刹那の三秒
キィィィィィィィィン――ッ!!
大気を、そして空間そのものを軋ませる鋭利な共鳴音が、旧資材集積区画の空を切り裂いた。
地面に打ち込まれたアンカー杭から、幾何学模様を描く蒼白の光脈が奔流となって噴き上がる。
それは網目となって宙を奔り、獅堂の拳を受け止めようと跳躍していたノワールの体を、全方位から雁字搦めに捕らえた。
空間の波長を強引に現実の座標へとピン留めされ、神速の怪異が――ピタリと完全停止する。
『――ガッ……、ア……ッ!?』
「止まった……!」
氷華が目を見張り、クローディアが息を呑む。
だが、その歓声をかき消すように、マリンが端末を抱えながら悲鳴のような怒号を上げた。
「もって三秒! 基板が融解してる、三秒でコアが吹き飛ぶよッ!!」
バチバチと激しい紫電がアンカー装置から噴き出し、太い魔導コードが耐熱限界を迎えて発火する。冷却ファンが砕け散り、金属フレームがドロドロと赤熱化していく。
猶予は、瞬きほどの刹那。
「――冴香ァッ!!」
「はいッ!」
獅堂の紅蓮の闘気と、鳴神先生の研ぎ澄まされた紫電の一刀が同時に閃いた。
二人の歴戦の探索者が放った斬撃と衝撃波が、ノワールの周囲に渦巻いていた分厚い瘴気の防壁を、まるで紙のように一瞬で両断し、道をこじ開ける。
「行け、ノアッ!!」
鳴神先生の叫びが、ノアの背中を力強く前へと押し出した。
「――はいッ!!」
風が爆ぜた。
ノアの足元から翡翠の気流が渦を巻き、華奢な身体を弾丸のような速度で宙へと射出する。
視界が超スローモーションへと沈んでいく。
ノワールの紅く濁った瞳が、飛び込んでくるノアを捉えた。
かつて御子柴の手によって植え付けられた、底知れぬ恐怖と憎悪。
痛みに歪む少年の輪郭。
先ほどの地下で、御子柴の瘴気核は「真空」で包み込むことで大気と魔素の供給を断ち、無力化した。
けれど、目の前で苦しんでいるのは、生身の体だ。
真空で隔離すれば、あの子の命まで奪ってしまう。
(死なせない……絶対に、助けるんだ……!)
ノアの魂の奥底で、かつて「お荷物」と呼ばれ、誰の役にも立てないと思い詰めていた『魔力調律』の力が、限界を遥かに超えて唸りを上げた。
他者と波長を合わせるだけの、潤滑油のような力。
だが今、その力は世界樹の理を宿す全精霊の魔力を束ねる、唯一無二の【指揮棒】へと昇華していた。
地、水、火、風、雷。
本来ならば反発し合い、触れ合うことすら許されない強大な五つの属性。
それらをノアの『魔力調律』が、狂気的な精密さで一つの旋律へと編み上げていく。
頭上で、大精霊様の黄金の光がふわりと広がり、五つの力を優しく包み込んだ。
『世界樹の理を以て、迷子の魂を救い上げなさい』
ノアの小さな体が、この世のものとは思えないほど美しく澄み切った、虹色の光を纏う。
破壊の光ではない。
傷つけず、奪わず、ただ暗闇に囚われた迷子を家へと引き戻すための、慈愛の魔法。
ピキィィィィィン……ッ!!
アンカー装置の金属フレームが爆散し、蒼白の杭がガラスのように砕け散った。
拘束が解け、ノワールの剛爪が自由を取り戻す。
だが、それよりも早く。
ノアは宙を舞い、エプロンドレスの裾を翻しながら、ノワールの懐へと飛び込んだ。
「――もう、大丈夫」
ノアの華奢な両手が、紫黒の瘴気を突き抜け、青年の胸元へとそっと重ねられた。
ドクンッ。
二人の波長が完全に重なり合った瞬間、ノアの体から放たれた虹色の光の奔流が、ノワールの全身を飲み込んでいった。




