食文化の開花
毎日、投稿を目標にしてますが、初めての作品なので筆が止まることもしばしばです。
更新時間は0:00 6:00 12:00 18:00 の何れかです。
調子がいい時には日に複数話投稿することもあるかと思います。
私は春日山から戻ると家臣を集めて早速評定を開いた。
守護代長尾家では大々的に税を掛けて、他国にも販売する旨を告げると、やっぱりという顔と納得できないという顔に分かれた。
「ですが、我が能生では特産物とせずに他の商品と同じ無税で扱います」
「ほう、それはどう言った御了見によるものですかな?」
家臣筆頭が板について来た宇佐美殿が私の決断の真意を尋ねる。
「前に民に娯楽をという弥太郎の意見もおおいに考慮しましたが、我が領地は未だ小さく、何よりも人を必要としています」
「人類皆兄弟令の発令から一月余り、噂を聞きつけて近隣の民が集まって来ておりますな」
「石鹸の利益が出るには大きな商人の手助けが必要ですから、越後の済み酒が安く買えるとなればこちらに流れてくる者もおりましょう」
「うむ。それも狙っているのですが、国を富ませるのに銭以外にも食料は必須です。流民を食べさせていくには農村の開墾や漁村の拡充も必要と考えます」
「そうでございまするな。町での物の値が安く住みやすいとはいえ、肝心の食い物がなければ人は定住いたしままい」
「そこで、まず手始めに、この能生に住む者達の名と住所、仕事を調べておきたいと思います」
戸籍を作るのは重要だ。
他国の密偵対策にもなるし、何より正確な人口が分からなければ、いざという時の対策に後手に回ること想像に難くない。
「中々に骨の折れる作業ですが・・・手が足りますかな?」
「各村の長や町の顔役に予め調べさせておきましょうか。偽りは前罰に処しますが、手抜かりは見逃しましょう」
「新国衆は如何いたしますのですか? 彼らは一所に住まわってはいませぬぞ?」
「それでも単独で住んでる訳ではないでしょう。各仕事別にある程度の集落を形成しているはずです。それらの代表に命じることにしましょう」
私は皆からの質問にテキパキと指示を出していく。
「それにしても姫様。えらく気合が入ってますね。春日山で何かありましたか?」
「私には富国強兵を成し遂げる目標がありますからね。その土台をしっかりと気づかなければ絵に描いた餅、あるいは砂上の楼閣となってしまうでしょう」
段蔵の問いに明確な意思をもって応じる。
春日山城の評定で晴景兄上に言われたこと・・・
私は、小さいながらも独立領の領主。
小大名とでもいうべき存在なのである。
私の判断で国は如何様にも変化する。
この国を守らねばならない。その為に出来ることは何でもしなければならない。
「へぇ・・・姫様がやる気になっている以上、家臣である私らが頑張らないと格好がつきませんね、宇佐美殿?」
にやっと笑って最年長の家臣をさらっと煽る段蔵。
この二人、馬が合わなそうで意外と仲が良い。
段蔵はお爺ちゃん子なんだろうか?
「この国の行く末が将来の長尾家の姿となるのであれば、この老骨に鞭を打とうとも甘んじて受けましょうぞ!」
「あらいやだ、宇佐美殿って変態さん?」
「誰がじゃ!? 物の例えというものを知らんのか!」
「まあまあ、お爺ちゃん落ち着いて健康に良くないですよ?」
「誰が爺じゃ!」
「じゃあ、ご老体?」
「変わらんわ!」
最近の名物になりつつある光景に、実乃さんや弥太郎さんが笑っている。
何処か硬い感じの宇佐美殿が何となく絆されてる気がするのは私だけではないみたいである。
いつまでも見て居たい気分になるけど時間は有限だ。
そろそろ止めないと。
「ほらほら、二人とも早く仕事に移らないと夕餉に間に合わなくなりますよ? 今日は鯛の塩釜焼ですよ?」
塩は段蔵が導入した流下式塩田でこれまでとは比較にならないくらい取れるようになったから贅沢に使える。
味噌づくりは勿論、魚の干物や、醤油づくりも始めていて調子は良好である。
醤油は試行錯誤がかなり必要になるところ、現代の製法を知る私や段蔵のノウハウで最初から醤油仕込みを行っている。勿論失敗した分は全量買い取って職人さんに負担を掛けないようにしている。
醤油麹が出来るかが最大のポイントで心配点だけどやるしかない。
戦国の食生活を大きく変える為に!
「なんと、塩釜焼は拙者の好物。こうしてはおられませんですじゃ」
では失敬してと足早に評定の間を後にする宇佐美殿に皆の失笑が漏れた。
「しかし、景虎様は料理が上達されましたな?」
実乃さんが感慨深げに言う。
まあ、私の場合、こんな料理が作りたいと思うと脳内で勝手にシミュレーターが起動するのでそれに合わせて調理するから毎回プロの指導を受けてるようなものだ。
上達しない方が可笑しい。
それに比べると、ミニゲーム感覚の薬の調合は難しい。
何とか、風邪薬と鎮痛剤は必要に迫られて猛特訓をしたお陰で7~8割がた成功するようになったけど現状はそれで精一杯だ。
戦なんかあった時のために傷薬を大量に作りたいんだけどな・・・
「温かい内にご飯を食べたいからね」
それには毒見不要な自炊?が一番手っ取り早い。
まあ、初めは台所頭に煙たがられたけど、今では私が作る現代風な料理に興味をもっているみたいである。
「そうですな。では某も夕餉の前に一仕事終えてきますぞ」
そう言ってにこやかに実乃さんも出て行った。
「虎様の飯はうめえからな。体を動かした後は最高だぜ。オレも運動がてら町を見回ってくるかぁ」
続いて弥太郎さんも出ていく。
「あとは、醤油と味醂と砂糖があれば・・・」
残ったのが段蔵だけになり、現状の愚痴をこぼす。
私は鰻のかば焼きを諦めていないのである。
肉はともかく、鰻はこの時代、下魚としてみなされ、取り放題なのだ。
そこに鰻がいるというのに、かば焼きが食べられないことは血涙物の悔しさであった。
「醤油はあと、1~2カ月でどうにかなると思うわよ。味醂も練酒から作ってるから同じくらいかしらね。蒸留器は既に発注してあるから多分、同じころに出来上がるわよ。ふふ、焼酎が飲めるわ~」
「待ち遠しいね。ところで砂糖は?」
「いくら歴女でも砂糖は販売するなら輸入に頼るしかないわね。特に越後で作れるわけがないじゃない」
段蔵が憮然として言う。
「まあ、サトウキビは無理でも甜菜なら現代で北海道で作られてるから、小氷期の今なら越後でもつくれるかもしれないけど、甜菜自体が輸入品だしね。あとは、カエデから作る手もあるけど割に合わないって聞いてるし」
「カエデ? メープルシロップみたいなもの?」
「そう。カエデの樹液から作るの。でも日本にサトウカエデはないから甘味半分程で、効率が良くないのよ」
そう言われても、甘未が乏しいこの時代。手に入るなら欲しいと思ってしまうのが人の業というものでしょう。
「家庭で使う分くらい手に入らないかなぁ?」
「椎茸栽培が上手くいけば、明との貿易で砂糖も手に入るからそれまで待つ気は?」
「ない」
「即答ね・・・」
掌を上に向けて首を左右に振る。
やれやれのポーズを決める段蔵。
「仕方ないなあ・・・少し、時間を貰うけどいいわね?」
「やった! だから季衣さん、好き!」
私が思わず抱き着くと、現金ねえと苦笑いをされた。
______________________________________________
「ふんふんふ~ん♪」
「何だか何時になくご機嫌で御座いまするな、景虎様」
宇佐美殿が訝し気に私を見てくる。
段蔵以外の皆が同じ顔をしているのが分かる。
あれから約2カ月。
待ちに待った日が遂にやってきたのである。
「今日の昼餉は鰻だから期待して待ってるといいよ! っといいですよ?」
思わず口調が崩れてしまった。
いけないいけない。
「うなぎですか? しかしあれはとても食えたものでないと存じ上げまするが・・・」
「何を仰るうさぎさん! 鰻ほど至高の食べ物がありますか!」
「宇佐美です」
「この際、どっちでもいいです」
「いや、良くはありませんが」
「とにかく、お昼までにしっかりお腹を空かせるようにお役目に励む事! 以上!」
訝しむ家臣らを散らして、私は能生川へと段蔵と向かう。
昨晩の内に鰻採りの仕掛けを仕込んでおいたので、その確認である。
取れてなかったら、魚屋で買うしかないかもしれないけど、前に言ったようにこの時代の鰻は下魚である。取り扱ってるかは微妙だ。
最悪、川で仕留めるかと銛を持参している。
釣りでもいいけど、時間がもったいない。
「さて、居るかなぁ~?」
川に仕掛けていた竹製の籠を持ち上げてみると黒光りした細長い生き物がビチビチと騒ぎ立てている。
「大量ですね、姫様」
「うん。太くて大きくてヌメヌメテラテラしてるのが一杯いる。美味しそう・・・じゅるり・・・」
「姫様、卑猥です」
「え?」
これだけいると全部持って帰るか、必要な分だけ取って逃がすか迷うな。
「城のお池に放したらどうですか?」
私が逡巡してると段蔵がその葛藤を見抜いた様に助言をくれた。
「それだ!」
そういうわけで城に持ち帰り必要な数だけ盥に水を張った中に入れて泥抜きをさせ、残りは池にぽしゃんする。
そしてお日様が中天に掛かる頃、調理を始める。
簡単に言っちゃったけど、鰻を調理するのは難しい。
だけど、私には脳内アプリケーションがあるのだ。
この能力の素晴らしい所は、その場での生きた情報に合わせて都度、修正を加えながら手順をサポートしてくれるところにある。
段蔵曰く、私がこの時代で生き残れるようにシステムが組まれているんだろうって言ってた。
ある程度手慣れた人がレシピを見て調理できるのは当然として、全くの素人がレシピを見ながら作っても思い通りにいかないことはままあること。
「さて、捌くか」
先ずは目打ち。
鰻の胸鰭に沿って首筋に包丁を入れる。
暴れる鰻も何のその。武芸で培った感覚で正確に捉える。
ナビによると中骨にあたるくらいで包丁は止める。
釘は目の下、顎の付け根辺りに素早く打ち込む。
腹の皮側に指をあて、中骨に沿って包丁の切っ先で縦に背を開いていく。
この時、指の感触を意識して、間違って腹の皮まで切ってはだめらしい。
一息に尾まで切ったら開いて、内臓を取り、中骨を削ぎ落す。
頭と胴体を切断して、残り骨を包丁で処理したら、背ビレを取り除いてイッチョ完了!
「凄いですね、姫様。職人みたいです」
「刃物自体は使い慣れてるし助手(脳内アプリ)が優秀だからね~」
そう言うわけで、熟練の技が必要な串打ち、焼きもほぼ完璧。
タレは出来たばかりの醤油、味醂、酒、砂糖を使う。
砂糖の絶対量が少ないからやっと壺に一杯分だ。
「おぅ、美味そうな匂いがしてると思ったら、それが鰻のかば焼きってやつですかあ、虎様?」
鰻の油とタレが混じって焦げた匂いに釣られるように弥太郎さんが台所に現れた。
「これが鰻ですか? ぶつ切りではなく、開かれたのでございますか・・・」
実乃さんがひょっこり顔をのぞかせた。
「景虎様は、我らの予想を軽く超えて行かれるのぉ」
最後には宇佐美殿までやってきて、台所に全員集合してしまった。
まあ、鰻の焼ける匂いは最終決戦兵器だから塗辺もなし。
「ほらほら、出来上がるまで部屋で待っていてください。段蔵も戻っていいですよ」
「姫様、出来れば、肝焼きと肝吸いもお願いいたしたいのですが・・・」
未練がましいと思ったら段蔵は、肝が目当てだったらしい。
流石、飲兵衛。
「わかったから、出て行った、出て行った」
皆を追いやってから私は一人楽しく鰻を料理する。
至福の匂いを胸にいっぱい貯めながら。
っそして、いよいよ実食の時間である。
うな丼はどんぶりが無いからやめてうな重にした。しかも二段重ねである。
肝焼きと肝吸いも段蔵のリクエスト通り用意したけど昼間なので酒は出さないよ。
「これがかば焼きと申すものでござるか」
皆の前に置かれた膳を生唾飲んで見ているのが彼らの喉の動きで良くわかる。
「これはうな重です。鰻だけ食べてもいいですが、下のご飯と一緒に食べると格別ですよ・・・では、いただきます」
ふっくらと焼けた鰻にタレが染みたごはんを一緒に口に入れると、幸せが広がった。
これよ。
これですよ。
これが食べたかったのよ。
「うめぇ! なんじゃこりゃあ!」
「むぅ・・・今までに食べた事のない複雑な味わい・・・」
「・・・・・・・」
「ビールが飲みたい」
それぞれの感想を聞きながらうんうんと頷く。わかる。わるよ。いや、最後は分からん。
騒がしかったのは最初だけで、後は皆黙々と食べる咀嚼音だけが冷に流れていた。
真に美味しい物を食した時、人は言葉を失うのだと改めて理解した。
日本初の鰻のかば焼き。
このタレを絶やさずに継ぎ足し継ぎ足し、令和の世まで残ったらそれは凄いことではないだろうか?
私はそんな野望を心に灯すのであった。




