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二つの風(前編)

半壊した結界中枢の巨大防護隔壁をくぐり抜けた瞬間、耳を劈くような暴風の咆哮が叩きつけられた。


学園都市の心臓部――『世界樹結界維持装置の間』。


かつて淡いエメラルドグリーンの光で満たされていた広大なドーム状の空間は、今や見る影もなく破壊し尽くされていた。

天井からは鉄骨と千切れた高圧魔導ケーブルが無数に垂れ下がり、足元の強化ガラス床は砕け散り、奈落の闇を覗かせている。


そしてその中央、砕かれたコアリアクターの残骸の直上に――禍々しい紫黒の竜巻が渦巻いていた。


『あははははっ! 遅い、遅いよぉぉッ! もうこの街はおしまい! ぜーんぶ消えて、アタシだけの空になるんだぁっ!!』


竜巻の中心に浮かんでいたのは、ノアと瓜二つの姿をした少女だった。


だが、その白銀の髪は漆黒に染まり、翡翠であるはずの瞳は血のように紅くギラついている。

纏う衣服は破れ、露出した四肢の肌には紫黒の呪印が刻み込まれ、全身から剥き出しの魔力過負荷による火花が散っていた。


「黒き風……!」


ノアはリノの手を握りしめ、逆風に抗いながら踏みとどまった。

隣でリノが黒縁眼鏡のブリッジを押し上げ、強風に煽られながらもその瞳を険しく細める。


「ノアちゃん、あの子の魔力……無茶苦茶っす! 身体が壊れるのも構わずに、中枢の全魔力を無理やり吸い上げ続けてるっすよ!」

「うん……分かってる。あの子、泣いてるんだ……」


ノアの翡翠の瞳が痛切に揺れた。


風を循環させ、世界樹の呼吸を感じ取れるノアには分かっていた。

暴虐の限りを尽くし、世界を更地にしようと叫ぶその嵐の奥底で、少女の魂が「痛い」「熱い」と悲鳴を上げているのが。


「見ぃーつけた、オリジナルのお姉ちゃん!」


黒き風が真紅の瞳をギラリと歪め、獲物を見定めた獣のように笑った。

その細い指先が、ノアへと突きつけられる。


「外の有象無象(モブ)どもは片付けてきたわけ? ふーん、あっそう!やっぱり時間稼ぎにもならなかったじゃん!」

「もうやめて! このまま魔力を暴走させたら、街だけじゃない……君の身体だって消滅しちゃうんだよ!」

「消滅ぅ? あははははっ! それがどうしたのよ!」


少女は甲高い笑い声を上げながら、両腕を広げた。


「アタシはねぇ、アンタの遺伝子と魔力データを盗み出して造られた、ただの使い捨ての道具なんだよ! 企業連合の連中も、翠光教の狂信者たちも、誰もアタシの名前なんて呼んでくれなかった! 『複製体』『失敗作』『壊れるまで暴れろ』……それだけ!」


吐き出される言葉の一つひとつに、ドス黒い怨嗟と絶望の血が滲んでいた。


「だったら、望み通り全部壊してやる! アンタが守ろうとするこの街も、人間も、世界樹も、ぜんぶ、ゼンブ、全部粉々にして更地にして……アタシが、この世界で一番強い『本物の風(ノア)』だって証明してやるんだぁッ!!」


ドォォォォォォォンッッ!!!


少女の絶叫とともに、中枢の空間全体が黒い刃の嵐で埋め尽くされた。

指向性を持たない、純粋な破壊と自滅のエネルギー。

壁が削られ、支柱がへし折れ、天井のコンクリートが豪雨のように崩落してくる。


「壊れちゃえぇッ!!」


黒き風が虚空を薙ぎ払うと同時に、視認すら不可能な漆黒の真空断層が、ノアとリノの首元へ向けて奔った。


「ノアちゃんッ!」

「させないよ――ッ!」


ノアは一歩前に踏み込み、両手を交差させた。

翡翠の光が奔り、極限まで圧縮された翠緑の風壁が展開される。


ギャリリリリリリリッッ!!


耳を塞ぎたくなるような凄まじい摩擦音が響き渡り、翠と黒の風が正面から火花を散らし合った。


かつてのノアなら、この一撃だけで吹き飛ばされていただろう。

だが――世界樹最頂部での修行を経て、リノとともに掴み取った『風』の理が、荒れ狂う漆黒の衝撃を外へ外へと受け流していく。


「……っ、受け止めた……!?」


黒き風の少女が驚愕に目を見開く。


「リノちゃん!」

「了解っす、ノアちゃん!」


リノがノアの背中に両手を当て、回復術士としての魔力をノアの風回路へと直結させた。

荒れ狂う嵐の真っ只中で、二人の魂の呼吸が完全に重なり合っていく。


「君は、僕の偽物なんかじゃない!」


吹き荒れる暴風の中、ノアは真っ直ぐに黒き少女を見据え、その名を呼ぶように声を響かせた。


「君は君だ! 誰かの道具でも、使い捨ての兵器でもない……ただ一人の君なんだ!!」


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