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オタクな相棒

朝の澄んだ光が、学生寮の部屋に差し込んでいた。


「す、スースーする……っ! 風がダイレクトに通るよ……!」


姿見の前に立った僕は、膝上丈のプリーツスカートを押さえながら真っ赤になってプルプルと震えていた。

支給された探索者学園の女子制服。ネイビーのブレザーに、ワインレッドのリボン。

鏡に映っているのは、白銀の髪を揺らし、翡翠の瞳を潤ませたどこからどう見ても可憐な美少女――僕自身だ。


『けっ、いつまでもモジモジしてんじゃねえよ! スカートなんざ布切れ一枚だろ。別におかしかねぇからさっさと行け!』


脳内でイグニスが呆れたように文句を言いながら、体内の余分な熱気をフッと散らしてくれる。


「そ、そうだけどさぁ……」


男だった頃の感覚が抜けきらない下半身の心許なさに耐えつつ、僕は深呼吸をして鞄を握りしめた。

目指すのは、平穏で目立たない普通の学生生活だ。

昨日の『翠光の仮面』の騒ぎはダンジョンの中だけのこと。学園ではおとなしく、静かに暮らすんだ。



「静かにしろ。今日は我がクラスに編入生が入った」


教卓に手をついた鳴神先生が、低く通る声で教室を制した。

国立世界樹総合探索学園、高等部2年Dクラス――支援科。

教室の後ろには様々な医療器具や支援用魔導具が並び、前衛特化のエリートたちが集まるAクラスやSクラスとは違って、どこか緩やかで雑多な空気が漂っている。


「入れ」


ガラガラと引き戸を開けて教壇の前に立つ。

その瞬間、教室中の視線が一斉に突き刺さり、空気がピシリと凍りついた。


ざわざわっ……!


「……うそ、めちゃくちゃ美少女じゃん……」

「白銀の髪……外国人留学生か?」

「かなり小さいけど同い年……でいいんだよな……?」


(ひぇっ……! 目立ってる……!?)


縮こまる僕の肩を、鳴神先生がぽんと叩く。


「紹介しよう。ノアだ。事情(わけ)あって、私の保護観察下にある特待生だ。支援魔術の適性を見込んでこのクラスに配属した。仲良くするように」


「の、ノアです……! よろしくお願いします……っ!」


ぺこりと頭を下げると、男子生徒だけでなく女子生徒からも小さく黄色い歓声が上がった。

鳴神先生は満足そうに頷くと、教室の窓際、一番後ろの席を指差した。


「ノア、お前の席はあそこだ。早坂の隣だな」


「はい!」


足早に指定された席へ向かう。

隣の席には、少し着崩した制服に黒縁メガネをかけ、ボサボサ気味の茶髪を適当に結んだ女子生徒が座っていた。

机の上には魔導書と一緒に、探索系配信者のファンブックが堂々と広げられている。


「あ、あの……よろしくお願いします」


僕がおずおずと声をかけると、彼女はメガネのブリッジをくいっと指で押し上げ、ニシャッと口角を吊り上げた。


「うひひ、よろしくっす〜! リノは早坂リノ。回復術士の落ちこぼれっすけど、よろしく頼むっすよ、ノアちゃん!」


裏表のない、からっとしたオタク特有の気安い笑顔。

その屈託のなさに、僕の強張っていた肩の力がふっと抜けた。



お昼休み。

学食は、ダンジョン実習を終えた腹ペコの学生たちでごった返していた。


「ノアちゃんノアちゃん! ここの学食、おすすめは断然『特製かけうどん』っすよ! 一杯二百円で出汁が超絶美味いんす! リノのソウルフードっす!」


「う、うどん……! 食べる、それにする!」


券売機で食券を買い、湯気を立てる丼を受け取って空いているテーブル席へ滑り込む。

透き通る関西風の出汁に、たっぷりのネギと揚げ玉。

お箸を割って、フーフーと息を吹きかけながら麺をすする。


「……んん〜っ! しあわせ~……!」


モチモチの麺と出汁の旨味が口いっぱいに広がり、思わず頬が緩む。

身体の芯からじわじわと温かくなって、自然と笑みがこぼれてしまった。


「うひひ、ノアちゃん美味しそうに食べるっすねぇ〜! まるで小動物っす! 見てるだけでリノのMPが全回復しそうっすよ!」


リノが自分の丼を抱えながら、満足そうに目を細めている。

アルトだった頃は、こんなふうに誰かと笑い合いながらご飯を食べるなんてこと、一度もなかった。

雑用を押し付けられ、冷えたおにぎりを一人でかじっていた日々が、遠い昔のことのように思える。


「あ、そうだノアちゃん! 昨日の世界樹の特大ニュース、もう見たっすか!?」


「え……?」


リノが手元の魔導端末を素早く操作し、液晶画面を僕の目の前に突き出してきた。

そこに映し出されていたのは、見覚えがありすぎる『D-net』の専用スレッドだった。


【世界樹】翠光の仮面様を目撃・考察するスレ Part42【サウザンド・ストーム無詠唱】


「うひひ! 昨日の水無瀬マリンちゃんの配信事故、マジで伝説っすよ! 第20層のネームドを一撃でサイコロステーキにした謎の白仮面様! あの無詠唱の気流操作、間違いなく現代魔導の最高峰っす! リノ、すでに翠光様ファンクラブの古参会員っすよ!」


「ぶふっ……!?」


出汁を飲み込み損ねて、派手にむせ返る。


「ゲホッ、ゴホッ……! ふ、ファンクラブ……!?」


「お、おいノアちゃん大丈夫っすか!? ほらお水飲むっす! ……いや〜わかるっすよ、あまりの神技に度肝抜かれるっすよね! 白銀の髪に白い仮面、圧倒的な風の統制……まさに現代に舞い降りた守護天使っす! あ〜、リノも一度でいいから生で拝んでみたいっすねぇ……」


リノが両手を合わせて天井を仰ぎ、うっとりと語っている。

その目の前で、本物の当事者である僕が、冷や汗をダラダラと流しながら必死にお茶を飲んでいることなど、リノは知る由もなかった。


『……人間が考えることはよくわからん』

『ふふ、愛されているのは良いことですよ。ですがノア、うどんが伸びてしまいますから落ち着いて召し上がりなさいね』

『いーな!うちも有名になりたい!!』


みんな脳内で他人事のように好き勝手騒いでいる。


(ば、絶対にバレちゃダメだ……! 僕の平穏な学食うどんライフを守るためにも……っ!)


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