28話 そして迷宮へ
「お疲れ、遊利さん」
予め携帯で連絡を取り、落ち合う約束をしていた酒場では、既に弓月が到着していた。
遊利を始めとする《協会》に所属する魔法師の携帯電話は文字通り魔改造されていて、内蔵された魔石が圏外であっても通信を可能にする。流石に、世界を隔てるレベルでの通信では、携帯に内蔵できるサイズの魔石では不可能であるが。
弓月は既に軽く一杯、というレベルを超えた量のアルコールを摂取しているらしく、いつもより陽気な声だ。
「なあに、ユミツキ。知り合い?」
「子供はそろそろお家に帰る時間じゃないのぉ?」
弓月を挟むようにしてカウンター席に座っていた若い女が二人、酒場の扉を開けた遊利に無遠慮な視線を投げかける。
「うん。大事な人だから。ごめんね、外してくれる?」
口をとがらせる彼女たちをまた来るから、となだめて追い払い、空いた席に半眼の遊利が座る。
「相変わらずもてやがりますねー…」
「遊利さん程じゃないけどね?」
「た わ ご と を」
軽口をたたき合いつつポールマニをオーダーした遊利。弓月はさりげなく周囲を警戒しつつ、声を落として切り出す。
「…それで、本題だけど」
「ええ、ダークエルフの方は外れでした。冒険者としてこの街に来ているダークエルフも少ないくないようですし。気配だけでの特定は無謀でしたね」
大方あの猫はダークエルフの飼い猫か何かなのだろう。結果的に先走った挙句すかを掴まされた遊利は、苦々しい顔でそう言った。
「でも、そのおかげで思わぬ成果が」
「ああ。落界者さん見つかったんだって?ラッキーだったよね」
この数十万人が住む巨大な迷宮都市で、顔も名前も知らない人間を探しだすなんて気が遠くなるような話だ。
遊利は落界者と接触した時の様子をつぶさに弓月に報告した。
「じゃあ、落界者さんとは知り合いだったんだ?」
「知り合いというほどでも…。でも、全く初対面よりずっとやりやすいです」
「で、その人は帰るの?」
「なんかもう帰る気満々見たいだったんで、改めて帰るかどうかは聞かなかったんですけど…。なんか今回見た限りでは、揉めそう、です」
頭を抱えた遊利を見て、弓月が事情を察する。うっかり国の中枢に入りこんでしまったり、情熱的な恋人や熱血な友人を持ってしまうと、本人の意向にかかわらず帰る・帰らないは多いに揉める。その面倒くささたるや、弓月はいつも遊利の愚痴を聞かされていたので想像に難くない。
「頑張ってね、遊利さん」
「弓月君も頑張るんですよ!さっそく明日迷宮に行く約束してきたんで、キリキリ働いてくださいね」
「へいへい。で、今日僕が調べてきたこの世界と迷宮についての報告をするけど―――」
遊利が4杯めのポールマニを飲み干すまで、二人の話は続いた。
***
翌朝、元の世界で学校へ行く時間より少し遅い時間。俺はアリシアと共に迷宮前の広場で遊利を待っていた。広場にはいかにも冒険者ですと言った猛者たちであふれている。
俺はいつもギルド内でパーティを組んでいるが、ギルドに所属していないものや、ギルド内でのつながりが薄いものは、ここで「野良」と呼ばれる即席パーティを作る。自分の実力に見合ったパーティメンバーを探すため、あたりを見まわす冒険者たちの視線は鋭い。実力も、どんな技を使うかもわからない冒険者とパーティを組むのはそれなりにリスクが高くなるから当然のことではあるが。
「…いないわね」
アリシアがきょろきょろと周囲を見回しながら言う。約束の時間をちょうど回ったところだが、遊利の姿は見えない。
「広場って行っても広いんだから。どうしてもっと細かく場所を決めなかったの」
「…こちらの不手際です。すいません」
本当はアリシアがキレたせいで伝えそびれたんだが、余計なことはいわないでおくのが吉だろう。
「そういえばアーネストは?」
「起きれたら来るって言ってたけど」
「ほんっとに適当なんだから…」
俺らのいつものパーティーメンバー、<魔術師>アーネストは、飄々とした読めない性格だ。昨日遊利と別れたあと、彼に友達の魔術師を迷宮に連れていく旨を伝えたところ、興味なさそうにふうん、と言っただけだった。
―――そこまで深く潜る訳じゃないんだろ?アリシアも行くんだったら俺はいらないよな。
俺としては探索の安全度を上げるためにぜひ一緒に来てほしかったんだが、アーネストが乗り気でないなら無理強いはできない。普段から助けてもらいっぱなしだからな。なんとかさりげなく頼んで「起きれたら行く」という言葉を引っ張り出したものの、まあ、彼が来るのは望み薄だろう。
「手分けして探しに行きましょうか」
「んん、取り合えず二人で固まって動こう。ざっと探して見つかんなかったら手分けして探すか」
今日はどうやらいつもより人が多いようだ。二手に分かれると合流が面倒になるかもしれない。待ち合わせをしている以上探しにくい場所にはいないだろう、と踏んで俺はアリシアと共に広場の中心へと足を向けた。
難航するかと思われた遊利探しだが、意外なほどあっさりと見つかった。迷宮の入り口付近で、周りの注目を集めまくっている二人組がいたのだ。
一人は瘦身長躯の亜麻色の髪の青年。柔和な顔立ちで、いい意味でも悪い意味でも「優男」という表現がしっくりくる。
もう一人はご存知、朝比奈遊利嬢だ。青年との身長差は30センチはあるだろう。絵的には兄と妹、と言った感じだ。
二人が周囲の注目を集めている理由は、恐らくその容姿の端麗さもあるだろう。しかし最大の理由はその場違いな服装にあるのは明白だ。ピクニックレベルでも心もとないくらいの、まるきり一般市民の恰好をした二人は周囲のぶしつけで、あるいは険を含んだ視線も受け流して涼しい表情だ。
そして装備はもとより、武器すら持っていないように見える。広場の入り口付近までならともかく、こんな迷宮の入り口に一般人が入りこんでくることなんてほとんどない。
「おい、ガキども。目障りだ。ここはお前らみたいな奴らがくるとこじゃねえんだよ」
案の定、強面のスキンヘッドに絡まれる遊利たち。げ、アイツ鎧に<RC>のギルド紋章付けてやがる。またまた厄介な…。
遊利と青年が顔を見合わせ、何か言おうと口を開きかけた時―――
「すいません!!家族が心配してここまで付いてきちゃったみたいで!よく言って聞かせますのでご容赦ください!!!!!」
俺はそれだけ言って相手の言葉を待たずに遊利の腕を引っ張ってその場を離れる。
広場の隅っこまで移動した俺は、キョトンとした顔の遊利を見た。俺のしかめっ面を覗き込む。
「あの、待ち合わせの場所が分からなかったので、目立つ場所で待たせていただいたんですが…」
「イヤ、それはいいんだ。言わなかった俺が悪かったんだし」
じゃあ何がいけないのか、という表情をする遊利に俺は盛大にため息をつく。
「お前さ、ホントに行くのか?」
「そのために来たんですけど」
「…じゃあもっと装備とか何とかならないのか?」
遊利は自分の格好を見下ろす。白のブラウスに黒いハーフパンツとサスペンダー。足は編み上げブーツ。ごくごく一般的な市民の格好だ。
「ほら、やっぱり場違いっていわれたじゃない」
今まで黙っていた青年が苦笑いしながら言う。俺の視線に気づくと、人当たりのいい笑みを浮かべる。
「僕は遊利さんの同伴者で、弓月っていいます。よろしくお願いします。」
「ああっ…と、不破倫太郎です。リン、でいいです」
そういう青年は、まるっきり現代の格好だ。ストライプのカットシャツに黒のテーラードジャケット、スッキリしたラインのデニム。きれいめカジュアルと言われるスタイル。くそ、似合うなこのイケメンが。
「この恰好じゃダメですか?結構動きやすいんですけど」
「……。うー、まあ、格好については一億歩譲るとしてだな。武器持ってないって言うのはちょっとどうしようもないぞ」
「武器?」
「お前<魔術師>なんだろ?杖も持ってないのか?」
「…杖」
「<魔術師>にとって杖は生命線だろ」
「ああ。私杖使わないんです」
「はぁ?杖を遣わない<魔術師>なんて聞いたことねーぞ」
「杖使うと発動までのラグが大きくなりますからね。私は使わない派です」
まあ、こいつはこの世界の人間じゃないしな。杖を使わない魔術師の可能性もあるか。やや強引だが納得しよう。
「…わかった。で、弓月…さんはなんで丸腰なんだ。またしても杖アンチの魔術師さんか?」
「いや、俺は魔法使えないよ。蹴ったり殴ったりする系。あと、呼び捨てでいいよ、リン」
「肉弾戦でその格好はまずいだろ!せめてプレートくらい付けろよ」
「大丈夫大丈夫。俺頑丈だし」
カラカラと笑う弓月をジト目でにらんで、俺はアリシアを振り返る。彼女もあきれた表情で首をフルフルと振った。全く、なんなんだこいつらは。
ここで説得して帰らせるのは骨が折れそうだし、1~2階層適当に潜ったら帰らせることにしよう、そうしよう。
次回ようやく迷宮入り。遊利と弓月は無事無双できるのか…?
そういえば、遅いんですが弓月の読み方は「ゆみつき」です。
某デビルサマナーさんが通う学校の名前から。(あっちの読み方はゆづき、ですが)