大地の礎
瓦礫に倒れ伏すクローディアの眉間へ、カチリと対物杭打機の漆黒の銃口が突きつけられていた。
骨の軋みと吐血に喘ぐ少女を見下ろし、ヴォルフ・バロウズは凶悪な嘲笑を浮かべて撃鉄に指をかける。
「終わりだァ! 仲間ごと、ミンチになりなァッ!!」
放たれた鋼鉄杭の炸薬が点火した、その刹那――。
ズズゥゥゥゥンッッ!!
クローディアの胸元から、大地そのものが唸りを上げるような重厚な琥珀の地鳴りが轟いた。
「――なッ!?」
放たれた対物杭が直撃する直前、クローディアの身体の周囲数センチに展開された超高密度の重力障壁が、突進する杭の運動エネルギーを強引にゼロへとねじ伏せた。
空中で急停止した鋼鉄杭が甲高い金属悲鳴を上げ、逆流した衝撃波によってヴォルフの巨躯が数メートル後退する。
『――前衛とは、一人で全てを背負い、耐え忍ぶ犠牲の盾ではない』
魂の底から響き渡る、テラの静かで、揺るぎない声。
クローディアの口元から、血に濡れた自嘲の笑みが消え失せていた。
(……ああ、そうだったな)
転がっていた大剣の柄を握り、クローディアはゆっくりと立ち上がった。
足元のコンクリートが、その足裏に吸い付くように安定していく。
力任せに一人でこじ開けようと焦り、傷つかないことばかりを求めていた自分の頑迷さを、大地の温かな重力が静かに解き放っていく。
「……おい、鉄屑野郎」
ヴォルフを見据え、クローディアは大剣を両手でしっかりと構え直した。
その琥珀の双眸には、迷いも、かつて外壁で立ち尽くしていた惨めな影も微塵もない。
「てめぇの言う通り、アタシは前衛失格のヘタレだったよ。……あいつらが血を流した時、傷ひとつない剣を抱えて、自分の無力さに怯えてただけだった」
「なら、大人しく潰されろやァッ!」
「断るねぇ!」
クローディアの全身から、重厚な黄金の闘気が地鳴りとともに噴き上がる。
「前衛ってのはな、後ろの奴らが安心して走れるように、大地を踏み固めて道を作る奴のことなんだよ! アタシが倒れなきゃ、あいつらは前へ進める! この足が折れない限り、アタシの後ろは絶対安全圏なんだよッ!!」
全身の魔力回路が解放され、テラの強靭な大地とクローディアの不屈の魂が完全に一つに重なり合った。
『――霊装合一【金剛地装】』
ドォォォォォォォォンッッ!!!
連絡高架橋の直下、学園都市の地盤そのものが共鳴するかのように震動した。
吹き上がった琥珀の光柱の中から現れたのは、重厚な岩漿の鎧を纏い、身の丈を超える大剣が眩い超重量の金剛光刃へと変貌したクローディアの姿だった。
「……小娘が、調子に乗るんじゃねえぞォォッ!!」
ヴォルフが咆哮とともに跳躍した。
右腕の杭打機のシリンダーを全開で過給させ、鉱石化した全身全霊の質量を乗せた破城の一撃が急降下する。
だが、クローディアは一歩も引かなかった。
大地に両足を深くめり込ませ、大剣の平を斜め上へと掲げる。
ズガァァァァァァァンッッ!!!
高架橋の鉄骨が軋み、周囲の防音ガラスが一斉に粉砕された。
だが――クローディアの足は、一ミリたりとも後退していなかった。
高架橋全体、否、都市の地盤そのものへと衝撃を均等に逃がす完全なる受け止め。
「な……!? 俺の杭が、ビクともしねえだと……!?」
戦慄に目を見開くヴォルフの懐へ、クローディアの鋭い眼光が突き刺さる。
「アタシの後ろを舐めるなよ。……これが、大地を背負う前衛の一撃だ!」
大剣が跳ね上がり、杭打機を力づくで弾き飛ばす。
完全にガラ空きとなった巨躯へ向けて、大地と繋がった金剛の大剣が、自然体の一閃となって振り抜かれた。
『地殻断裂』――ッ!!
ズバァァァァァァンッッ!!!
空気が爆縮し、琥珀の光刃がヴォルフの鉱石装甲ごと、その右腕の杭打機を根元から滑らかに両断した。
斬撃の余波は高架橋の壁面を突き破り、遥か虚空の暗雲まで一直線の断層を穿つ。
「ぎゃ……あ、がぁぁぁっ……!?」
自慢の兵器と鉱石骨格を粉々に砕かれ、過剰な重力負荷に叩きつけられたヴォルフの巨体が、コンクリートの床へめり込むように沈んだ。
痙攣ののち、完全に意識を失い、沈黙する。
「……ふぅ」
クローディアが大剣を肩に預けると、身体を包んでいた地装が光の粒子となって解け、元の姿へと戻った。
額の汗を拭い、研究棟の地下から安堵の表情で見上げてくる警備隊たちへ向けて、親指をグッと立ててみせる。
『……見事だ、クローディア』
「へっ……テラのおかげさ。ありがとな」
相棒に笑みを返し、クローディアは視線を上げた。
中央記念塔、そしてその先の結界中枢の空へ。
「……さあ、次は氷華だな。……ノア、リノ、絶対に追いつくからな」
第三の関門もまた、完全なる突破を果たした。




