまだ少ないけど、早速町で売りに出してみる。
「どうですか、売れていますか?」
販売を任せた紙屋さんに尋ねてみたけど元気がない。
やはり紙として使うという考えが抜けていない所為だろうか?
手触りに色合いも数段落ちるから、値段が安くても売れない感じだった。
このままでは行けないと思い、普通の紙を買った際におまけで数枚上げるように頼むことにした。その時に鼻をかむときや用を足したときに遣うと良いと伝言を忘れずにお願いする。
そして、私は弥太郎に城で使っていた能生紙を持たせて焼き物屋を尋ね、商品を売る際にこの紙をくしゃくしゃにして箱と焼き物の隙間に詰めて売るようにお願いする。
そう緩衝材として配るのだ。
現代なら、直ぐに捨てられるそれも戦国の世ならどうだろうか?
しかも事前にこの紙は文字を書き記すよりほかの使い方の方が有名であると知っていれば・・・
それから更にしばらくして。
能生紙が売れ始めたと報告が上がってきた。
「計画通り」
と、にやっと笑って見せる。
「姫様、新世界の神みたいに悪い笑みです」
容赦ない段蔵の突っ込み。
「これ、段蔵! 景虎様は真に神が如き人物なれど悪い笑みなどとは無礼で御座ろう!」
それに宇佐美さんが突っかかる。
「お爺ちゃんには分からない世界の話をしてるのです。口を出さないでください」
「なんじゃと!」
何時ものじゃれ合いが始まった所で、私はぼんやりとそれを見ながら思案する。
やっぱり、お尻の快適さには逆らえなかったんだなと。
ヘラや植物の葉っぱなんかに比べてしっかりと拭けて、汚れもまず残さない。使用後のさっぱりとした心地よさは一度知れば戻れない魔力があったようだ。
生活レベルの底上げに成功した私は、段蔵が言う悪い笑みを再び顔に刻むのであった。
「いや~、今度のお殿様が試されることには驚かされてばかりだな」
「だなぁ・・・村の方でも稲の発育が良いらしい。今年は豊作になりそうだとよ」
「飯もお殿様が作った、醤油と味醂とやらで格段に美味くなって毎日が楽しみだしよ」
「他の領じゃお高い済み酒も安く飲めるし、殿様様だな」
「初めのお触れには度肝を抜かれたが、新国衆の連中も意外と気さくでいい連中が多いしな。俺らがどれだけ偏見の目で見ていたか思い知らされたもんだ」
「それも、殿さまには見えていたって事なんだろう。俺はこの先も殿さまについていくぞ」
「こうも他所と違う、それも良い事ばかりとなるとそうなるしかねえな。今にこの町が春日山にとってかわっちまうかもしれねえぞ」
町衆の噂にそれは困るなぁと苦笑い。
兄上相手に謀反とか下克上はありえない。
季節は夏を越え実りの秋を迎えようとしている。
この秋で結果が残せれば、更に潤沢な資金が用意できるから、増えた人口を賄うための開墾を賦役で行おう。
賦役は税の一種だけれど、不満を持ってやってもらっては効率が悪いだろう。
ここは、お昼ご飯を提供してやる気も体力も培って、なお昼食と言うイメージを確固たるものにしてもらおうかな・・・
でも、予算は足りるかな?
ダメならお小遣い程度の日当でも支払おうか?
そんな事を考えながら私は様々な噂で溢れる町の中を歩んでいくのであった。




