↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/102

前衛の重責

世界樹上層ダンジョン第52層――『重力断層の巨岩回廊』。


何倍にも歪んだ重力が、足元から容赦なく全身を引っ張り落とそうとしてくる。

立ち並ぶ玄武岩の岩肌を削り飛ばしながら、巨大な刃が空を裂いた。


ダンッ、と地鳴りが轟く。


「――っらぁ!」


クローディアは大剣を力任せに振り抜き、突き出た巨岩を一刀両断した。

切り口から火花と土煙が舞う。息を整える間もなく、返す刀で二撃目、三撃目と無駄に重い連撃を叩き込み続ける。


肩まで伸ばした髪は汗で肌に張り付き、バンダナの結び目から雫が垂れた。

それでも刃を止めない。笑みを浮かべ、わざとらしく大きな声を張り上げる。


「あはは! どうだいテラ、今日の振りとキレ! ここの重力にもだいぶ慣れてきたよ!」


『……刃が暴れている』


浮遊するテラの声は、地鳴りのように低く、揺るぎない。


『足場の石を無駄に粉砕しているだけだ。大地を踏みしめていない』


「粉砕できるだけのパワーがあるってことだろ! アタシは前衛アタッカーなんだ、敵ごと地面も叩き割るくらいで丁度いいのさ!」


軽口を叩きながら、クローディアは大剣を構え直した。

だが、その切っ先が――ほんの数ミリ、微かに震えて揺れる。


「ほら、次いくよ! 遠慮なく飛び込んで来な!」


『……ならば』


テラが褐色の魔力光へと収束し、クローディアの胸元へと真っ直ぐ突入した。


ドォォォォンッ!!


何十トンもの土砂が内臓に直接流し込まれたような、暴力的な質量。

大地の奔流が骨と筋肉を内側からきしませる。


「ぐっ……あ、が……っ!」


「振り抜け」と脳が命じる。

だが、腕が上がらない。

力任せに振ろうとすればするほど、足元の玄武岩がミシミシとひび割れ、自重と大地の重力に引きずり込まれる。


「動け……っ、この……っ!」


食いしばった奥歯から血の味がした。

強引に大剣を振り上げようとした瞬間――


バツンッ、と魔力の接続が途切れた。


「――がはっ!?」


負荷が唐突に抜け、反動でクローディアの身体が前のめりに崩れ落ちた。

ガシャアンと鈍い音を立てて大剣が岩肌に転がり、両手をつく。


「……っ、げほっ……ごほっ!」


『そこまでだ』


後方に離脱したテラが、泥と宝石の混ざる無機質な眼差しでクローディアを見下ろしている。


クローディアは肩で激しく息を乱しながら、手の甲で口元を乱暴に拭った。

そして、すぐにニッと口角を吊り上げてみせる。


「……っへへ。なんだい、もうちょい粘れたよ? ちょっと魔力路の開き方が急だっただけさ」


大剣を拾おうと手を伸ばす。

だが、その指先は痙攣したように小刻みに震え、柄をうまく握れなかった。


「おっと……」


誤魔化すように笑い、もう一度握ろうとする。

その震える拳の上に、テラのがっしりとした無骨な岩石の掌が、静かに重なった。


「……テラ?」


『笑うな』


短く、重い一言だった。


『痛みを隠す笑いは、魂を腐らせる』


「……な、何言ってんだよ。痛くなんて――」


『ずっとだ』


テラの琥珀色の瞳が、逃げ道を塞ぐようにクローディアを射抜く。


『ノアたちを見た時から、お前の心はずっと血を流している。……最前線へ行けなかったこと。あの中枢に、自分より幼い者たちを立たせたこと。その刃が、何一つ届かなかったこと』


クローディアの呼吸が、ピタリと止まった。


『違うか』


「…………」


張り付いていた笑みが、ゆっくりと剥がれ落ちていく。

荒涼とした重力の回廊に、砂を噛むような風の音だけが響く。


クローディアは伸ばしかけた手を止め、視線を足元のひび割れた岩肌へと落とした。

ぎり、と噛み締めた唇から、わずかに赤が滲む。


「……アタシはさ」


絞り出すような声だった。


「先輩なんだよ」


大剣の平に、ポタリと汗か涙かわからない雫が落ちて弾けた。


「いつもデカい面して、大剣振り回して……『アタシに任せな』って言ってきたんだ。それなのに……あの時、学園の外壁で足止め食らってさ」


震える拳が、岩肌を殴りつけた。

ゴツン、と鈍い痛みが走るが、クローディアは顔色ひとつ変えない。


「鳴神先生も、ノアも……ノワールも。あんなボロボロになって戻ってきたのに、アタシの剣には傷ひとつついてなかった。……それが、たまらなく惨めなんだよ」


呼吸が震え、荒くなる。


「倒さなきゃいけないんだよ。誰よりも先に走って、全部ぶった斬らなきゃ示しがつかないだろ。アタシが前をこじ開けなきゃ……またあいつらが血を流すんだよッ……!」


吐き出された声は、怒鳴り声というよりも、噛み殺した悲鳴に近かった。

弱音を吐けば、前衛としての自分が崩れてしまう。だから一人で焦り、一人で大地の重さに力づくで抗い、足元から砕けかけていた。


テラは何も言わず、ただ無言で腰を落とした。

そして、クローディアの震える両手を包み込むように、分厚い泥と岩の手を重ねる。


じんわりと、温かい魔力が皮膚を通して染み込んできた。

何千年も地中で眠り、世界の重みを黙って受け止めてきた、古びた大地の温度。


『お前の剣は、まだ折れていない』


テラが静かに言った。


『折れていないからこそ、届かなかった切っ先が痛むのだ。……ならば、一人で抱えて力任せに叩きつけるな。仲間を信じ、自分を信じろ。大地とはお前も仲間も、踏みしめるすべての命が繋がる場所だ』


テラの手から、クローディアの掌へ、土の温もりが脈打つように伝播していく。


『お前の悔しさも、焦りも、すべてこの大地へ沈めろ。私がお前の重みを抱え、お前の刃の質量となろう』


「……テラ」


クローディアは小さく鼻をすすり、手の甲で顔をぬぐった。

もう、強がりの作り笑いは浮かべない。

ただ、真っ直ぐに自分の相棒を見つめ返す。


「……重いよ、アタシの悔しさは。受け止めきれなくても知らないからね」


『ふん。この大地より重いものなど、そうそうあるものか』


テラが薄く笑ったように見えた。


次の瞬間、テラの巨躯が黄金の光の奔流となって弾け、クローディアの全身を包み込んだ。

今度は反発も、足元のきしみもない。

クローディアが吐き出した泥臭い執念と、底知れない大地の包容力が、波紋のように深く噛み合っていく。


『――霊装合一【金剛地装《アヴァターラ・プリティヴィ》】』


ズズズ……ッ、とダンジョンそのものが軋むような地鳴りが走った。


光が晴れた荒野に立つクローディアの姿は、以前の軽装とは一変していた。

肩から腕にかけてを覆う重厚な玄武岩の装甲。琥珀色に脈打つ魔導ライン。

そしてその手にある大剣は――刀身に超高密度の結晶刃を纏い、まるで山そのものを一本の刃に削り出したかのような、圧倒的な存在感を放っていた。


重力による負荷が、完全に消えている。

いや――回廊を支配する大地の力そのものが、クローディアの足元を起点にして、大剣の切っ先へと吸い寄せられていた。


「……すっごいね」


クローディアは静かに息を吸い、大剣を両手で構えた。

力みはない。ただ、大地と一筋に繋がった刃を、前方の巨大な岩塊群へ向けて自然体で振り下ろす。


――ただ、一閃。


轟音すら遅れてやってきた。


ズバァァァァァァンッッ!!


空気が爆縮し、前方にそびえ立っていた高さ数十メートルの断層が、バターのように滑らかに斜め一文字に両断された。

断ち切られた巨岩が轟音を立てて崩落し、切り開かれた視界の先には、遥か遠くの地平まで続く一本の真っ直ぐな道が穿たれていた。


土煙の中、クローディアは大剣を肩にトンと預けた。


額の汗を拭い、振り返る。

その口元に浮かんだのは、誰かを安心させるための空元気でも、虚勢でもない。


ただ前を向く、前衛としての、泥臭くも晴れやかな笑みだった。


「……待ってなよ。次はアタシが、一番前をぶった斬る」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。