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霊装合一《アヴァターラ》

「――おい! 冴香! ノア!!」


けたたましい足音と怒号とともに、破壊された分厚い防護扉の残骸を蹴散らして、獅堂が率いる特務部の部隊がなだれ込んできた。

その後ろには、生徒たちの避難誘導と外周防衛を終えて駆けつけた氷華、クラリス、クローディア、そして心配そうに息を切らすリノと夜々の姿もあった。


フロアに足を踏み入れた瞬間、全員が息を呑み、言葉を失った。


天井は吹き飛び、魔導強化合金の床は巨大なすり鉢状に陥没している。中枢の心臓部であった巨大な防護結界水晶は無惨に粉砕され、赤黒い警告光が明滅する中、漏れ出た魔力電流がバチバチと火花を散らしていた。


そして――血だまりの中に倒れ伏す、ノアとノワール。


「ノアさん……ッ!」

氷華が駆け寄り、意識の朦朧とするノアの身体を抱き起こす。

「しっかりしてください、ノアさん……! 医療班、早く!!」


「ノアちゃんっ!? 嘘っすよね、ノアちゃん!!」

「ノア先輩……っ!」

リノと夜々も青ざめた顔で駆け寄り、取り乱したように膝をつく。


「ノワール、おまえ……病院を抜け出してこんな無茶を……!」

獅堂が舌打ちしながら膝をつき、口から血を流して倒れているノワールの脈を確かめる。


駆けつけた教官室の救護班によって、すぐさま二人へ高濃度の治癒術式が注ぎ込まれた。

瓦礫に背を預け、鳴神冴香が痛む脇腹をそっと押さえながら、静かに息を整える。


「……申し訳ありません、獅堂部長。止めきれませんでした」


「気にするな。……それより、こいつは一体どうなっている」


獅堂が見上げた先のモニターには、フロア中に響き渡る警告音とともに、無情なカウントダウンが表示されていた。


『自立維持モードへ移行――完全崩壊まで、残り六十八時間』


「見ての通りです」

冴香が冷徹に、だが微かに悔しさを滲ませて告げる。

「中枢コアが破壊されました。残存魔力が底をつく三日後……学園都市の全域を覆う防護結界は、完全に失われます」


「な……ッ!?」

クラリスが息を呑み、クローディアが唇を噛み締めて拳を握りしめた。


「冗談じゃないぜ……! 外壁の外には、結界の綻びを狙って外部の武装組織が集結し始めてるんだ。結界が完全に落ちたら、軍隊相手に市街地で総力戦になるよ!」


「それに、この現場の有様は……」

氷華が破壊し尽くされた中枢コアを見渡し、戦慄に唇を震わせる。

「ノアさんのあの大気障壁すら容易く破られ、ノワール君の二人掛かりですら手も足も出なかったというのですか……!? 一体、どれほどの化け物が現れたというのです……」


圧倒的な破壊の痕跡。

あのノアたちが完敗したという、信じがたい現実。

そして刻一刻と迫るタイムリミット。

大人たちも、生徒たちも、あまりに絶望的な状況に沈黙するしかなかった。


重苦しい静寂がフロアを支配した、その時だった。


「……っ」

ノワールが、胸元をぎゅっと押さえて息を呑んだ。

同時に、氷華の腕の中で横たわっていたノアの胸の奥――魂の核が、トクン、と熱を帯びて脈動した。


「……ノアさん? どうかしましたか?」

異変に気づいた氷華が覗き込む。


ノアは微かに揺れる翡翠の瞳で、自らの手を見つめた。

頭の中に直接、染み渡るように響いてくる、母のように温かく慈愛に満ちた声。


「……大精霊様が呼んでる」

ノワールが低く呟いた。

「俺たちだけじゃない。……そこにいる、お前たちもだ」


「大精霊様が……私達を?」

冴香が凛とした眼差しで眉を寄せる。


「急がないと」

ノアは痛む足に力を込め、氷華に支えられながら立ち上がった。

「この街を守るための……最後の方法を、教えてくださるみたいです」


ノアとノワールが互いに手を重ね、胸元の紋章へと意識を沈めた瞬間、二人の足元に巨大な光の魔法陣が展開された。

その光は瞬く間に広がり、冴香や氷華たち全員の身体を包み込んでいく。


「な、なにこれ……っ!?」

「転移術式……!? でも、こんな魔力規模、見たことも……っ」


驚愕の声を上げるリノとクラリスを呑み込み、光は一筋の閃光となって天空へと垂直に駆け上がった。


◇


学園都市の象徴たる世界樹ダンジョン。

根本のエントランスから進入した探索者は、本来であれば二つの領域へと分かたれる。

地底深くへと潜り、瘴気渦巻く化物の根城たる【地下深層】へ下るか。

あるいは、危険な魔獣が跋扈する幹の上層を登るか。


だが、直通の転移術によって一行が一瞬にして飛ばされたのは、通常の探索では決して辿り着くことのできない最果て。

雲海すら遥か眼下に広がり、人の立ち入りを拒み続けてきた絶対の聖域――世界樹の【最頂部】だった。


光が弾けて足が地に着いた瞬間、遮るもののない蒼穹と、黄金に輝く枝葉が織りなす幻想的な天蓋が全員の視界いっぱいに広がった。


「……な、なにここ……? 雲の上……っすよね? 空に手が届きそう……っ」

「空気が……澄み切っていますね。魔力の密度が違いすぎますぅ」


呆然と周囲を見回すリノと夜々。

最頂部の中央、満ちあふれる翡翠と白銀の光の中から、新緑のヴェールを纏い、黄金の瞳を湛えた女性の姿――世界樹の化身、大精霊マグナ・マテルがふわりと姿を現した。

同時に、その背後から四つの光が飛び出してくる。


金髪ツインテールの放電をパチパチと散らしながら跳ね回る、雷の精霊フルグル。

頑丈な岩の鎧のような巨躯を静かに構える、地の精霊テラ。

透き通る水色の髪を揺らし、たゆんとした胸元に手を添える、水の精霊アクアリア。

赤髪のツンツン頭で腕を組み、ツンとそっぽを向いている、火の精霊イグニス。


本来、受肉していない高次元の精霊たちは人間の目には知覚できない。

だが、この神聖な最頂部の霊力場の中でのみ、全員の瞳にその鮮やかな姿がはっきりと映し出されていた。


「これ、が……世界樹の核、大精霊様……」

氷華が息を呑み、クラリスやクローディアも圧倒的な神気に圧倒されて言葉を失う。


「よく集まってくれましたね、人の子らよ」


すべてを包み込むようなあたたかい微笑みを浮かべ、マグナ・マテルが告げた。


「そして……私の愛しい風の子、ノア。闇の子ノワール。重傷を負わせてしまいましたね、痛かったでしょうに……」


「え……?」

リノが目を丸くし、隣に立つノアを凝視した。

「風の、子……? ノアちゃんが……?」


ノアは気まずそうに俯き、制服の裾をぎゅっと握りしめた。

今までずっと隠し通してきた秘密。

リノと夜々には、普通のクラスメイトとして接してきた。何でもない日常を一緒に過ごしていたかったからこそ、言えなかったのだ。


「ええ。そこにいるノアは、ただの人間の少女ではありません。かつて世界を救って眠りにつき、再び目覚めた風の精霊。……人の世では、確か『翠光の仮面』と呼ばれているようですね」


「えええええええっ!? ノアちゃんがあの仮面の!? え、嘘、じゃあウチの部屋に飾ってある特大ポスターの本人が、毎日隣の席で卵焼き食べてたってことっすか!?」

「リノ先輩、お、落ち着いて……でも、ノア先輩が……」


顎が外れそうなほど驚愕するリノと、目を丸くして言葉を失う夜々。


「キャハハ! ウケる! 有名人は大変だねぇ〜!」

フルグルが空中でくるくると回りながら笑い声を上げる。


「……フルグル、茶化すな。今はそんな時ではない」

テラが重々しく窘めると、イグニスがフンと鼻を鳴らした。

「けっ! 暢気なこと言ってる場合かよ。下で暴れてるあの黒い風、ただ事じゃねえぞ」

「あらあら、イグニスちゃんたら怖い顔しちゃって。でも本当に、このままじゃ世界樹ごと大変なことになっちゃうわぁ〜」

アクアリアがおっとりとした口調ながらも、真剣に眉を寄せる。


マグナ・マテルが、静かに全員を見渡した。


「刻限は迫っています。都市の結界が潰えれば、人の悪意と外からの軍勢が雪崩れ込み、この世界樹も人間たちもどうなるのか。あの黒き風を退け、都市を守る手段は――もはや一つしか残されていません」


大精霊の慈愛に満ちた瞳が、集められた六人の人間へと注がれる。


「太古の盟約により封じられてきた秘術――【霊装合一(アヴァターラ)】を執り行います」


「霊装合一……」

冴香が静かに言葉を復唱する。


「人と精霊が魂を重ね、互いの魔力路を完全に融合させる術です。精霊の無尽蔵の霊力と、人の持つ鋭利な技術と意思。掛け合わされる力は、単なる足し算ではなく乗数となります。……ですが、本来この力の存在を人の世に明かすこと自体が途方もない禁忌であり、大いなるリスクを伴います。今回は都市存亡の危機ゆえの、例外中の例外なのです」


マグナ・マテルは厳かに言葉を紡ぐ。


「合一を果たすために必要なのは、膂力でも、技術の高さでもありません。ただ一つ……魂の波長と、魔力の器としての相性です。ゆえに、この場には相性の見立てが立った者のみを呼びました」


大精霊の言葉に応じ、上位精霊たちがそれぞれの前へと進み出る。


「おい、金髪! 足手まといになったら焼き焦がすからな!」

腕組みをしてツンと睨みつけるイグニスが、クラリスの前へ。


「ふふ、麗しいお嬢さん。私の水で、あなたを優しく満たしてあげるわねぇ〜」

たゆんと胸を揺らしておっとり微笑むアクアリアが、氷華の前へ。


「……背中を預けるぞ、大柄な戦士。お前なら、大地の重みに耐えられそうだ」

兜のような岩面から力強い視線を送るテラが、クローディアの前へ。


「よっしゃ! 冴香っち、アタシの超絶ビリビリにちゃんとついてきてよねー!」

バチバチと電撃を散らしてウインクするフルグルが、冴香の前へ。


「ですが、これはあくまで私の見立てに過ぎません。実際に同調した時、人の身がその負荷に耐えきれるか……安全の保証はできません。最悪の場合、魂が焼き切れてしまう危険すらあります」


大精霊の冷徹な宣告に、天空の聖域が静まり返る。

しかし、クラリスは優雅に、だが揺るぎない覚悟を込めて魔法杖を構え直した。


「今さら何を仰いますの。この街と、わたくしたちの誇りを踏みにじられて黙っていられるはずがありませんわ」

「ええ。生徒会長としても、一人の探索者としても、退く選択肢はありません」

氷華が凛と前を見据え、クローディアが力強く頷く。

「生徒たちが腹を括っているんだ。教師である私が退く道理はないな」

冴香もまた、背筋を真っ直ぐに伸ばし、静かに刀の柄に手を添えた。


問題は――残る二人だった。


マグナ・マテルの視線が、ノアとノワール、そしてリノと夜々へと向けられる。


「風の精霊ノアには、癒しの想いを受け止められる風属性のリノさんを。……そして闇の精霊ノワールには、その深淵の波長を受け止めうる、夜々さんを指名します」


「だ、めです……!」


ノアが叫んでいた。

前に進み出ようとしたリノと夜々の前に、小柄な身体を広げて立ちはだかる。


「SクラスやAクラスの氷華さんたちと違って、ふたりは普通の学生です! 戦闘の訓練だって受けてないのに……そんな危険なこと、絶対にさせられません!」


傷だらけの身体を震わせながら、必死に首を振るノア。

守りたい日常の象徴だった。ふたりを、こんな過酷な戦いに巻き込むわけにはいかない。


けれど。


トン、とノアの背中に柔らかく温かい手が置かれた。


「ノアちゃん」


振り返ると、リノが真っ直ぐな目でノアを見つめていた。

いつものおどけた様子は微塵もない。


「リノね、ずっと不思議だったんすよ。時々ノアちゃんは、寂しそうな、つらそうな顔をしてる時があったっす。……今やっと分かったっすよ。ノアちゃん、ずっとひとりで、誰にも言えないで、街のみんなを守ってくれてたんすね」


「リノちゃん……」


「ノア先輩が私たちを庇って、ボロボロになって戦っているのを……ただ見ているだけの日常なんて、いりません!」


夜々が静かに歩み寄り、ノアの横をすり抜けてノワールの前へと立った。

ノワールは驚いたように眉を跳ねさせ、気まずそうに顔を背けようとするが、夜々はその漆黒の瞳から視線を逸らさなかった。


「力になれる可能性があるなら、やります。……今度は、私たちがノア先輩を守る番です」


「夜々ちゃん……っ、でも、魂が壊れちゃうかもしれないんだよ!?」

縋り付くように叫ぶノアの肩を、リノがぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫っすよ! リノのノアちゃんへの愛をナメないでほしいっす! 魂の一番奥まで、ぜんぶ受け止めてみせるっすから!」


満面の笑み。

その曇りのない光に、ノアの言葉が喉元で詰まった。


マグナ・マテルが、優しく目を細めて頷いた。


「決まりですね。人の子らの覚悟、確かに見届けました。……これより、霊装合一の儀を執り行います。残された刻限の中で、己が精霊の理を身に刻み込みなさい」


雲海を照らす世界樹の最頂部が、眩い六色の光に包まれていく。

都市の破滅を覆すための、最後の同調が始まろうとしていた。

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