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済み酒騒動

「新国衆の反応はどう、段蔵?」


 済み酒づくりの件は実乃さんにまかし、弥太郎さんは鋳物職人を連れて帰ってきたら罪人兵の訓練を申し渡してあるので、ここには私と段蔵しかいない。


「いい感じよ。人としての扱いを受けた事に加えて、彼らにしかできない仕事だって教えたら息が上がったわ」


「それは重畳。そとは出来た石鹸の臭いの問題が気になるけど・・・」


 獣肉臭いんだよね、あの方法で作ると。洗って乾かせば消えるらしいけど。


「少し、お金は掛かるけど、濃いめのお茶や柑橘類のしぼり汁を一緒に煮るといいよ」


「う~ん・・・庶民用と富裕層様に分けて造ろうか」


 衛生面は大事だから多くの人に使ってもらいたい。だから単価を上げるのは好ましくない。


「まあ、それでいいんじゃない? 貴族何かは臭いを気にするだろうけど、農民なんかは特に気にしないでしょ? 洗濯も平民は普通の灰を使い、身分あるものはお香の灰を使うみたいだし」


「そうなんだ。なんか、いつもお線香っぽい匂いのする服だなあって思ってた謎が解けた」


「私は普通に木灰で洗ってるけどね、流石姫様」


 つーんと口を尖らせる段蔵が年上ながらも可愛らしい。


「まあ、石鹸はこれでいいとして、次は食を変えたいんだよね。健康面を考えて栄養バランスを何とかしたいんだけどさ」


「何は置いても肉食ですね。取り合えず、害獣駆除を奨励したらどうかしら?」


「猪なんかは飼いならせないかな?」


 思っていたことを聞いてみるが野生だけに難しいのではとあまりいい返事は貰えなかった。


「鳥類は鶏が一番飼いならしやすく、卵も栄養豊富なんだけど、伊勢神宮の神鳥だけに受け入れられるのは難しいと思うわね」


「神宮って今は廃れているんだよね? いっそ喧嘩を売ってみようか?」


 こっちには曲がりなりにも神仏の加護があることになってるんだし、正面切って戦いを挑もうかと少しマジに考えてみる。


「相手は天照大神ですからね? 朝廷も敵にしますよ」


 段蔵の冷静な切り返しに呻る。

 現世利益をもたらす、こっちが有利かと思ったんだけど古くからの権威を相手にするのは分が悪いか。


「長尾家がもっと大きくなって、朝廷に毎年多額の献金を行ったうえで実績をしめせばワンチャンあるかどうかですかしらね?」


「仕方ないなぁ・・・現状は諦めるしかないか・・・でも料理にバリエーションは欲しいよ。その為には塩と味噌と酢だけじゃだめだと思う」


 流石に現代人の舌を持ってるだけに少し飽きが来ている。


「そうですね・・・砂糖は土地柄厳しいですが、他は何とか出来るかもしれませんよ?」


「本当!? 私も醤油くらいは作り方を味噌職人に教えて研究させようかと思ってたけど」


「味醂も出来ると思うわ。あれ、練酒に焼酎を入れれば作れるから」


「味醂かぁ・・・確かに料理の幅は広がりそう。醤油に味醂、あと砂糖をどうにか出来れば鰻のかば焼きができるかも・・・」


「姫様、涎が・・・」


 おっといけない。好物のナンバーワンだけに想像しただけで唾液が溜まってしまう。


「何をするにしても、味噌や醤油を沢山製造しないといけないから、流下式塩田を作ろうかしらね」


「え? 作れるの? 私的には入浜式で精一杯なんだけど?」


「そこは歴女の嗜みですよ。ポンプがないから人力になるので少し効率は悪いですけど、それでも入浜式より多く良質な塩が作れますよ」


「そうなんだ。で、ポンプで思い出したけど手押しポンプは作れないのかな? 紀元からあったって言うし」


「できますよ。でも、海水を引っ張ってくるには設置場所とかにも問題が・・・」


「いや、普通に井戸につけて負担を減らすだけだよ」


「では、鍛冶屋に設計図を持ち込んで作ってもらいましょう」


 う~ん・・・とんとん拍子で話が進んでいく。歴女恐るべし。


「鍛冶屋さんには蒸留器も作ってもらう必要がありますね。複数の職人に任せるべきでしょうか」


「味醂を作るのに焼酎がいるって言ってたよね? 別に焼酎が飲みたいわけじゃないよね?」


「焼酎が作れるようになれば、材料次第で色んなお酒ができるので特産品にできますよ?」


「うん。段蔵が飲兵衛なのは分かってたよ」


 目を泳がせる彼女を見て私は断言した。

 それに慌てて弁明をしようとした段蔵さんが声を発さず真一文字につぐんだ。

 私も気を向けてみれば、こちらに近づいて、いやこれは駆け込んで来ようとする人物・・・

 実乃さんが思いっきり襖を開けて乱入してきた。


「景虎様! 酒屋が住み酒を持参してきましたぞ!」


「実乃さん、騒々しいですよ」


「おっと。これは大変失礼をば致しました」


「それで、済み酒が出来たそうですが何をそこまで興奮しているのです?」


「そうでした、その済み酒がとても味わい深く・・・もう濁り酒には戻れそうになくですな・・・」


「やれやれ、ここにも飲兵衛が居ましたか。良かったですね、段蔵。お友達が出来ましたよ?」


 しらーっとした目を段蔵に向けると彼女は首を横に振っていた。


「いえ、一緒にされても困ります」


 と一言いえば。


「何を言いますか! ただの濁酒(どぶろく)で前後不覚に陥るまで酩酊したくせに!」


「ですから、あれは! ・・・そのぉ・・・でして・・・」


 実乃さんの一喝に文句を返そうとして、その理由が口にできないことに気づき、口ごもる段蔵。


「どうしたのですかな? 何か事情があるのですか?」


「その・・・は、初めて! 初めてお酒を飲んだからでして・・・」


 そう、戦国時代の酒に興奮したんだよね? 歴女としてさ。

 でも、そこを省いたら・・・


「初酒であのような醜態を晒すぐらい酒が美味かったということですな? であれば、濁酒などと比べようもない済み酒を飲めば、一杯で天国に行けますぞ」


 そんな風に言われるのも仕方ない結果だった。


「それで、済み酒を作った酒屋が待っているのでしょう? 行きましょうか」


 項垂れる敗北者を後に私は興奮しぱなっしの実乃さんを促して部屋を辞去する。

 案内させた場所はなんと評定の間だった。

 既に、顔を赤くした弥太郎さんと仄かに頬を染めた宇佐美殿が何やら言い合いをし、それを前に萎縮した町人風の男が居住まい悪そうにしている。


「皆の者、景虎様のおなりですぞ」


 私が評定の間に入って来ても気づかない連中に実乃さんがおとないを告げて漸く気づき平伏する大人三人。


「それで、何を騒いでいたのですか?」


「はっ。実はこの済み酒の飲み方について少々・・・」


「そうだ! 虎様はどう思うんだ? こんな美味い酒は皆で楽しくわいわいやるのがいいよな!?」


 弥太郎さんが今にも掴みかかって来そうな勢いで、声を張った。


「何を言うか! このような酒だからこそ、じっくりと静かに味わうが良いに決まっておろうが!」


 宇佐美殿も負けじと声を上げる。

 ああ、飲兵衛がここにも居たか・・・

 しかし、戦国時代の娯楽となると少ないから仕方ないのかもしれない。


「お酒は、人様に迷惑をかけないように個人で好きに飲むようにしてください」


 家臣にそう言いつけて、私は酒屋の男に向き直る。


「大変お見苦しい所をお見せしました。申し訳ありません」


「いえ、手前は気にはしておりませぬ故、ご家臣の方々には寛大なご処置を・・・」


 平伏する男に、もとよりお咎めと言うほどの事はないと言えば安堵したように顔を上げた。


「それで済み酒ですが、こちらの指示通りで出来ましたか?」


「はい! お話を聞いた時には流石に半信半疑でしたが、失敗してもその酒の瓶は買い取って頂けるとのことでしたので・・・」


「そうですか。では約定通りその瓶は引き取ります。褒美を取らせるのでお持ち帰りなさい」


「ははぁ! ありがとうございます!」


「ああ、それから済み酒はまだ売りに出さないようにお願いしますよ。これに税を掛けるか否か決めなくてはならないので、それと製法は未だ他言無用です」


「わかりました。口が裂けようとも公言いたしません」


 酒屋が帰るのを見届けてから、私は重臣であるところの、宇佐美殿、実乃さん、弥太郎さん、段蔵を集めてそのまま評定を開いた。

 議題はもちろん、済み酒をどう扱うかである。


「これだけの美酒、税を掛けて大いに儲けましょう」


 実乃さんの意見は最もである。

 現代でも酒税、タバコ税は馬鹿に出来ない。

 それだけ需要があるのである。そして、今は戦国時代、他に楽しいことがほぼないだけに流行るのは火を見るより明らか。


「いやぁ、それは待ってほしい。美味い酒だからこそ、民草に広く楽しんでもらうべきじゃねえかい? 日頃の鬱屈した気分をぱーっと晴らしてやりてえ」


 弥太郎さんは無税派のようだ。

 こちらとしても、美味しい酒が安く飲めるという宣伝効果で人を集めるのも悪くない。今はまだ資金に直結しないけど、流民が増えれば内政はやりやすくなる。

 何事も人は掛け替えのない財産なのだから。


「宇佐美殿と段蔵はどう思うのですか?」


「拙者としては、二人の意見の両方に見るべき所があるように思えまする」


「私はお酒が飲めるならどうでもいいです」


 建設的な宇佐美殿はいいけど、段蔵ぇ・・・

 散々、弄られて開き直ってやがる・・・

 それからも、ああだ、こうだと話し合ったけど結局答えは得られずじまいだった。


「仕方ありませんね。春日山の評定にかけてもらいましょうか」


______________________________________________


「ほう、これが済み酒ですか。確かに盃の底が透けて見えますな」


 場所は変わって春日山城の評定の間。

 当主の晴景兄上を筆頭に一門衆と重臣が勢ぞろいしている様は能生の評定とは違って圧巻である。


「くう~・・・雑味のないすっきりとした味わいが堪りませんな!」


 深く嘆息したのは柿崎景家さんだ。

 見た目の印象通りに飲兵衛っぽい。


「さて、皆。一通り味わったようだな。では、意見をかわそうではないか」


 晴景兄上が杯を置き、パンと一度柏手を打った。

 それで、現実に引き戻された人多数。中には少し恨みがましい目をしてる人も居る。

 酔っぱらって、議論が喧嘩になっても困るので仕方ない。あとで好きなだけ飲んで欲しいと思う。


「されば、大々的に税を掛けて他国にまで売りに出すがよろしかろう」


「そうは申すが、酒座をどうにかせねば、売り上げの多くは連中に持っていかれよう?」


「先代様が青苧座にした様に独占してしまえばよかろう?」


 あれ?

 税を掛けるかどうかの話になると思ったけど、座をどうこうするとか完全に売って大儲けする気満々に感じられるな・・・


「不思議そうな顔をしているな、景虎よ」


「兄上・・・」


 声を掛けられたので晴景兄上の顔を見る。

 その表情は、初めから分かっていたと言わんばかりだ。


「これが長尾守護代家の武士の物の考えだ。銭は卑しきものと考えるが普通の武士なれど、長尾家は父上が朝廷や幕府に多額の献金をしてその権威をいただいておる。下克上でさえも銭があれば正当化できるものと皆が思うて当然よ」


 なるほど。

 越後は現代では米どころで有名だけど、この時代は信濃川の氾濫や湿地帯が多くて国の大きさのわりに米は取れなかったらしい。

 それでも謙信が何度も戦を続けられた理由が銭の力だったというわけか。


「では、私の領地でも税を掛けた方がよろしいのですかね?」


「さてな・・・お前の領地は独立領だ。長尾のやり方に縛られる必要はない。儂が考えるに、いずれは我らと同じ事をするかもしれぬが、今は一番やりたいことに傾注するのが良いのではないか?」


 兄上のその言葉で蒙が開かれた気がした。

 そうだ。私の領地はまだまだ発展途上。

 いや、産声を漸く上げた程度なのだ。

 今はまだまだ、お金よりも人がいる。

 人がいてこそお金も回る。


「兄上、ありがとうございます。道が見えてきました」


 晴れやかに微笑んだ、私を兄上は優しく見守ってくれていた。

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