かっこいいじゃん!
探索者ギルド・本隊受付ロビー。
夕方のギルドは、依頼を終えた探索者たちの熱気と報告の声で賑わっていた。
「――はい、魔晶石の採集依頼、規定数の確認いたしました~。お疲れ様でした、ノアちゃん!」
カウンターの奥で、受付嬢のゆかりが柔らかく微笑みながら書類に受領印を押す。
「ありがとうございます、ゆかりさん!」
支援科の防具に身を包んだノアが、ほっと胸を撫で下ろしながら報酬を受け取る。
その様子を、ロビーの自動販売機前でドリンクを片手に佇んでいた小柄な女性が、じっと見つめていた。
鮮やかな青髪のツインテールを揺らし、配信用ドローンを浮かせたプロ探索者――マリンだった。
「やっぱり……ノアちゃんだ」
「えっ? あ、マリンさん」
ノアが振り返ると、マリンは缶コーヒーを軽く掲げ、どこか感慨深そうな笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「ちょっと付き合ってよ!ジュース奢ってあげるからさ」
小柄な体躯ながら、纏う身軽な軽装アーマーや佇まいには、数々の死線を潜り抜けてきた大人のプロ探索者としての落ち着きが漂っている。
◇
ギルド脇のオープンカフェテラス。
夕暮れの風が吹き抜ける中、マリンは手渡したリンゴ果汁の缶ジュースをノアが受け取るのを見届けると、自分のコーヒーを一口飲んでふぅと息をついた。
「……あたしね、ずっと探してたんだ」
マリンは携帯端末を開き、ひとつの動画ファイルを再生した。
画面に映し出されたのは、かつてダンジョン低層で探索配信中だったマリンが、暴走魔獣に襲われて死を覚悟した――あの日の映像。
一陣の風と共に、翡翠の閃光を纏って舞い降りた、白銀の仮面の英雄。
「あの時、あたしは本気で死ぬと思った。……そこへ降ってきたのが、『翠光の仮面』だった」
端末を見つめるマリンの瞳には、熱い光が宿っていた。
「氷華ちゃんみたいに『崇拝』ってわけでもないし、クラリスちゃんみたいに『ライバル視』してたわけでもない。あたしはただ……初めて見たあの圧倒的な強さと、息を呑むような美しさに、一瞬で心を奪われちゃってさ!」
マリンは自嘲気味に小さく笑った。
「もちろん、あの切り抜き配信は大バズりしたよ。あたしのチャンネルの登録者数も跳ね上がった。……でもさ、それ以来その正体を追っていくうち気づいちゃってさ」
ノアはジュースの缶を両手で握りしめたまま、静かに耳を傾ける。
「名前も明かさない。顔も見せない。配信も金儲けも一切しない。名誉も求めず、ただダンジョンで絶望してる人間を淡々と救って回ってるだけ。……今の探索者界隈って、誰もがバズりたくて、スポンサーが欲しくて必死になってきてるじゃん? プロとして生きてるあたしだからこそ痛感するよ。なのにこの人は、ただ純粋に人を助けるためだけに動いてた」
マリンは端末を閉じ、真っ直ぐにノアの翡翠の瞳を見つめた。
「本物の、正真正銘のヒーローじゃん、そんなの……」
「マリンさん……」
「あたし、こんなにかっこいい人が、誰にも名前を呼ばれず、正当な賞賛も受けないなんておかしいって思って。だから配信でもイベントでも、折に触れて『翠光の仮面』の名前を出し続けた。少しでも多くの人に、この私たちを守ってくれてるヒーローがいるって知ってほしかったから」
マリンはふっと表情を緩め、からかうように目を細めた。
「そしたらさ……まさか、支援科の教室でオドオドしてて、撫でたら縮こまりそうな、こんな恥ずかしがり屋の学生さんだったなんてね~!」
「うぅ……恥ずかしいです……」
ノアが耳まで真っ赤にして縮こまると、年上の余裕を見せるようにマリンはクスリと笑った。
「学園祭で正体を知った時、思ったよ。あんまり派手に騒ぎ立てて目立たせちゃうと、ノアちゃんの平穏な日常を壊しちゃって迷惑なのかな、って。……でもね、やっぱりあたしは嫌なんだ」
マリンは真剣な眼差しになり、ノアの手をぎゅっと包み込むように握った。
「命を削って誰かを救って、ただ陰に隠れたままなんて……そんなの、あんまりにも報われなさすぎるもん」
その言葉には、プロの探索者として、そして命を救われた一人の女性としての、純粋な祈りが込められていた。
「もっと誇っていいんだよ。胸を張って、自慢していいんだよ、ノアちゃん。あなたはそれだけのことをしてきたんだから」
もっと自分を認めてあげていい。
もっと世界から愛されていい。
それが、マリンの最大限の賛辞だった。
「……ありがとう、マリンさん」
ノアの胸の奥が、じんわりと温かいもので満たされていく。
自分の歩んできた道は、誰かに届いていたのだと、確かな温もりとして伝わってきた。
ピピッ、ピピッ――。
その時、ノアのブレザーのポケットで通信端末が鳴り響いた。
画面に表示されたのは『鳴神先生』の名前。
「あ、先生からだ……もしもし?」
『――ノアか。今どこにいる』
通信の向こうから、鳴神先生の少し慌ただしい、けれどどこか安堵したような声が届く。
『あの子が……ノワールが、目を覚ましたぞ』
「――っ! ノワールが!?」
ノアが弾かれたように立ち上がる。
電話越しに聞こえる師の声に、ノアの表情が一変したのを、マリンは見逃さなかった。
通話を切ったノアが、申し訳なさそうに視線を泳がせる。
「あの、マリンさん、ごめんなさい! 急用が……っ」
「いいよ、全部聞こえてた」
マリンは優しく目を細め、お姉さんらしい柔らかな笑みを浮かべてノアの背中をポンと押した。
「大切な人なんでしょ? ……早く行ってあげな!」
「マリンさん……っ、うん! いってきます!」
ノアは夕暮れのテラスを駆け出した。
風を纏い、一目散に走り去っていく華奢な背中。
「あんなに一生懸命になっちゃってさ」
マリンは手に持った缶を掲げ、夕空に消えていく翡翠の残光を見送りながら、誇らしげに呟いた。
「……うん。やっぱり、最高にかっこいいよ」




