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堕ちた明星

静まり返る中枢。

床に崩れ落ちた黒き風の元へ、ノアとリノが歩み寄ろうとした――その刹那だった。


――ピキリ。


空間が、凍りつくような音を立てて裂けた。


音すら存在しない、純粋な光の質量。

修復されかけていた結界天蓋を突き破り、中枢の全空間を真昼の太陽を凝縮したような【純白の閃光】が埋め尽くした。


「きゃああああっ!?」


凄まじい衝撃波が、ノアとリノを容赦なく弾き飛ばす。

合一の限界出力を出し切り、魂の防御壁が最も薄くなっていたエアポケット。


二人の霊装合一は強制解除され、リノの華奢な体が後方の瓦礫へと激突して吐血した。


「リノちゃんッ……!?」


床に倒れ伏したノアが手を伸ばそうとした瞬間――ジャラララランッ! と虚空から奔った数十条の「光の鎖」が、ノアの四肢と首を寸分の狂いもなく締め上げた。


光の中心から、パチパチと黄金の粒子を散らしながら、一人の幼き神が音もなく舞い降りてくる。

純白の光輪を背負い、黄金の長髪をたなびかせる少女――かつて深淵で行方をくらましたはずの『光の精霊(ルシフェラ)』。


「……あは。ずっと待ってたんだよ、私のノア」


鈴の音のように可憐で、けれど底知れぬ狂気と独占欲を孕んだ声。

光の精霊は恍惚とした瞳で、鎖に繋がれたノアの元へと歩み寄った。


「ル、シフェラ……? どうして……」

「どうして? ふふ、貴方が最高に美味しく熟すこの瞬間を待っていたの」


光の精霊は愛おしそうに、拘束されたノアの青ざめた頬へ冷たい指先を這わせた。


「目を覚ましたばかりの貴方は、壊れかけの小鳥みたいに弱々しかった。……だからね、鍛えてあげたの。人間の欲を利用して檻で刺激を与えて、あのお人形さんをぶつけて、世界樹の秘術まで引っ張り出させて……」


その言葉に、床に倒れていた黒き風の少女が、震える瞳で顔を上げた。


「……あ、貴女……アタシを……造って、くれた……」


縋るような呼びかけ。

だが、光の精霊は虫唾が走るような冷淡な眼差しで、ゴミを見るように少女を一瞥しただけだった。


「……あは。まだ息があったんだ、失敗作(お人形さん)。ノアの足止めくらい綺麗にやってくれると思ったのに、みっともなく喚いて……本当に役立たずね」

「……え……?」

「勘違いしないでね? あなたは最初から、本物のノアをおびき寄せて弱らせるための『使い捨ての人形』。ノアより強いわけないじゃない。私のノアの足元にも及ばない、ただの薄汚い泥人形なんだから」


ピキリ、と。

黒き風の瞳から、完全にハイライトが消え去った。


これまで己を支えていた唯一の存在意義――「自分は完全な風」「オリジナルを超えるための兵器」という拠り所が、生みの親の手で無残に粉砕された瞬間だった。


「用済みだから、消えてね」


光の精霊が指先を払う。

放たれたのは、黒き風の首を刎ね飛ばす、無慈悲な光の処刑刃。


魂の輪郭が内側から崩壊した黒き風は、避けることすら諦め、自ら死を受け入れるように瞳を閉じた。

――だが。


ドガァァァァァンッ!!


「ぐ、あぁっ……!!」


瓦礫の中から這い出してきたリノが、身を挺して黒き風の上へと覆い被さり、光刃の直撃を背中で受け止めた。

さらに、光の鎖に全身を軋ませながら、ノアが残された全霊の魔力で薄い大気障壁を割り込ませる。


制服が裂け、鮮血が舞い散る。

吐血しながらも、二人は絶対に退かなかった。


「……な、んで……?」


目を開けた黒き風の顔に、リノの温かい血が落ちた。

少女の唇が激しく震える。


「なんで……庇うのよ……!? アタシはアンタたちを殺そうとしたのに……! ただの使い捨ての、偽物なのに……!!」

「偽物なんかじゃないっすよ……!」


泥と血にまみれた顔で、リノは黒き風の冷え切った手を、ぎゅっと強く握りしめた。


「アンタが悔しがって……泣きそうになって……必死に生きてたその心は……誰のコピーでもない、アンタ自身のものでしょッ!!」


そして、鎖に縛られたノアが、痛みに耐えながら、そっと黒き風の濡れた頬に手を伸ばした。


「……僕の代わりなんかにならなくていい。誰かの役目なんて背負わなくていいんだよ。君は……君のままで、ここにいていいんだ」


その瞬間。

黒き風の胸の奥で、カチリと何かが外れた。


(……なに、これ……?)


憎悪も、悪意も、優越感も、全部消え去ってしまった。

ぽろぽろと、大粒の涙が止まらなくなる。


「……ぁ……う、そ……なんで……? なんで、アタシ……泣いて……っ? なんで……こんな……っ!?」


生まれて初めて、「道具」ではなく「一人の命」として抱きしめられた温もり。

素直に「ありがとう」なんて言えない。自分がなぜ泣いているのかすら分からない。

ただ、心が追いつかず、ぐちゃぐちゃに顔を歪めて子供のようにしゃくり上げた。


悪意の塊だった少女が、真の意味で「救われた」瞬間だった。


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