人類皆兄弟令
「国づくりに必要なものですか?」
私の質問に皆が考える。
皆と言っても、重臣扱いの宇佐美殿と実乃さん、弥太郎さんだけだけど。
「それは何をおいても資金でしょう」
実乃さんはお金と答えた。
正解と言いたいけど、基盤が整っていないと宝の持ち腐れですね。
「やっぱり殿様の屋敷じゃねえのか? 誰が治めてるのかはっきりさせないといけねえだろう?」
弥太郎さんの答えは少し面白かった。
確かに拠点は必要だね。町を作るにしても城下町は外せないし、箱庭型内政ゲームの基本だったな。
「いや、ここは何をおいても法じゃろうて。無秩序に民に動かれては統治も出来ぬ」
宇佐美殿は法整備か、いい線突いてるな。亀の甲より年の功ってやつかな。
他にも食べ物がなければ飢えてしまうからとか、民が住まう土地がいるとか色々でてくるけど、肝心な物が出てこない。
「皆、中々、いい意見だけれど、私が思い描くものとは違うね」
「ほう、景虎様には他にも意見があると仰せられるか?」
興味深そうに宇佐美殿が聞いてくる。
実乃さんも頷き、弥太郎さんは何が不満なのか唇を尖らせている。大方、答えが分からなくて苛立ってるのだろうと思うけど。
「皆、あまりに身近にありすぎて忘れてしまっているようだけど、人だよ」
私が言うと、ああ、と皆目からうろこが落ちたみたいで、しかりしかりと言い合う。
土地があろうと屋敷があろうと食べ物や法があろうと人失くして意味はない。
「ということで、この国にこの触れを張りだそうと思う」
懐から数枚の紙を取り出して、その内の一枚を広げて見せる。
「人類皆兄弟令?」
三人の声がハモッた。
「どういう意味かと言うと、人は獣と違い言葉が話せるのだから、争わずに話し合いで解決し誰でも兄弟の様になりなさいって感じかな」
「良い言葉とは思いますが漠然とし過ぎていませぬか?」
「実乃さんの言う通り、このままじゃ意味は伝わらないね。だから、条約の草案を作っておいたよ」
と、残りの紙を皆に渡す。
一つ。物事の争いに武力をもってあたるを禁ずる。
一つ。隣人を敬い、礼儀をもって接しよ。
一つ。他人を妬むなかれ。
一つ。難事には力を合わせて当たるべし。
一つ。他人を蔑むなかれ。
「ほほう、なるほど・・・これらを一つに集めれば『人類皆兄弟』になれそうですな」
「しかし途方もなく難しき事と存じまする」
「本庄のおやっさんの言うとおりだぜ、これが出来りゃ世の中から戦が綺麗になくなっちまうぜ」
「その様な大志の元に考えたのだから当然です」
現代でも実現不可能なのだ。この時代で出来るはずもないのは百も承知の事。
でも、その心意気だけは持ち続けたいのである。
「それを押してまで発布成されまするか?」
「当然。明確な罰則は設けないけれど。もし、厳しい罰を押し付けたら人がみな逃げてしまうよ」
と言って私は笑う。
「笑い事ではありませんぞ。それなら発布する意味がないではありませぬか」
「意味ならある。発布して人が意識を向けてくれるくらいには効果があると思う。何もしないことの方こそ、本当に意味のないことだ」
「ほほ。実乃殿、これは一本取られましたな」
宇佐美殿も笑った。
「ただし、このうち2点だけにはしっかりと罰を設ける」
「へ~、そりゃあ、争いごとに武力を用いるなってやつだろ? もう一つはわかんねーけど」
「そうですな。弥太郎の言う通り、後の4つは明確にわかるものではありますまい」
「強いてあげるなら、難事に皆で協力をするを怠った場合は分かり易いじゃろうか」
「それに罰を設けるのは厳しいと思いますよ。難事に対しては人は逃げの姿勢を取るものですから。例えば火事など自分が逃げるので精一杯になるでしょう」
私がそう説くと皆が確かにと頷く。
「私が罰を設けようと思うものは、他人を蔑むなかれ、です」
というか、この発布の本当の狙いはこれにこそあったりする。
「それは何故だい、虎様よぉ?」
「この令を国全土に発布すれば必ずおこるからですよ」
「国全土・・・? もしや、景虎様、貴女は恐ろしいことをお考えになっておられるのでは・・・」
どうやら気づいたらしい宇佐美殿に私はにやりと笑みを返した。
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「その方! 殿様が出した命令に歯向かうのか!」
人類皆兄弟令を公布して数日、状況を確認するために見回りに出た。
お触れは町や村は勿論、普段人が寄り付かない場所にも出した。
しかし、そこにも人は居るのである。
ただそんな場所だから識字率は低く、誰かに聞かなければならない。
近くに住む者は城に直接聞きに来た。
普段なら畏れ多いと近づきもしないのだろうけど、新しいお触れ、それも自分たちの居住区にも出されれば、怖くもなる。お触れに違反して罰を与えられたら堪らないからだ。
そして城で話を聞いたもの、旅の僧侶などに聞いたものなどが噂を広め、今日に至った。
「ですが、そやつは河原者ですぞ! 町に入ってくるだけでも汚らわしいのに私にぶつかってきおって」
「だ、だから、謝ったじゃねえですか」
「謝れば済む問題ではない! この下賤者が!」
言い争いは罪人兵と町民と河原者によるものだった。
「またしても、お触れに違反しおって! しょっぴくぞ!」
「やれるものなら、やってみなさい! そもそもこんなお触れが間違いなんだよ!」
町民も強気だ。これまでの常識が根強いのが良く理解できる。
さて、そろそろ口を挟むとしようか。
「そこまでにしなさい」
「ああん? 誰だあんた? 関係ねえ奴は引っ込んでいやがれ!」
意気軒高に叫ぶ町人に野次馬が増えてくる。
いいですね。
違反者がどうなるのか、とくと御覧じろ。
「関係はありますよ。申し遅れました。私、長尾景虎と申します」
「ながお、かげとら・・・」
「はい。この度の触れを出した本人です」
私の正体に急激に血の気が失せていく町人。
見ると、何故か、河原者の人と罪人兵も顔色が悪い。
「それで、聞きますが、この者が法令に違反したのですか?」
「いや、そもそもこいつは、河原者でして・・・」
「そのようですね。で、それが如何しました?」
「河原者が町に入ること自体前々からありえないことでして・・・」
「申し訳ありません。私、若輩者でしてその様な法があったと存じませんでした。何時、どなたが発令した法律でしょうか?」
「ええと・・・その・・・」
口ごもる町人に対して私は声のトーンを落として言う。
「まあ、仮にその様な法があったとして私は新しい法を出しましたから、それに従って貰えないのは困りますね」
人類皆兄弟令では、国中の民が何処に行きどこに住むのかも領国内では自由にしてよいとしてある。
更に町では指定された商品以外の税は取らないものともしてある。
因みに現在指定された商品はなしである。
税を取らない以上、物の値は基本下がる。商品とは特別な物以外数が多く売れたほうが儲かるものだからだ。
つまり、国の者にとっては恩恵を受けられる立場にあるのだ。
利を与えているのだから、法には従ってもらいたいものである。
「貴方が犯した罪は、人類皆兄弟令の第五条、他人を蔑むなかれに抵触します。罰則は40文、または米一俵の支払いか、4か月間の賦役となっていますが、どうしますか?」
言葉にならない声を上げて遂に震え始める町人。
罰則を告げられて、ようやく自分が罪を犯したことを理解したらしい。
私は町人が答えを出すまで無言でその目を見つめ続けた。
「も、もうしわけございません! 40文支払いますのでお許しください!」
「わかりました。では、城に直接行くように。貴方の罪は清算されましたが、犯した罪が消えるわけではないので罪人帖に記録しておくので以後、この様なことがないように気を付けなさい。罪を何度も繰り返すと罰は重くなっていきますからね」
それだけ言って、あとは罪人兵に城まで送らせる。
「あの、お殿様、助かりましただ。ありがとうごぜえます」
「礼には及びません。私は自分の為したことへの責任を取っただけですから。それより、貴方が何をしに町に参ったのかは知りませんが、貴方もこの国の民です。これに懲りずに、またいつでも来てくださいね」
何度も何度も頭を下げて感謝をする河原者の男に背を向けて次の場所へと足を向ける。
野次馬もそれを見て散り散りに去ってゆく。
この噂も直ぐに広まるだろう。
簡単には行かないだろうけど、根気よく差別を無くすように皆で励んでいくしかない。
「ふぅ・・・河原者、山窩・・・名称から改める必要があるかもしれませんね」
小さな私の呟きは町の喧騒を渡る風に浚われて消えて行った。




