豪炎の若獅子
重い搬入ゲートを突き破るようにして、旧資材集積区画の土煙の中へ装甲作業車が滑り込んだ。
『――グォォォォォァァァッ!!』
耳を劈く絶叫とともに、紫黒の衝撃波が区画全体を薙ぎ払う。
資材置き場の中央で荒れ狂うノワールの体から、どす黒い瘴気がまるで生き物のように噴き上がり、大気を激しく汚染していた。
そして、その瘴気が地面に触れた瞬間――ドロドロとした泥濘から、無数の異形の影が這いずり出してきた。
不定形の体躯に紅い複眼、鋭利な牙を剥き出しにした瘴気の分裂獣たち。
地下の瘴気核が断たれた反動で、ノワール体内の過剰な瘴気が自己防衛のように実体化し、周囲を埋め尽くしていたのだ。その数は百に近い。
「本体の暴走だけじゃねえのかよ! 雑魚どもが湧き出してきやがった!」
クローディアが大剣を構え、舌打ちを響かせる。
「作業車を中央のクレーン下へ寄せろ! 急げッ!」
鳴神先生の鋭い怒号が飛ぶ。
作業車の荷台が開き、マリンが技術班の男たちとともに、剥き出しの金属フレームと太い魔導コードの塊――【空間固定結界】の試作機を地面へと引きずり下ろした。
ガゴンッ! と重いアンカー杭がアスファルトを貫き、地脈へと食い込む。
マリンが地面に膝をつき、端末を装置の心臓部へ直結した。
「バイパス接続完了! 地脈魔力とジェネレーターを直列励起……急速充填開始! 最短三十秒、それまであたしと装置を絶対に近づけさせないでッ!!」
「三十秒だな。――若人らよ、露払いはお任せ願おう!」
地響きのような咆哮とともに、ボルドーが踏み出した。
身の丈を超える漆黒のタワーシールドを地面に叩きつけると、巨大な魔導障壁が展開され、正面から殺到してきた十数体の瘴気獣を一気に圧殺・粉砕する。
「ふふ、おじ様ばかりにいい格好はさせないわよ?」
紫電の閃光が宙を走った。シエラの蛇腹剣が生き物のようにしなり、作業車の側面へ回り込もうとした獣たちの首を、目にも留まらぬ速さで刈り取っていく。
「レオン、奴を外へ振れ!」
「了解!」
レオンが双剣を交差させ、疾風となって地を蹴った。
超高速で空間を歪ませながら跳躍してきたノワールの前へ割り込み、双剣の風圧でその鋭利な爪を斜め上へと受け流す。紙一重の回避を繰り返しながら、ノワールを作業車から引き離していく。
だが、戦況はそれだけでは収まらなかった。
区画の外縁では、都市警備隊とギルド本隊の迎撃部隊が慌ただしく号令を飛ばしていた。
「魔獣が分裂・増殖しているぞ! フェンスを破られる前に焼き払え! 魔導砲、強制照準――撃ェッ!!」
瘴気獣の雪崩れ込みに混乱した警備部隊が、隣のお祭り広場への余波も顧みず、強行発射の引き金を引こうとした。
「させませんッ!!」
氷華の極限の冷気と、クローディアの大剣の地裂撃、クラリスの紅蓮の火炎壁が同時に炸裂した。
魔導砲の台座を凍りつかせ、地面を揺らして射線を狂わせ、炎の壁で視界を遮断する。
「生徒風情が邪魔をするな! 即時殲滅の指令だぞ!」
「隣のメイン通りには何千人もの一般生徒がいるのです! 被害を顧みない発射など、断じて認めません!」
氷華が凛と叫び、生徒会と魔導砲部隊の睨み合いが一触即発の火花を散らす。
その間にも、作業車の前では熾烈な防衛戦が続いていた。
「充填率、五十パーセント……! 急いで、基板の熱がもう限界だよ……!」
マリンの叫び声に混じり、装置からバチバチと激しい火花が散る。
殺到する瘴気獣の波を、ノアの鋭い風の刃が切り裂いていく。
だがその瞬間――空間が不気味に歪んだ。
レオンの牽制を力任せに振り払ったノワールが、紫黒の稲妻となって宙へ転移。
作業車へ――マリンとアンカー装置を標的に定め、上空から弾丸のように急降下してきたのだ。
「しまっ……!?」
レオンの制止が間に合わない。ボルドーも群れの圧殺で動けない。
「……させるかッ!」
鳴神先生が地を蹴った。
満身創痍の体に鞭を打ち、紫電を纏わせた白刃を両手で振り上げ、落下してくるノワールの剛爪を真正面から受け止めた。
キィィィィィィィンッ!!!
耳をつんざく激突音。
コンクリートが放射状に爆砕し、先生の膝が沈む。
「ぐ、うぅぅ……ッ!」
鳴神の口から鮮血が零れ落ちた。
地下での魔素反転の負荷、そしてノワールの圧倒的な質量と瘴気の重圧が、刀ごと先生を押し潰さんと軋みを上げる。
「先生……っ!」
「くそ……ッ!なんて馬鹿力だ……!!」
刀身にヒビが走る。
ノワールの紫黒の爪が、先生の肩口へ食い込もうとした――その刹那だった。
「――情けねえツラしてんじゃねえぞ、冴香ァッッ!!」
天から雷鳴のごとき怒号が降ってきた。
ドォォォォォォォォンッ!!!
紅蓮の闘気を纏った巨大な鉄甲が、ノワールの剛爪の側面を真横から豪快に殴り飛ばした。
凄まじい衝撃波が巻き起こり、ノワールの巨躯が十メートル近く吹き飛んで着地する。
「なっ……!?」
砂煙の中から現れたのは、仕立てのいいギルドのスーツの袖を肩まで捲り上げ、両腕に巨大な真紅の魔導ガントレットを装着した、筋骨隆々の大男だった。
無精髭に、精悍な顔つき。胸元をはだけさせ、全身から湯気のような熱い闘気を噴き上げている。
「……獅堂、部長……!」
血を拭いながら、鳴神先生が呆れたように、けれど安堵を滲ませて呟いた。
ギルド査察本部・特命執行部長、獅堂鉄也。
鳴神冴香が探索者として前線にいた頃の直属の上司であり、ギルドの生ける伝説ボルドーすら「あの熱血坊主」と苦笑いする男。
「おいおい冴香、可愛い教え子たちの前で無様に膝をついてんじゃねえ! でかい背中を見せるのが教官の仕事だろうが!」
獅堂は歯を見せて笑うと、背後の警備隊と魔導砲部隊へ向けて、懐から取り出した金色の特務手帳を叩きつけるように掲げた。
「おい、そこの砲兵ども! これより本現場の全指揮権は、ギルド査察本部特命執行部――この獅堂鉄也が接収する!!」
「なっ、獅堂部長!? しかしギルド本部の殲滅指令が――」
「あンだぁ!? 聞こえねえなぁ! 隣で子供たちが祭りの焼きそば食って笑ってんのが見えねえのか! ここで大砲ぶっ放して街をパニックに陥れるのがギルドの仕事かぁ? てめぇの心に恥じねぇ意地を見せやがれ!!」
凄まじい気迫の怒号。
理と情を完全に掌握した獅堂の一喝に、警備隊の隊長は気圧され、直立不動で敬礼した。
「ら、了解! 魔導砲発射シークエンス中止、支援態勢へ移行!」
「やりゃできるじゃねぇか! ……おい、嬢ちゃん!」
獅堂が振り返り、作業車のマリンへギラギラとした視線を飛ばす。
「機械の準備はどうだ! 俺が正面からあの暴れ馬をぶっ叩いて引きつける! あと何秒だ!!」
「ひゃいっ!? あ、あと六……いや、五秒!!」
マリンが悲鳴を上げながら叫び返す。
ノワールが体勢を立て直し、全身の瘴気を爆発させて再び突進してくる。
獅堂が両腕のガントレットをガキンと打ち合わせ、獰猛に吠えた。
「上等だァ! 来い、小僧! 本当の喧嘩ってもんを教えてやるッ!!」
獅堂の紅蓮の闘気と、突進するノワールの紫黒の瘴気が真っ向から激突する。
「四!」
圧倒的な覇気のぶつかり合いに、ノアも一瞬目を奪われてしまう。
「……すごい」
「三!」
先ほどまでの、劣勢の空気を全てひっくり返すほどの圧倒的な力。
「二!」
誰もがあの大きな背中を見て、「勝てない」などと情けのない言葉は浮かんでくるはずもなかった。
「一!」
「充填率、百パーセントッッ!!」
マリンの渾身の絶叫とともに、アンカー装置のコアが眩い青白の閃光を放ち、臨界へと達した。
「【空間固定結界】、起動ッッ!!!」




