プリンと共同戦線
「――で、これがアンタたちの言う『研究協力』の全貌ってわけ?」
旧校舎の裏手、特別隔離寮の談話室。
鉄格子つきの窓から差し込む陽光の下で、クロちゃんはパイプ椅子に浅く腰掛け、眉間に深いシワを寄せていた。
首元には鈍色に光る監視の首輪。
そして目の前のテーブルには――山積みにされた参考書、ノート、そしてなぜか特大サイズの黄色いプリン。
「そうっすよ! 鳴神先生からの伝言っす! 『研究データを提供する前に、まずは人間社会の一般教養と学園の最低限の規律を頭に叩き込め。赤点取ったら首輪に電流流すぞ』って!」
「あの女教師、絶対楽しんでるでしょ……っ!」
リノが眼鏡をクイと押し上げながら威張ると、クロちゃんはギリッと奥歯を鳴らした。
隣では、夜々が嬉しそうにスプーンを三本、器用に並べている。
「クロちゃん、お勉強の前に甘いもの食べて、頭に糖分を補給しましょうですぅ。このプリン、購買で最後の一個だったんですよぉ」
「……だから、馴れ馴れしくクロちゃんって呼ぶなっての! アタシは――」
「はいはい、クロちゃん! ほら、このプリンはカラメルがほろ苦くて絶品なんすから! あーん!」
「自分で食えるわッ! スプーン寄越せ!!」
奪い取るようにスプーンをひったくり、クロちゃんは乱暴にプリンをすくって口へ放り込んだ。
途端、滑らかなカスタードのコクと、香ばしいカラメルの風味が舌の上でとろける。
「…………っ」
「どうっすか?」
「……ふ、普通。ただのプリンよ」
ぷいと横を向きながらも、スプーンを動かす手は一切止まらない。
一口、また一口と、あっという間に巨大プリンの半分が消え去っていく。
培養槽の中でチューブから流し込まれていた無味乾燥な栄養剤とは、文字通り天と地ほどの差だった。
そんなクロちゃんの様子を、リノと夜々はまるで珍しい小動物を愛でるような生暖かい目で見守っていた。
「……な、何よ。人の顔ジロジロ見て」
「いえぇ、クロちゃんって、ご飯食べてる時はすごく素直で可愛いなぁって……」
「吹き飛ばすわよデカ女!!」
「ひゃぅぅ、ごめんなさいですぅ〜!」
ギャーギャーと騒がしい声が響く中、コンコン、と控えめだが芯の通ったノックの音が扉を叩いた。
「――失礼します」
静かにドアが開き、姿を現したのは生徒会長の神薙氷華だった。
その後ろには、腕を組んだクラリスと、大剣を背負ったクローディアの姿もある。
談話室の空気が、ふっとわずかに緊張を帯びた。
「……っ」
クロちゃんの手がピタリと止まる。
スプーンを握ったまま、赤い瞳を鋭く尖らせて三人を見据えた。
かつて結界中枢の攻防戦で、直接刃を交え、殺し合おうとした相手だ。
あの日、光の女に捨てられた自分を、この三人もまた冷たい目で見ていたはずだった。
「……何の用よ。元テロリストが生きてて目障りだから、今のうちに始末しにでも来たわけ?」
クロちゃんは棘のある声で威嚇するように言った。
氷華は青銀の瞳をわずかに細め、クロちゃんの首元のチョーカー――監視の首輪を一瞥する。
そして、感情を押し殺したような硬い声で口を開いた。
「生徒会として、特例被検体の生活環境および拘束装置の作動状況を確認しに来ただけです。……体調に異常はありませんか」
「見ての通りピンピンしてるわよ。アンタたちにお情けをかけられる筋合いはないわ」
ツンと顎を突き出すクロちゃんに、クラリスがふんっと優雅に髪をかき上げた。
「相変わらず可愛げのない口を利きますのね。わたくしたちとて、好き好んでこんな埃っぽい隔離寮に来たわけではありませんわ」
クラリスは手元に持っていた紙袋を、ドンとテーブルの端に置いた。
「なによこれ」
「我がローゼンバーグ家の息がかかった工房で仕立てさせた、特注のアンダーウェアと寝具ですわ。……そこの大雑把なリノさんたちが選んだ安物では、肌が荒れて魔力循環に悪影響が出ますでしょう? 勘違いしないでくださいまし、貴方のためではなく、ノアさん奪還の際に戦力として十全に働いてもらうための【先行投資】ですわ」
「は……?」
クロちゃんが目を丸くする。
袋の中を覗くと、信じられないほど上質な手触りの部屋着と、肌触りの良さそうなブランケットが入っていた。
「へへっ、クラリスのお嬢も素直じゃねえよなぁ!」
背後からクローディアが豪快に笑いながら歩み出て、クロちゃんの小柄な頭をガシガシと乱暴に撫で回した。
「きゃっ!? ちょ、何すんのよ野蛮人! やめ――っ!」
「いい気概じゃねえか。アタシはさ、負け犬のまま腐ってる奴は大嫌いだが、借りを返すために牙を研いでるガキは嫌いじゃないぜ」
クローディアはニッと八重歯を覗かせ、クロちゃんの目の前で拳を突き出した。
「ノアを助けに行くんだろ? だったら、まずはその首輪の魔力制限下でどれだけ動けるか、明日からアタシらの模擬戦に混ざりな。みっちり鍛え直してやるよ」
「……っ……!」
叩かれた頭を両手で押さえながら、クロちゃんは絶句した。
警戒や嫌悪を向けられる覚悟なら、いくらでもできていた。罵倒されるなら、倍の暴言で言い返してやるつもりだった。
なのに――。
(……なんなのよ、こいつら……!)
氷華は監視という建前で健康を気遣い、クラリスはプライドで包み隠しながら高級な差し入れを寄越し、クローディアは対等の戦力として訓練に誘ってくる。
そしてリノと夜々は、当然のような顔をしてプリンを食わせにくるのだ。
全員、狂っている。お人好しにも程がある。
あいつ――ノアの周りに集まる連中は、どいつもこいつも毒気を抜く天才ばかりだった。
「……チッ」
クロちゃんは忌々しそうに舌打ちし、ぷいと全員から顔を背けた。
けれど、その耳たぶは林檎のように真っ赤に染まっている。
「……アンタたちに言われなくたって、動けるようになってやるわよ。あいつの首根っこ掴んで、『助けられっぱなしの借り』をチャラにしてやるまではね……っ!」
強がりの言葉に、リノが「はいはい、ツンデレツンデレっす〜!」と笑い、夜々が「ふふ、仲良くなれそうですぅ」とおっとり微笑む。
「誰がツンデレよ殺すわよ!!」と怒鳴り散らすクロちゃんの声が、隔離寮の静寂を賑やかに吹き飛ばしていった。
――その時。
適当な映像が流れていた談話室の大型モニターから、軽快な音楽が鳴り響いた。
『――ハイはーい! 世界樹ダンジョン探索者のみんな、息してるー!? 水無瀬マリンの突撃緊急生配信だよーっ!』
画面に映し出されたのは、お馴染みのトップストリーマー・水無瀬マリン。
だが、その表情はいつもの底抜けな明るさの裏に、どこか真剣な熱を秘めていた。
『みんな、大テロの後の学園都市の様子、心配だったよね? そして……あたしたちのノアちゃんの安否についての噂! 今日はね、みんなに超・重大なお知らせがあるんだ!』
画面越しに、マリンの強い視線がリノたち――そして画面の前の全世界へと向けられる。
『近々、あたしのチャンネルで……「ノアちゃん奪還に向けた、学園最強選抜チームのダンジョン特別強化合宿」を生配信しちゃいますっ!!』
ドッと激流のように加速し始めるコメント欄。
ノアを失った世界で、けれど立ち止まらない少女たちの反撃の狼煙が、配信の電波に乗って上がろうとしていた。




