看板娘、ポスターになる
企画が決まってからの支援科2年D組の団結力は、普段の無気力さが嘘のように凄まじかった。
「大蒼樹祭の公式パンフレット入稿まであと3日っす! このDクラスの社運――もとい、ノアちゃんの可愛さを学園都市全土に知らしめるためのキービジュアルを完成させるっすよ!」
放課後の教室。机を片付けて即席の撮影スタジオと化した空間で、肩にパーカーを巻いたプロデューサー気取りのリノが叫んだ。
そこに――ガラガラッ!と前触れもなく教室の引き戸が開け放たれる。
「やっほー! ノアちゃん! 噂を聞きつけて、最新の配信&撮影機材一式持って駆けつけたよーっ!」
現れたのは、機材ケースを台車に載せた大人気配信者・水無瀬マリンだった。
リングライト、超高解像度魔導カメラ、レフ板まで完備された本格的すぎるセットに、クラス中が「おおっ!」「本物のプロだ!」と色めき立つ。
「マリンさん、どうしてここに……!?」
「当ったり前でしょ! あたしの友人のノアちゃんがメイド服を着るって聞いて、黙ってられるわけないじゃん! ポスター撮影はあたしに任せて!」
その勢いに圧倒されていると、女子生徒たちが手ぐすねを引いて僕を取り囲んだ。
「さあノアちゃん、こっちのパーテーションの裏にどうぞ!」
「この衣装……触っただけでわかる、シルクより滑らかで魔導繊維の光沢がやばい!いいもの貰ってきたねぇ」
「や、やめて、自分で着られるからぁっ!」
悲鳴混じりに着替えさせられること十分。
パーテーションが開かれた瞬間、教室内の空気が完全に凍りついた。
鏡に映った自分を見て、僕自身、息を呑んでしまった。
大精霊様と精霊たちが総力を挙げて仕立て上げた特製メイド服。
ベースは深みのある濃紺と純白のシルク。肩口から胸元にかけて波打つ繊細なレースは、風の精霊の加護を帯びて淡く神秘的な燐光を放っている。腰元にはノアの瞳と同じ鮮やかな翡翠色の大きなリボンが結ばれ、ふわりと広がるスカートは膝上丈で絶妙な可憐さを醸し出していた。
髪はリノの手によってハーフツインにまとめられ、細いリボンが編み込まれている。
「……っっっ!!!」
リノが声にならない絶叫を上げながら胸を押さえて床に崩れ落ち、マリンが目を見開いたまま高速でシャッターを切り始めた。
「か、可愛い……! 天使、天使が学園都市に受肉した……!」
「ノアちゃん、ちょっとこっち向いて! そう、両手でスカートの端を軽くつまんで――!」
「む、無理だよぉ……! なんで僕がこんな格好しなきゃいけないのさ……!」
カシャッ、カシャカシャッ!
逃げ場をなくし、顔を真っ赤に染め上げた僕は、涙目で両手でフリルのスカートをぎゅっと押さえながら、はにかんだような、泣きそうな困り顔でカメラを見つめてしまった。
――その瞬間。
ピピピッ、とマリンの最高級魔導カメラが決定的なシャッター音を響かせた。
「撮れた……! 撮れちゃったよ……! 『奇跡の1枚』が……!!」
マリンが震える手で液晶を確認し、リノが這いつくばりながら画面を覗き込む。
そこに映っていたのは、純真無垢な美少女が恥じらいに頬を染め、見る者すべての庇護欲を粉砕するような、あまりにも破壊的な美しさの一枚だった。
その日のうちにポスターデータが入稿され、翌朝――。
学園都市の掲示板、駅前ターミナル、さらには探索者専用SNS『D-net』のタイムライン。
《【速報】大蒼樹祭、支援科2年D組のポスターがガチの天使》
《おいこれ誰!? 学園都市にアイドル科なんてあったか!?》
《支援科らしいぞ! 先日のマリンちゃんの配信でバズったあの子だ!》
《メイド服……困り眉……尊すぎて心臓止まった》
《大蒼樹祭初日、D組のメイド喫茶に全軍突撃決定》
爆発的な拡散を見せ、ポスターは刷り上がりと同時に街中で争奪戦が勃発。
なお、印刷所から納品された特大ポスターのうち最初の3枚は――。
「……生徒会長権限に基づき、風紀および展示物検査の名目で3部を一時押収します。なお、1枚は生徒会室での厳重保管用、1枚は個人的な観賞用、もう1枚は生徒会役員への布教用とします」
神薙氷華が一切の私情を隠そうともしない真顔で回収していったことを、ノアはまだ知らない。




