任務完了!
放課後。夕暮れの茜色が校舎の渡り廊下を赤く染めていた。
「ノアちゃん! 授業も終わったし、学内ギルド支部に登録しに行くっすよ!」
「学内ギルド?」
手元の鞄を抱え直すと、リノがメガネを上げて得意げに笑った。
「そうっす! 学園生はギルド支部で依頼を受けてお小遣いを稼いだり、探索者ランクの査定を受けたりするんすよ。支援科の生徒でも、浅層での安全な採取依頼なら小遣い稼ぎにピッタリっす!」
「へぇ……お小遣い……」
学食のうどんは一杯二百円。トッピングの天ぷらは八十円。
鳴神先生から生活費は支給されているけれど、自分で稼いだお金で天ぷらを乗せられるなら、それに越したことはない。
(そういえば、アルトの頃はみんなについてくのに必死でギルドって自分で使ったことなかったかも?)
「行く! リノちゃん、案内して!」
「うひひ、乗ってきたっすね! 任せるっす!」
◇
学園敷地の東側に位置するギルド支部は、実習を終えた学生たちで賑わっていた。
電光掲示板には無数の依頼がスクロールし、武具を担いだ上級生たちが闊歩している。
「あそこの受付が空いてるっす!」
リノに手を引かれて向かったのは、一番端の窓口だった。
カウンターの向こうには、淡いピンク色の髪をシニヨンにまとめ、困り眉気味に微笑むおっとりとした女性職員が座っていた。
「あら、いらっしゃ~い。……まあ! お可愛らしい生徒さん!」
胸元の名札には『兎月ゆかり』とある。
ゆかりさんは僕を見るなりパッと表情を輝かせ、身を乗り出してきた。
「ノアちゃんって言うっす! 今日Dクラスに編入してきた特待生なんすよ〜」
「ノアちゃんね。初めまして! 登録の手続きね、ちょっと待ってね……はい、これに手をかざしてみて~?」
差し出された魔導水晶にそっと手を触れる。
水晶は淡いエメラルド色に優しく灯った。
『おっ、魔力はしっかり【支援科・測定不能(極微)】で偽装されてんな』
脳内でイグニスが器用に鼻を鳴らす。
「うん、登録完了よ! ノアちゃんはまだFランクだから、まずは第1層から第3層までの採取依頼がおすすめね。……あ、ちょうどいいのがあるわ! 第2層の『ヒカリゴケの採取』と水路のゴミ拾い。危険な魔物は出ないし、報酬もいいわよ」
「ありがとうございます、ゆかりさん! それ、やってみます!」
「ふふ、頑張ってね。怪我しちゃダメよ~?」
ゆかりさんに頭を優しく撫でられ、僕はリノと一緒にギルドを後にした。
◇
第2層の安全地帯で手早くコケを採取し、ギルドへ戻る連絡通路を歩いていた時のことだ。
「……ぐすっ……うぅ……重い……動かないですぅ……」
通路の隅、訓練用スペースの柱の陰から、押し殺した泣き声が聞こえてきた。
「ん……? あそこ、誰かいるっすね」
リノと一緒に覗き込むと、そこには異様な光景が広がっていた。
身長は優に180センチを超える長身。
豊満なプロポーションを無理やり黒い重装鎧に押し込み、腰まで届く漆黒のロングヘアを振り乱した少女が、自分の背丈ほどもある巨大な漆黒の大盾の下敷きになってぺたんと座り込んでいた。
「おい見ろよ、1年の影守だろあれ」
「図体だけデカくて盾もまともに構えられないのに、重騎士志望とか笑えるよな」
「しかも適性が『闇属性』だろ? タンクのくせにヘイト集めるどころか味方に気味悪がられてパーティ組めないらしいぜ」
遠巻きに見ていた男子生徒たちが、ヒソヒソと心無い嘲笑を投げかけている。
少女――影守夜々は、大きな体をさらに小さく縮こまらせ、涙をぽろぽろと零していた。
『……あの大盾、素材は良質だが重心のバランスが酷い。……闇の魔力が偏りすぎていて、あんな物まともに扱えないぞ』
テラが呆れたように分析の声を漏らす。
役立たずと罵られ、笑われ、誰にも助けてもらえなかった、かつての一ノ瀬アルトの姿が重なる。
(勝手に他人に昔の自分を重ねるのも良くないんだけどね)
気づいた時には、僕は駆け出していた。
「ノアちゃん!?」
リノの声が背中に響く。
「だ、大丈夫……?」
「ふぇ……?」
夜々がおずおずと顔を上げる。
見上げるほど大きな体躯の彼女の前に、僕のような小柄な少女がしゃがみ込む形になった。
「あ、あの……近づかない方がいいですぅ……。わたし、闇属性だし……図体ばっかり大きくて、盾も持てない落ちこぼれで……」
「そんなことないよ」
僕は夜々の手元、巨大な漆黒の大盾の縁にそっと右手を添えた。
調律。
昔の自分が得意だった魔力の流れを整えるスキル。
(まだ使えるみたいだ、よかった)
魔力の偏りを整え、調律の狂っていた魔道具をあるべき姿に戻してあげる。
「え……?」
夜々の目が見開かれる。
先ほどまで鉛のように重かった盾が、羽のようにふわりと軽くなったのだ。
「ほら、一緒に持ってみて」
「は、はい……っ!」
夜々が恐る恐る盾を持ち上げると、驚くほど滑らかに、ピタリと構えの位置に収まった。
嘲笑していた周囲の男子生徒たちが「え……?」と言葉を失う。
そこへ、リノがズカズカと割り込んできた。
「おいコラそこの野次馬! 人の努力を笑う暇があったら自分の素振りでもするっす! あっち行けっす!しっしっし~!!」
オタク特有の早口と鋭い威圧で男子生徒たちを追い散らすと、リノは腰に手を当てて夜々に向き直った。
「リノは2年Dクラスの早坂リノっす! こっちは同じクラスのノアちゃん! 後輩ちゃん、名前は?」
「あ……1年Cクラスの……影守夜々ですぅ……」
夜々は手元の軽くなった盾と、目の前に立つ僕の顔を交互に見つめた。
その黒く澄んだ大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出す。
「せ、先輩……っ! わたし、盾、持てました……! 先輩が触ってくれたら、すごくあたたかくて軽くなって……っ!」
「わ、わっ、泣かないで……!」
「うわああぁぁんっ!」
次の瞬間、ドムッ!と柔らかくて巨大な衝撃が僕を包み込んだ。
夜々が感極まって、大型犬のように僕を正面から力いっぱい抱きしめてきたのだ。
「ふぎゃっ……!? や、柔らかい……息が……っ!」
「うひひ! ノアちゃんが巨大後輩に埋もれてるっす! 完全に懐かれたっすね〜!」
『あははは! ノアっち潰される〜!』
脳内でフルグルが大爆笑している。
こうして僕の平穏なはずの日常に、後輩・影守夜々が加わることになったのだった。




