天使のお給仕
ついに迎えた『大蒼樹祭』初日。
雲一つない抜けるような青空の下、高らかなファンファーレの音とともに学園都市の全ゲートが開放された。
メインストリートには無数の露店が立ち並び、メイン広場ではブラスバンドの生演奏が響き渡る。本土からの観光客や他校の探索者たちが続々と押し寄せ、街全体が一気に祝祭の熱気に包み込まれていた。
そんなメガイベントの喧騒の中――学園高等部・支援科フロア。
「お、おいおいおい……なんだこの列は……!?」
「階段の下どころか、中庭まで続いてるぞ!? これ全部2年D組の客か!?」
廊下を埋め尽くしていたのは、最後尾の看板が見えないほどの大長蛇の列だった。
教室の入り口には、翡翠色のリボンと手作りの木製看板。
――支援科特製カフェ『風の止まり木』。
カランコロン、と澄んだベルの音が鳴り響き、注文のトレイを両手で抱えた白銀の髪の少女――ノアが、オロオロと客席の間を小走りで縫っていく。
「お、お待たせいたしました……っ! 特製アールグレイと、世界樹ベリーのタルトです……っ!」
トレイを置いたノアは、リノから数時間にわたって叩き込まれた禁断の接客マニュアルを思い出し、顔から火が出るほど真っ赤になりながら、両手で小さなハートを作ってペこりと頭を下げた。
「お、お帰りなさいませ……ご、ご主人様……っ!」
「「「ぐはぁっっっ!!!!」」」
テーブル席に座っていた屈強な探索者ギルドの男たちが、一斉に胸を押さえて卒倒した。
「生きてて……よかった……」
「おい追加! 追加で全メニュー頼む!!」
「ノアちゃんチェキ券はどこで買えるんですかァァァ!?」
店内は開店からわずか一時間で本日の売上目標を突破し、まさに戦場のような大盛況と化していた。
「ガンガン注文入ってるっすノアちゃん! 今日だけでDクラスの年間予算が稼ぎ出せる勢いっすよーーっ!」
厨房の奥で泡立て器を狂ったように回すリノ。
クラスメイトたちも大忙しだが、全員が満面の笑みを浮かべていた。
そんな時、カランコロンと入り口のベルが鳴った。
「……あ。ノア先輩……」
長身を折り曲げながら暖簾をくぐってトコトコと入ってきたのは、1年生の夜々だった。
自分のクラスの午前シフトを終えて休憩に入ったのか、少し眠たげな目をパチクリとさせている。
そして――メイド服姿のノアを正面から捉えた瞬間、その黒目がカッと見開かれた。
「……っ!」
「あ、夜々ちゃん! 来てくれたんだね。……って、どうしたの? 固まっちゃって……」
「……ノア先輩の、メイド服……本物……。写真より……100倍……素敵ですぅ……」
ふんすと小さな鼻息を荒くしながら、夜々は両手でぎゅっと胸元を押さえて小さく身悶えした。
「夜々、1年C組のお化け屋敷の店番……頑張って良かったです……。世界樹の神様、ありがとうです……」
「お、大袈裟だよ夜々ちゃん! ほら、カウンター席空いてるから座って? 特製のハーブティー淹れてあげるね!」
「はい……! 夜々、一生の思い出にしますぅ……!」
嬉しそうにちょこんと席に座る夜々の姿に、ノアも思わずほっこりと笑みを零す。
だが――そんな平和な空気は、いつまでも続かなかった。
「おいおいおい、可愛いメイドちゃんがいるって聞いて来てみれば……随分と繁盛してるじゃねえか」
ドカリ、と扉を蹴破るような勢いで入ってきたのは、他校の柄の悪い上級探索者風の男たち三人組だった。
順番待ちの列を無視してずかずかとフロア中央のテーブルを占拠し、行儀悪く足を組む。
「おい、銀髪のメイド! 俺たちに付きっきりで給仕しろよ。チップなら弾んでやるぜ?」
「あっ……」
ノアが思わず一歩後退る。
店内の空気が一気に凍りつき、一般のお客さんたちがざわめき始めた。
「ちょ、ちょっとアンタたち! ちゃんと並んで――」
リノが怒鳴り込もうとした、その時。
カツン、と乾いたヒールの音が響いた。
「――どなたの許可を得て、わたくしの予約席を荒らしていらっしゃいますの?」
凛とした、絶対零度の冷気を孕んだ美声。
鮮やかな金色の髪を優雅に払ったクラリスが姿を現した。
その後ろには――。
「おいおい。うちの可愛いノアに、ずいぶん下品な口の利き方じゃねえか、あァ?」
首の骨をボキボキと鳴らしながら、身の丈ほどもある大剣を肩に担いだクローディアが、野獣のような獰猛な眼光で男たちを見下ろしていた。
「ひ、ひぃぃぃっ!? 『蒼炎の令嬢』に『鋼殻の破砕姫』……ッ!?」
「な、なんでトップクラスの探索者が支援科のメイド喫茶に……!?」
「ノアさん、お怪我はありませんでしたか? わたくしが来たからには、もう安心ですわ!」
「ノア、怖かったらアタシの後ろに隠れてな」
二人がかりで庇われ、ノアはオロオロと手を振る。
「あ、あの、クラリスさん、クローディアさん、ありがとうございます……! ただ、喧嘩はダメですよ……!」
男たちはクローディアの威圧とクラリスの放つ殺気に青ざめ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
トラブルをあっさり解決したクラリスは、フフンと誇らしげに胸を張り、ノアの手を取って特等席へとエスコートした。
テーブル席に着くなり、クローディアは大剣を壁に立てかけ、ドカッと豪快に椅子に腰を下ろす。
「ふぅ……それにしてもノア、マジでたまげたよ。ポスター見たときも吹いたが、実物は破壊力桁違いだな! うちのクラスの連中も『拝みに行かなきゃ一生の損だ』って息巻いてたぞ」
「うぅ……クローディアさんまでからかわないでくださいよぉ……」
「ハハハ、からかってねえよ、本心本心! ……ほら、せっかくだしアタシにも一番デカいパフェと特製ティーを頼む! 前線で身体張ってきた後の甘いモンは格別だからな」
クローディアがニッと白い歯を見せて笑うと、ノアもホッとしたように表情を綻ばせた。
「はいっ! クローディアさん用に、疲労回復ハーブを多めにブレンドして作ってきますね!」
「おう、頼んだぜ! ……おいクラリス、お前もさっさと注文しろよ? 顔真っ赤にして固まってねえでさ」
「だ、誰が固まっておりますのっ!? わたくしは優雅に注文のタイミングを測っていただけですわ!」
二人のいつもの掛け合いにクスリと笑いながら、ノアはカウンターへ戻り、ローゼンバーグ家から届いた最高級茶葉を、繊細な魔力温度調節で丁寧に抽出した。
運ばれてきた特製アールグレイと山盛りパフェ。
クローディアがパフェを豪快にすくいながら「うめぇ! 体の芯から疲れが吹き飛ぶな!」と目を丸くする隣で、クラリスは立ち上る高貴な香りにうっとりと目を細め、一口含んで小さく息を吐いた。
「……素晴らしいですわ。茶葉の良さを完全に引き出していらっしゃいます」
「口に合ってよかった……! お二人とも、さっきは本当に助けてくれてありがとうございました」
「ふふ、礼には及びませんわ。大切なお友達ですもの」
「おうよ、ダチの店にチンピラが湧いてりゃ叩き出すのは当たり前だろ」
クローディアが満足げに笑ってスプーンを口に運ぶ中、カップをソーサーに戻したクラリスは、ふと遠くを見るように目を細めた。
「……ねえ、ノアさん。覚えていらっしゃいますこと? わたくし、以前はあなたにずいぶんと失礼な絡み方をいたしましたわ」
「え……?」
「あの『翠光の仮面』……わたくしがずっと追い求めている、あの圧倒的な強者の正体があなたなのではないかと疑って……執拗に問いただしてしまいましたもの」
クラリスは苦笑いを浮かべ、自嘲気味に首を横に振った。
「あの頃のわたくしは、ただ『規格外の力』そのものに執着していました。けれど……あなたと過ごすうちに、分かりましたわ。あなたが仮面の方ご本人であろうとなかろうと、ノアさん、あなたは最初からずっと凄かった」
クラリスの真剣な瞳が、ノアを真っ直ぐに見つめる。
「誰よりも優しく、周囲を思いやり、支援科としての知識や魔力制御で私たちを支えてくれる……。そのひたむきな強さは、わたくしが心から誇りに思える『仲間』のものですわ」
「クラリスさん……」
胸の奥がじんわりと温かくなるノア。
すると、パフェを食べ終えたクローディアが腕を組み、ニカッと頼もしい笑みを浮かべた。
「アタシも同感だぜ。……今じゃノア本人がいなきゃ調子狂うくらいだ。お前の支援があってこそ、アタシら前衛は思いっきり暴れられるんだからな」
「クローディアさんまで……ありがとうございます……っ」
「――まあ、それはそれといたしまして。大蒼樹祭が落ち着いたら、改めてわたくしと力比べをしていただきますけれどね? あの時の模擬戦、わたくし全然納得がいっていませんのよ!」
クラリスが悪戯っぽく口角を吊り上げ、指先でトントンとノアの胸元を突く。
クローディアも豪快に笑いながら、ノアの肩をポンポンと叩いた。
「おいおいクラリス、抜け駆けはナシだぜ? アタシもノアと一戦やり合いたいと思ってたところだ!」
「あはは……お二人とも、お手柔らかにお願いします……!」
少し茶化すように笑う二人に、ノアもホッと表情を和らげた。
(もし……僕が本当にその翠光の仮面だって知ったら、二人はどう思うのかな……)
そんな小さな戸惑いを胸の奥にしまいながら、大盛況のカフェの初日は賑やかに過ぎていくのだった。




