第0話 プロローグ ~ダンジョンとカメラマン~
初めての作品です。
どうか温かい目でご覧ください。
それは、二十年前のある日。
世界中に、あるはずのない「入口」が現れた。
何の前触れもなく、何の警告もなく。それまで人々が当たり前のように暮らしていた世界に、突然、未知の空間へと続く入口が出現したのだ。
あるものは都市の中心部に、あるものは人里離れた山奥に。またあるものは、鬱蒼とした森林の奥深くに姿を現した。その形も、大きさも、場所によってまるで違っていた。地面にぽっかりと開いた巨大な穴もあれば、岩壁が引き裂かれたような入口もあった。
ただ一つ、共通していたことがある。その先には、人類がこれまで一度も目にしたことのない世界が広がっていた。
果てが見えないほど広大な洞窟。見知らぬ植物が生い茂る森林。暗闇の中に広がる地下湖。そして、どこまでも続く荒涼とした大地。入口の向こうに存在していたのは、地上の常識が通用しない、未知の空間だった。
そして、そこには生物がいた。
鋭い牙と爪を持つもの。人間を容易に押し潰せるほど巨大な身体を持つもの。炎を吐き、雷を放ち、当時の科学では説明できない現象を引き起こすもの。
人々は、それらが何なのかさえ分からなかった。分からないまま遭遇し、襲われ、傷つき、命を落とした。
軍や警察が出動し、研究者たちが調査に乗り出した。各国では対策会議が開かれ、未知の存在を巡ってさまざまな議論が交わされた。
あの入口は、一体何なのか。なぜ、突然現れたのか。あの生物たちは、どこから来たのか。そして、これから世界はどうなってしまうのか。
誰も、明確な答えを持っていなかった。
それでも人類は、立ち止まることなく、その異常な存在と向き合い続けた。調査が進み、少しずつ情報が集まり、危険への対処方法が確立されていく。やがて、人々は未知の空間を「ダンジョン」、そこに棲む生物を「モンスター」と呼ぶようになった。
そして、ある発見が人類とダンジョンの関係を大きく変えることになる。
モンスターを討伐したあとに残される、不思議な石。ダンジョンの鉱物が長い時間をかけて変化した、未知の結晶。さらには、それまでの科学では説明できなかった現象や、既存の技術では扱うことのできなかったエネルギー。
それらが、人類にとって大きな価値を持つことが分かり始めたのだ。
かつては恐怖の象徴でしかなかったダンジョンが、未知の資源を生み出す場所として注目されるようになった。
もちろん、危険がなくなったわけではない。一歩足を踏み入れれば、そこはモンスターの棲む世界だ。何が起こるか分からない場所であり、十分な準備を整えていたとしても、必ず無事に帰れるとは限らない。
それでも、人々はダンジョンへ向かった。
未知の世界を調査するために。貴重な資源を持ち帰るために。人々を脅かすモンスターを討伐するために。そして中には、ただ純粋に、その未知の世界に魅せられた者もいた。
そうした人々を管理し、安全に活動できる環境を整えるため、世界各国でさまざまな制度が作られていった。その中で生まれた職業の一つが、「探索者」である。
探索者には実力に応じたランクが与えられ、ダンジョンにも危険度を示すランクが設定された。探索者たちは装備を整え、仲間とパーティーを組み、決められた手続きを経てダンジョンへと足を踏み入れる。
モンスターを討伐し、魔石を回収し、貴重な資源を持ち帰る。命の危険と隣り合わせの仕事でありながら、探索者は次第に社会に欠かせない存在となっていった。
◇ ◇ ◇
それから二十年。
人々にとって、ダンジョンはもはや遠い世界の出来事ではなくなっていた。テレビでは探索者の活躍が特集され、専門誌には新しい装備や攻略情報が掲載される。インターネットを開けば、各地のダンジョンに関する情報がいくらでも見つかる。
さらに、探索者たちの活動は、ある新しい娯楽を生み出していた。
――ダンジョン配信。
探索者たちがダンジョンへ入り、モンスターと戦う。その光景を、リアルタイムで世界中の人々に届けるというものだ。
暗い通路の向こうから、突如として姿を現すモンスター。鋭い牙を剥いて飛びかかる敵を、間一髪で躱す探索者。振り抜かれる大剣。飛び交う魔法。仲間同士が息を合わせ、強大な敵へと立ち向かっていく姿。
時には予想もしなかった危機に見舞われ、時には誰も見たことのない階層へと足を踏み入れる。その緊張感も、興奮も、探索者たちが味わう瞬間を、自宅にいながら共有できる。
そんなダンジョン配信は、瞬く間に多くの人々を魅了した。
人気の探索者には何万人もの視聴者が集まり、その戦いぶりに歓声が上がる。攻略の実力だけでなく、配信の面白さや映像の見やすさも評価され、探索者たちは新たな形で注目を集めるようになった。
だが、どれほど優れた探索者が戦っていたとしても、その姿が視聴者に伝わらなければ意味がない。
激しい戦闘の中で、誰がどこにいるのか。どこからモンスターが襲いかかり、誰がそれを迎え撃つのか。勝負を決める一撃が放たれる、その瞬間に何が起きていたのか。
それらを余すことなく映像に収めるのは、決して簡単なことではなかった。
遠隔操作のカメラや自動撮影機器も存在する。しかし、入り組んだダンジョンの内部や、目まぐるしく状況が変化する戦闘では、機械だけでは捉えきれない場面も多い。
だからこそ、必要とされる人間がいた。
探索者たちと同じダンジョンに入り、時にはモンスターのすぐそばまで近づきながら、戦いの一瞬を映像に収める者。ただカメラを向けるだけではない。戦う者たちの動きを見つめ、戦場全体を捉え、次の瞬間に何が起こるのかを考えながら、見る者の心を掴む映像を撮り続ける。
そんな役割を担う人々も、いつしか一つの職業として認められるようになった。
――ダンジョンカメラマン。
探索者が剣や魔法を武器に戦うのなら、彼らが手にするのはカメラだ。
モンスターを倒すわけでも、貴重な資源を持ち帰るわけでもない。ただ、探索者たちが命を懸けて戦う姿を、誰よりも近くで映像に残す。それが、ダンジョンカメラマンという仕事だった。
そして今日も、世界のどこかで探索者たちがダンジョンへ向かっている。その背中を追いかけ、カメラを構える者たちもいる。
山陰 映斗、二十四歳。
彼もまた、そんなダンジョンカメラマンの一人だった。
彼が選んだのは、剣を握ってモンスターと戦う道ではない。魔法を操り、仲間を守る道でもない。その手に握るのは、ただ一台のカメラ。
映斗にとって、探索者たちの戦いは、いつだって胸が高鳴るものだった。必死に敵へ立ち向かう姿も、仲間を信じて背中を預ける瞬間も、勝利を掴んだあとの笑顔も。その一つひとつを、できる限り良い映像として残したかった。
たとえ自分自身が画面に映らなくても構わない。誰かに名前を覚えてもらえなくても、撮影した映像を見た人がほんの少しでも心を動かしてくれれば、それでよかった。
だから、彼がダンジョンへ向かう理由は、ひどく単純だ。
――『良い映像を撮りたい』
ただ、それだけ。
少なくとも、映斗自身はそう思っていた。




