大人たち
至近距離から突きつけられた、漆黒の三連装銃口。
瓦礫に膝をつき、口元から血を流す冴香を見下ろしながら、アーサー・クロムウェルは一切の躊躇なく引き金へと指を絞り込んだ。
「終わりだ、冴香。……お前の甘さごと、ここで消えろ」
カチリ、と撃鉄が落ちる冷酷な金属音が響いた、まさにその刹那――。
バチィィィィィィィンッッ!!
冴香の胸元から、視界を焼き尽くすほどの黄金の雷光が炸裂した。
「――っ、何だ!?」
放たれた対物徹甲弾が、至近距離で爆ぜた超高圧の電磁反発によって一瞬で軌道を弾き飛ばされ、直上の鉄骨を粉砕する。
吹き荒れるプラズマの衝撃波に呑まれ、アーサーの巨躯が数メートル後退した。
『言ったでしょ、冴香っち! アタシたち雷はさ、落ちる時は一瞬なの! 迷ってるヒマなんて最初っからないんだって!』
魂の最奥から脳裏を突き抜ける、生意気で、けれどどこまでも真っ直ぐなフルグルの声。
立ち上る白煙の中、冴香の唇から微かに自嘲の笑みが零れた。
(……ああ。本当に、私は頭が硬いな)
地面に突き立てていた刀を引き抜き、冴香はゆっくりと立ち上がった。
教科書通りの立ち方も、足幅をきっちり測る型も、もう意識しない。
一人で背負い込み、一人で犠牲になろうとしていた硬直を、奔放な雷が綺麗に吹き飛ばしていく。
「……アーサー先輩」
ボロボロの上着を脱ぎ捨て、シャツの袖口から蒼い放電を散らしながら、冴香はその男を真っ直ぐに見据えた。
「貴方の言う通り、あの中枢で私は無力でした。生徒たちが血を流すのを、床に這いつくばって見ていることしかできなかった」
「ならば――」
「ですが、そんな自分も今日までです」
冴香は親指で刀の鯉口をパチンと弾いた。
その双眸に宿るのは、後悔でも自責でもない。前を走る子供たちの未来を切り拓く、鋭利な光。
「私は……。自分を犠牲にしてでも、彼女たちを守れればと。それが自分の覚悟だと、今まで戦っていました」
「でもそれは、自分すら守り通す覚悟のない甘い考えでした。大人の役目は、子供たちの代わりに倒れることじゃない。……理不尽を斬り伏せて、胸を張って『前へ進め』と笑って見せることだ!!」
全身の魔力回路が限界を超えて開放され、フルグルの雷光と冴香の魂が完全に溶け合った。
『――霊装合一【金剛雷装】』
青天を割るような落雷がゲートの頭上を直撃した。
吹き上がった蒼金の光柱の中から現れたのは、黄金の稲妻模様が瞬く神聖な陣羽織を纏い、純白の刀身に神速の紫電を宿した冴香の姿だった。
「……精霊との、完全同調だと……!?」
アーサーの表情が、初めて戦慄に歪む。
だが、歴戦の傭兵は怯まない。即座に左腕の全コンデンサを直結させ、魔導義肢の全カートリッジを一斉排出。過剰過給の黒煙を噴き上げながら、最大出力の鉄拳を繰り出した。
「小娘が生意気な口を利くなァッ!!」
空気を圧縮し、防壁のコンクリートごと粉砕する質量を持った黒鉄の剛拳。
だが――その一撃が届く直前、冴香の姿はすでに世界から「消失」していた。
ズンッ! と遅れて発生するソニックブーム。
アーサーの視界から完全に消え去った冴香は、文字通りの『雷速』となって、すでに男の背後の虚空へ転移していた。
「――神速」
冴香の囁きと同時に空間そのものが八つに裂けた。
『雷霆紫電・八重一閃』。
閃光すら置き去りにする八条の紫電の軌跡。
アーサーが振り向き、銃口を向ける間すら存在しなかった。
パキィィィィン――ッ!
冴香が着地し、愛刀を鞘へと静かに滑り込ませる。
カチリ、と鍔が鳴った、その瞬間。
ドガガガガガガガッッ!!!
アーサーの右腕を覆っていた分厚い魔導義肢が、八つの断面を描いて一瞬にして細切れに切断され、火花を噴き散らしながら爆散した。
それだけではない。
踏み込みとともに放たれた超高圧の紫電が、アーサーの全身の神経網と魔力経路を直接駆け巡り、激しい感電ショックとなってその巨体を襲っていた。
「ガ、アァァァッ……!?」
義肢を破砕され、全身の魔力制御を過電流で焼き切られたアーサーが、たまらず膝から崩れ落ちる。
無理やり立ち上がろうと足を踏ん張るが、麻痺した四肢は鉛のように重く、言うことを聞かない。
「が……くそっ……!」
地面に手をつき、荒い息を吐きながら、アーサーはぎろりと血走った目を跳ね上げた。
その視線の先には、陣羽織を翻し、冷徹に見下ろす冴香の姿。
「……ふん。腕を上げおごりおって……」
アーサーは吐き捨てるように毒づき、口端から血の泡を吐いた。
悔しさと憎悪を滲ませながらも、その奥底には、冷え切った現実主義者としての嘲笑が張り付いている。
「だがな、冴香……。ここで俺一人を止めたところで、何が変わる。……企業連合の資金力も、各国の思惑も、貴様らのような青臭い学園一つで受け止めきれる規模ではないぞ」
「承知の上です」
冴香は眉一つ動かさず、静かに愛刀を腰へと収めた。
「理屈じゃないんですよ。 雷は理屈じゃあ落ちませんから」
「……だから、青臭いんだと……」
アーサーは忌々しそうに顔を歪めたが、過電流による神経負荷の限界が訪れた。
急速に焦点を失っていく瞳で、それでもなお不敵に口元を吊り上げる。
「……せいぜい足掻け。……あの子供たちが、世界の悪意に呑み込まれんようにな……」
ドサリ、と重い音を立てて、アーサーの巨躯が完全に瓦礫の上へと倒れ伏した。
生体電流の過負荷による完全な昏睡。
第一ゲートを封鎖していた敵四天王の一角が、完全に沈黙した瞬間だった。
「……ふぅ」
冴香が息を吐くと、身体を包んでいた雷装が淡い光の粒子となって解け、元の教官服へと戻った。
肩の力を抜き、冴香は振り返る。
『やったね冴香っち! 文句なしの一撃だったよ!』
「……ああ。お前のおかげだ、フルグル」
心の中で相棒に礼を告げると、瓦礫の向こうから獅堂率いるギルド部隊が駆け寄ってくるのが見えた。第一ゲートの信徒たちも非殺傷で拘束が完了し、外郭の防衛線は辛うじて死守された。
自らの覚悟を胸に、冴香は学園都市の中央――今なお黒い竜巻が噴き上がる、結界中枢の空を見上げた。
「……行きなさい、ノア、リノ。……お前たちの背中は、私たちが守る」
第一の関門は突破された。
だが、学園都市の各所では、仲間たちの命を懸けた戦いが、いまだ熾烈を極めていた。




