砕かれぬ前衛
学園都市第二研究棟へと繋がる、巨大な連絡高架橋。
厚さ数十センチの強化コンクリートと鋼鉄フレームで組まれた大動脈は、今や無残にねじ曲がり、足元から絶えず軋むような金属悲鳴を上げていた。
瓦礫の散らばる高架の向こう側――研究棟の防衛に当たっていた警備隊の小隊が、血煙を上げて後退していく。
「ぎゃははははっ! 脆い、脆すぎるぜぇッ! 盾のつもりかよ、そんな薄っぺらい鉄板がァッ!!」
粉塵を吹き飛ばしながら、凶悪な咆哮が轟いた。
身の丈二メートル半を超える鉄塊のような巨躯。
四天王の一角、『狂砕の鉄腕』ヴォルフ・バロウズ。
全身の骨格に特別な鉱石を埋め込み、異形のように隆起した右腕には、対要塞用の極太対物杭打機が唸りを上げていた。
後退する警備兵の一人に、ヴォルフの杭門が向けられる。
圧縮された炸薬と魔力の排気熱が、カチリと撃鉄を跳ね上げた――その瞬間。
ガギィィィィィィィンッッ!!!
火花が夜空を焦がすほどの閃光となって炸裂した。
横合いから猛然と滑り込んできた、身の丈を超える無骨な大剣の腹が、放たれた鋼鉄杭の切っ先を紙一重で斜め上へと弾き飛ばす。
「……ッ、何だァ!?」
衝撃波で周囲のガラスが一斉に吹き飛ぶ中、ヴォルフがぎろりと血走った目を跳ね上げた。
杭を弾いた大剣を背負うように構え、アスファルトを深く削って踏みとどまっていたのは――クローディア・ヴァレンタイン。
「警備隊の兄ちゃんたち、下がってな!」
クローディアは肩で荒い息を吐きながら、振り返ることなく背後の隊員たちへ叫んだ。
「ここから先は、アタシの番だ!」
「……すまない、避難誘導を急げ!」
負傷兵を抱えた警備隊が、崩落寸前の高架橋から研究棟の地下シェルターへと駆け込んでいく。
ヴォルフは右腕の杭打機からプシューと高圧の排気蒸気を吹き出し、下卑た笑みを浮かべてクローディアを見下ろした。
「ケッ……ガキが一匹、残ったかよ。大剣使いのお嬢ちゃんが、前衛のつもりか?」
「お嬢ちゃんとは失礼だねぇ。……これでも、可愛い後輩たちの背中を預かってる『頼れる先輩』なんだよ!」
クローディアが大剣を両手で握り直し、切っ先をヴォルフの喉元へと突きつける。
だが、その握りしめたグローブの奥で、指先が微かに軋んでいた。
(……重い。今の一撃を弾いただけだってのに、両腕の骨が悲鳴を上げてる……!)
ヴォルフの筋肉から立ち昇るのは、黒き風から分け与えられた禍々しい紫黒の魔力。
ただの人間離れした怪力ではない。鉱石の力と瘴気によって骨格そのものが超重量の魔導兵器と化している。
「先輩だぁ? ぎゃははっ、笑わせるんじゃねえよ!」
ヴォルフが地を蹴った。
高架橋のアスファルトがクレーター状に陥没し、二メートル半の鉄塊が弾丸のような速度で肉薄する。
「肉壁の分際で、仲間を守るなんざ思い上がってんじゃねぇぞッ!!」
ドォォォォンッ!!
振り下ろされた左の鉄拳。
クローディアは大剣の平を斜めに傾け、受け流そうと試みる。
だが――。
ズガァァァァンッ!
「ぐ、あぁっ……!?」
受け流せない。
鉱石化された拳から放たれる質量は、物理の常識を完全に破壊していた。
大剣ごと押し潰されるようにして、クローディアの身体が高架のコンクリート壁へと吹き飛ばされる。
ゴツンと背中を強打し、肺から空気が吐き出される。
立て直す暇もなく、眼前に迫る対物杭打機の漆黒の銃身。
「死ねやァッ!!」
ドガァァァンッ!!
反射的に横へと転がった瞬間、クローディアが背負っていた壁が、巨大なクレーターとなって粉砕・貫通された。
瓦礫の破片が頬を切り裂き、鮮血が舞う。
「チッ、すばしっこいハエが!」
ヴォルフの怒涛の連撃が始まる。
杭打ちと鉱石鉄拳の乱打。一撃一撃が高架橋の梁をへし折り、鉄骨を飴細工のようにへし曲げていく。
クローディアは大剣を盾代わりに必死に受け止めるが、防戦一方に追い込まれていく。
ガキンッ! ドゴンッ! バキィィンッ!
「どうした、先輩サマよォ! 守る盾がボロボロじゃねえか!」
ヴォルフの凶悪な笑声が、頭上から叩きつけられる。
「前衛なんざな、真っ先に使い捨てられる捨て駒なんだよ! 後ろの奴らのために盾になって、骨を折られ、肉を千切られ……感謝もされずにゴミのように死んでいく! てめえのやってることは、ただの自己満足の自殺志願だッ!!」
「だ、誰が……捨て駒、だと……ッ!」
クローディアは血を吐きながら大剣を薙ぎ払うが、ヴォルフの鉱石化した前腕にガキンと弾かれ、逆に強烈な前蹴りが腹部を直撃した。
ドガァッ!!
「がはっ……!?」
高架橋の床を何度もバウンドし、クローディアは仰向けに倒れ伏した。
大剣が手から滑り落ち、カラカラと虚しい音を立てて転がる。
視界が赤く染まり、四肢の感覚が急速に麻痺していく。
(……また、だ……)
ひび割れた高架の天井を見上げながら、クローディアの胸の奥を、あの日の惨めな記憶が容赦なく焼き焦がしていた。
――あの中枢で、ノアたちが血を流していたあの日。
外壁で足止めを食らい、駆けつけた時にはすべてが終わっていた。
傷だらけのノア、倒れ伏すノワール、血塗れの鳴神先生。
いつも「アタシに任せな」と豪快に笑って前衛を気取っていた自分の大剣には、傷一つついていなかった。
『……アタシはさ、先輩なんだよ』
重力回廊で、テラの前で泣きながら拳を岩に叩きつけた、あの悔しさ。
『倒さなきゃいけないんだよ。アタシが前をこじ開けなきゃ……またあいつらが血を流すんだよッ……!』
(守るどころか……アタシ自身が、こんなところで折れて……何が前衛だ……何が、先輩だ……!)
血に濡れた指先が、瓦礫を掴む。
立ち上がりたいのに、砕けかけた肋骨が激痛を放ち、身体が言うことを聞かない。
ズシン、ズシンと重い足音を響かせ、ヴォルフが杭打機を構えて見下ろしてきた。
「終わりだ。てめぇのそのデカいナマクラごと、ミンチにしてやるよ」
カチリ、と杭打機の安全装置が解除される。
銃口が、倒れ伏すクローディアの眉間へと向けられた。
その時だった。
『――クローディア。……大地を見ろ』
魂の底、足元の大地から――低く、重厚で、岩山のように揺るぎない声が染み渡ってきた。
(……テラ……?)
『前衛とは、一人で全てを背負い、耐え忍ぶ犠牲の盾ではない。……足を踏み締め、後ろに立つ仲間へ大地を繋ぐ、最初の礎だ』
胸元に宿る琥珀の勾玉が、ズンッと静かな地鳴りのような魔力を放ち始める。
『お前の刃は、まだ折れていない。……立て、大剣使い』
冷え切っていたクローディアの身体の奥底から、ドクン、と熱い大地の鼓動が脈打った。




