スピード可決
「――おい。耳の穴かっぽじってよく聞けよ、お前ら」
翌朝のホームルーム。
教卓にドカリと腰掛けた鳴神冴香先生は、チョークを指先で弄びながら、獲物を品定めするような獰猛な笑みを浮かべていた。
「昨日も言った通り、『大蒼樹祭』の企画書提出の期限が近い。今度の職員会議までに生徒会へ提出できなきゃ――予定通り、うちのクラスは全員強制参加で、ダンジョン第1層のドブ川・側溝ヘドロ清掃ボランティアにぶち込む。あそこは臭いぞ〜、ドブネズミの変異種が足元をチョロチョロ這い回るからな」
「「「ひ、ひぃぃぃぃぃっ……!?」」」
教室内が阿鼻叫喚の悲鳴に包まれる。
支援科2年Dクラスは、もともと学園の序列主義から弾かれたマイペースな生徒や、戦闘適性の低い生徒が集まる場所だ。クラス委員長をはじめ、全員が青ざめて頭を抱えている。
「や、ヤバいっすよノアちゃん……! 何も決まってないっす! 側溝清掃なんて行ったら、リノの買ったばかりの限定スニーカーがドブ臭で再起不能になるっす……!」
隣の席でリノがガタガタと机を揺らしながら縋り付いてきた。
(う、うーん……昨日の大精霊様たちの悪ノリを思い出すと嫌な予感しかしないけど……このままヘドロ掃除になるのは僕も絶対に嫌だ……!)
脳裏をよぎるのは、昨晩の『精霊の間』での大精霊様の言葉――『心ほどける癒やし』『訪れた人たちを心からおもてなしする、愛らしい装い』。
……いや、愛らしい装い云々は完全に罠だからスルーするとして、「癒やし」というキーワード自体は支援科にぴったりのはずだ。
僕は覚悟を決め、周囲の様子を伺いながら、おずおずと控えめに右手を挙げた。
「あ、あの……先生」
ピタリ、と教室内のざわめきが止まった。
鳴神先生が片眉を上げ、クラスメイト全員の視線が一斉に僕へと集中する。
注目を浴びて思わず背筋を縮こまらせそうになりながら、僕は必死に言葉を絞り出した。
「え、えっと……昨日の放課後にカフェに行ったりして、ふと思ったんだけど……『喫茶店』とか、どうかなって……」
「……ん? 喫茶店だぁ?」
「は、はい。ほら、支援科には植物の栽培や薬草調合が得意な人も多いし、自家製のハーブティーとか、ちょっとした軽食を出すような……。お祭りで歩き疲れた人たちに、支援科らしく『癒やし』を提供する、静かで落ち着いた休憩所カフェみたいな……それなら火気の申請も最小限で済むし、準備も大変じゃないかなって……」
あくまで地味に、目立たず、平穏に。
そう、それなら僕は厨房の奥で湯沸かし器の番でもしながら、のんびりハーブティーを淹れていればいいはずだ。
ダンジョンの側溝清掃も回避できて、まさに完璧な名案――そう胸を撫で下ろしかけた、その瞬間だった。
「――っ!?」
隣にいたリノの肩が、ビクンッ!と跳ね上がった。
眼鏡の奥の瞳が、オタク特有の異常な光度を帯びてギラリと見開かれる。
「……喫茶店? ……癒やし? ……非日常のおもてなし空間……? はっ……!?」
リノが目にも止まらぬ神速の勢いで机をバァンッ!!と叩いて立ち上がった。
「ま、まさかノアちゃん……『メイド喫茶』っすかぁぁぁぁぁぁっっ!?」
「ええっ!? 違っ、どこをどう解釈したらそうなるの!? 普通のだよっ!?」
僕の悲痛な全力否定など、超高速ギアに突入したリノのオタク脳には微塵も届いていなかった。
リノは拳を天に突き上げ、教室全体を巻き込むような大音量で熱弁を振るい始める。
「天才かっ……! うちのクラスが誇る奇跡の美少女・ノアちゃんを! フリルとレースの圧倒的暴力で包み込み! 普段の困り眉で『お、お帰りなさいませ、ご主人様……っ』と言わせる合法神イベント……! 支援科の癒やしとオタクの桃源郷を融合させた『メイドカフェ』以外の正解がこの世に存在するわけないっすよーーーっ!!」
「ちょ、勝手に話を作らないでぇぇぇっ!?」
僕の制止の声は、次の瞬間、教室を揺るがした怒号のような大歓声によって完全に掻き消された。
「「「うおおおおおおおおっっっ!!!!」」」
「それだぁぁぁぁぁっ!!」
「Dクラスの奇跡・ノアちゃんのメイド服!?」
「神企画きたあああああ!!」
男子生徒たちは狂喜乱舞してハイタッチを交わし、女子生徒たちも目を輝かせて立ち上がる。
「衣装! 衣装デザインは誰がやる!? 清楚系? フリル爆盛り系!?」
「ノアちゃんの白銀の髪なら翡翠色のリボンが絶対映えるよね!」
「髪型はハーフツインにしてリボン編み込みにしよ!」
「ハーブティーと軽食のメニュー表は私たちが作るね!」
「ま、待って、みんな落ち着いて! 僕はただ普通のカフェを――!」
必死に手を振って止めようとする僕を余所に、担任の鳴神先生がニヤリと口元を吊り上げた。
「へえ……メイド喫茶か。ノアがそこまでやりたいって言うなら、側溝のヘドロ掃除よりはよっぽど客受けが良さそうだし、企画決定だなぁ」
「先生まで悪ノリしないでくださぁぁいっ!!」
僕の悲痛な叫びを無視して、教卓の鳴神先生の手元にある通信端末がピロンと鳴った。
スピーカーフォンから、凛と澄んだ気品ある声が響き渡る。
『――先生、聞こえていまして? クラリス・フォン・ローゼンバーグですわ』
「ん、どうしたクラリス。ホームルーム中に私用の魔導通信とはいい度胸だな」
『ふふ、生徒会経由のホットライン回線をお借りしましたの。……それより、教室の音声が筒抜けでしたわよ。Dクラスの企画、メイド喫茶に決まりましたのね?』
「ああ、今決まったところだ」
『素晴らしいですわ! 我がローゼンバーグ家の直営農園から、王室御用達の最高級アールグレイとハーブ茶葉を、無償でコンテナ三箱分お届けさせますわ! その代わり……初日のVIP席の最優先予約券、確実に確保していただきますわよ!!』
「クラリスさんっ!?」
さらに間髪入れず、端末にピロンと『生徒会・至急決裁通知』のポップアップが届く。
『――生徒会長・神薙氷華です。2年Dクラス提出企画【支援科特製・メイド喫茶】、生徒会規約および消防法、衛生管理基準すべてにおいて「問題なし」と判断。電子印鑑を捺印、即時スピード決裁いたしました。……なお、初日午前中の巡回警備ルートは、生徒会長権限によりDクラス周辺を最重要警戒区域に指定します』
「神薙会長まで……」
逃げ場が。
四方八方から、音を立てて塞がれていく。
トドメとばかりに、僕の脳内でクスクスと鈴を転がすような笑い声が響き渡った。
『あらあら……うふふ♡ 本当に、私の言った通りの流れになりましたねぇ』
(だ、大精霊様……ッ!?)
『任せてノアっち! フリルとレースはウチと大精霊様で、世界で一番可愛い最高の一着を仕立ててあげるかんねーっ!!』
『俺の炎でアイロンがけも手伝ってやるぜ!』
脳内の精霊たちまで悪ノリで完全に結託していた。
「というわけっす、ノアちゃん!」
リノが爛々と目を輝かせ、満面の笑みで僕の肩をガシッと掴んだ。
「うちのクラスの看板娘、全力でプロデュースさせてもらうっすよーーーっ!!」
「どうしてこんな展開にぃっ……!!」
教室に響き渡る僕の悲鳴と、クラス全員の熱狂的な万雷の拍手。
平穏に目立たず暮らすという僕の慎ましい野望は、またしても木っ端微塵に砕け散ったのだった。




