オタクな相棒
朝の澄んだ光が、学生寮の部屋に差し込んでいた。
「す、スースーする……っ! 風がダイレクトに通るよ……!」
姿見の前に立った僕は、膝上丈のプリーツスカートを押さえながら真っ赤になってプルプルと震えていた。
支給された探索者学園の女子制服。ネイビーのブレザーに、ワインレッドのリボン。
鏡に映っているのは、白銀の髪を揺らし、翡翠の瞳を潤ませたどこからどう見ても可憐な美少女――僕自身だ。
『けっ、いつまでもモジモジしてんじゃねえよ! スカートなんざ布切れ一枚だろ。別におかしかねぇからさっさと行け!』
脳内でイグニスが呆れたように文句を言いながら、体内の余分な熱気をフッと散らしてくれる。
「そ、そうだけどさぁ……」
男だった頃の感覚が抜けきらない下半身の心許なさに耐えつつ、僕は深呼吸をして鞄を握りしめた。
目指すのは、平穏で目立たない普通の学生生活だ。
昨日の『翠光の仮面』の騒ぎはダンジョンの中だけのこと。学園ではおとなしく、静かに暮らすんだ。
◇
「静かにしろ。今日は我がクラスに編入生が入った」
教卓に手をついた鳴神先生が、低く通る声で教室を制した。
国立世界樹総合探索学園、高等部2年Dクラス――支援科。
教室の後ろには様々な医療器具や支援用魔導具が並び、前衛特化のエリートたちが集まるAクラスやSクラスとは違って、どこか緩やかで雑多な空気が漂っている。
「入れ」
ガラガラと引き戸を開けて教壇の前に立つ。
その瞬間、教室中の視線が一斉に突き刺さり、空気がピシリと凍りついた。
ざわざわっ……!
「……うそ、めちゃくちゃ美少女じゃん……」
「白銀の髪……外国人留学生か?」
「かなり小さいけど同い年……でいいんだよな……?」
(ひぇっ……! 目立ってる……!?)
縮こまる僕の肩を、鳴神先生がぽんと叩く。
「紹介しよう。ノアだ。事情あって、私の保護観察下にある特待生だ。支援魔術の適性を見込んでこのクラスに配属した。仲良くするように」
「の、ノアです……! よろしくお願いします……っ!」
ぺこりと頭を下げると、男子生徒だけでなく女子生徒からも小さく黄色い歓声が上がった。
鳴神先生は満足そうに頷くと、教室の窓際、一番後ろの席を指差した。
「ノア、お前の席はあそこだ。早坂の隣だな」
「はい!」
足早に指定された席へ向かう。
隣の席には、少し着崩した制服に黒縁メガネをかけ、ボサボサ気味の茶髪を適当に結んだ女子生徒が座っていた。
机の上には魔導書と一緒に、探索系配信者のファンブックが堂々と広げられている。
「あ、あの……よろしくお願いします」
僕がおずおずと声をかけると、彼女はメガネのブリッジをくいっと指で押し上げ、ニシャッと口角を吊り上げた。
「うひひ、よろしくっす〜! リノは早坂リノ。回復術士の落ちこぼれっすけど、よろしく頼むっすよ、ノアちゃん!」
裏表のない、からっとしたオタク特有の気安い笑顔。
その屈託のなさに、僕の強張っていた肩の力がふっと抜けた。
◇
お昼休み。
学食は、ダンジョン実習を終えた腹ペコの学生たちでごった返していた。
「ノアちゃんノアちゃん! ここの学食、おすすめは断然『特製かけうどん』っすよ! 一杯二百円で出汁が超絶美味いんす! リノのソウルフードっす!」
「う、うどん……! 食べる、それにする!」
券売機で食券を買い、湯気を立てる丼を受け取って空いているテーブル席へ滑り込む。
透き通る関西風の出汁に、たっぷりのネギと揚げ玉。
お箸を割って、フーフーと息を吹きかけながら麺をすする。
「……んん〜っ! しあわせ~……!」
モチモチの麺と出汁の旨味が口いっぱいに広がり、思わず頬が緩む。
身体の芯からじわじわと温かくなって、自然と笑みがこぼれてしまった。
「うひひ、ノアちゃん美味しそうに食べるっすねぇ〜! まるで小動物っす! 見てるだけでリノのMPが全回復しそうっすよ!」
リノが自分の丼を抱えながら、満足そうに目を細めている。
アルトだった頃は、こんなふうに誰かと笑い合いながらご飯を食べるなんてこと、一度もなかった。
雑用を押し付けられ、冷えたおにぎりを一人でかじっていた日々が、遠い昔のことのように思える。
「あ、そうだノアちゃん! 昨日の世界樹の特大ニュース、もう見たっすか!?」
「え……?」
リノが手元の魔導端末を素早く操作し、液晶画面を僕の目の前に突き出してきた。
そこに映し出されていたのは、見覚えがありすぎる『D-net』の専用スレッドだった。
【世界樹】翠光の仮面様を目撃・考察するスレ Part42【サウザンド・ストーム無詠唱】
「うひひ! 昨日の水無瀬マリンちゃんの配信事故、マジで伝説っすよ! 第20層のネームドを一撃でサイコロステーキにした謎の白仮面様! あの無詠唱の気流操作、間違いなく現代魔導の最高峰っす! リノ、すでに翠光様ファンクラブの古参会員っすよ!」
「ぶふっ……!?」
出汁を飲み込み損ねて、派手にむせ返る。
「ゲホッ、ゴホッ……! ふ、ファンクラブ……!?」
「お、おいノアちゃん大丈夫っすか!? ほらお水飲むっす! ……いや〜わかるっすよ、あまりの神技に度肝抜かれるっすよね! 白銀の髪に白い仮面、圧倒的な風の統制……まさに現代に舞い降りた守護天使っす! あ〜、リノも一度でいいから生で拝んでみたいっすねぇ……」
リノが両手を合わせて天井を仰ぎ、うっとりと語っている。
その目の前で、本物の当事者である僕が、冷や汗をダラダラと流しながら必死にお茶を飲んでいることなど、リノは知る由もなかった。
『……人間が考えることはよくわからん』
『ふふ、愛されているのは良いことですよ。ですがノア、うどんが伸びてしまいますから落ち着いて召し上がりなさいね』
『いーな!うちも有名になりたい!!』
みんな脳内で他人事のように好き勝手騒いでいる。
(ば、絶対にバレちゃダメだ……! 僕の平穏な学食うどんライフを守るためにも……っ!)




