お祭り調査
「――というわけでだ。例年通り、今年もあの季節がやってくる。知ってるとは思うが」
帰りのホームルーム。教卓に肘をついた鳴神先生が、面倒くさそうにプリントの束をパタパタと振った。
「来月から、学園都市合同祝祭『大蒼樹祭』の準備期間に入る。準備に一ヶ月、本番は一週間の長丁場だ。うちの支援科2年Dクラスも、適当に何をするか企画をまとめておけよ。締切までに申請書が出なきゃ、私がお前ら全員を連れてダンジョンのゴミ拾いボランティアに突っ込むからな」
教室中から「えぇーっ!」とブーイングが飛ぶ。
鳴神先生は飄々と手をひらひらさせながら、「じゃ、解散」と早々に職員室へ引き揚げていった。
放課後。
僕とリノは、1年Cクラスの教室からトコトコと小走りでやってきた夜々ちゃんと合流し、学園都市中央区の駅前カフェへと足を運んだ。テラス席には心地よい潮風が吹き抜け、街頭ビジョンには早くも『大蒼樹祭』のド派手な告知映像が流れている。
「ふふ、夜々ちゃん、目がキラキラしてるね」
運ばれてきたフルーツパフェを前に、身を乗り出している後輩を見つめて微笑む。
「……はい!夜々、大蒼樹祭は今年が初めてなんです。……すごく、楽しみですぅ!」
「そりゃ楽しみっすよね! 都市全体がテーマパークみたいになるメガイベントっすから!」
アイスティーのストローをくわえながら、リノがノリノリで身を乗り出す。
僕もスプーンを口に運びながら、胸の奥でそっと微笑んだ。
(去年は……鉄血の雑用や買い出しの押し付けで、お祭りの空気なんて全然楽しめなかったもんな。僕も……地味に楽しみだなあ)
「まずは、うちの2年D組が何をやるか決めないと始まらないっす! 夜々ちゃん、1年C組は何をやるかもう決まってるっすか?」
リノの問いに、夜々ちゃんはスプーンを握りしめ、ふんすと小さく鼻息を荒くした。
「……夜々は、お化け屋敷がやりたいです!真っ暗なお部屋で、骨とか……血濡れのマネキンとか……急にドーンって驚かせるの……すごく、素敵だと思いますぅ!」
「「…………」」
「意外とちゃんと闇属性な趣味全開っすね!?」
「う、うん……夜々ちゃん、本当にそういうの好きなんだね……」
お化けや怪談が地味に苦手な僕とリノは、顔を見合わせて引きつった苦笑いを浮かべるしかなかった。
「お化け屋敷は……ちょっと僕たちには刺激が強すぎるかな! ほら、まずは色んな人に話を聞いて、過去にどんな出し物があったのか参考にしてみようよ」
というわけで、僕たちの「大蒼樹祭ヒアリングツアー」が始まった。
まずは探索者ギルドへ向かい、いつもお世話になっている受付のゆかりさんへ。
「過去の人気ですか〜? うーん、やっぱり探索者ギルドの若手が出す【串焼き屋台】や【射的ゲーム】は毎年大盛況ですね!ただ、火や刃物を扱う模擬店は消防申請がものすごく大変で……書類審査だけで泣きを見るクラスも多いんですよ〜」
「うっ……書類審査で先生に突き返される未来しか見えないっす……」
「みんな、そういう事務仕事苦手だもんねぇ……」
続いて、購買部近くでバッタリ出会ったクラリスさんとクローディアさん。
「わたくしたちのクラスですの? 去年は格式高く【高級喫茶】をやりましたわ。紅茶の茶葉にこだわりすぎて大赤字寸前でしたけれど……ふふ、ノアさんがいらっしゃるなら、わたくし最高級の茶葉を実家から一括で仕入れて差し上げますわよ!」
「おいおいクラリス、赤字確定の店なんか勧めんな!アタシのクラスは【筋力測定・腕相撲道場】だったぜ。単純明快でバカ受けだったが……ノアがやるにはガラじゃねえよな!」
「高級茶葉の仕入れ、絶対クラリス様の実家のツケでとんでもない額になりそうっす!」
「あはは……腕相撲も、支援科じゃ相手にされないかも……」
職員室に顔を出すと、鳴神先生は缶コーヒーを片手にぼやくだけだった。
「私の現役時代? ……知らん。毎年どっかの討伐任務に駆り出されてたからな。まあ手続きがめんどいものだけはやめてくれよ?」
「……先生の私情が見えてるっす」
その後、動画の撮影合間だったマリンさんを捕まえると、目を輝かせてスマホを構えられた。
「あーっ! ノアちゃん! あのねあのね、絶対【映えるカフェ】がいいよ! ノアちゃんが可愛い格好してメニュー配るだけで、リスナー数百人は呼べるから! 私が密着生配信してあげる!!」
「マ、マリンさん、それ完全にノアを客寄せパンダにする気満々じゃないっすか!?」
「いやぁ……また配信に出るのはちょっと恥ずかしいよ……!」
最後に、生徒会室で山積みの書類をさばいていた生徒会長・氷華さんのもとへ。
「大蒼樹祭の企画ですか? 支援科の強みを生かすなら、やはり【特製ポーションやハーブを用いた回復体験ブース】などが実用的で学園側の評価も高いでしょうね」
「一番無難ではあるっすね……」
「……でも、回復ブースは実用的だけど、お祭りとしてはちょっと地味になっちゃうかな……?」
結局、夕方まであちこち聞いて回ったものの――。
「串焼きは書類が大変」「腕相撲は勝てなそう」「高級喫茶は予算破綻」「回復ブースは地味かも」と、どれも決め手に欠けてしまい、企画会議は翌日へ持ち越すことになった。
「うーん、決まらなかったっすね〜」
「夜々、お化け屋敷……まだ諦めてないです……!」
「あはは、候補には残しておくね……!」
リノと夜々ちゃんに手を振って別れたあと、僕は学生寮へ戻る前に、少しだけ寄り道をした。
世界樹の最上階――神聖な静寂が包み込む『精霊の間』。
「みんなー、ちょっと相談に乗ってほしいんだけど……」
大蒼樹祭の話を切り出した瞬間、空間が一気にざわめき立った。
『え、マジ!? お祭り〜! ウチの雷でさ、ド派手に巨大花火打ち上げまくって街中ビッカビカに演出しようよ!』
『フルグル……街が、消し炭になる……』
『あらあら、お祭りならやっぱり水着コンテストよね〜? 爽やかに開放的に!』
「あ、アクアリアもとんでもないこと言わないで……! フルグルも花火で街を混乱させないで!」
好き勝手に盛り上がる精霊たちに頭を抱えていると、クスクスと鈴を転がすような笑い声を立てて、大精霊様がふわりと僕の目の前に舞い降りてきた。
その瞳はどこまでも優しく、包み込むような温かさに満ちている。
『ふふ、皆も楽しそうな雰囲気に浮かれているのですよ!……ヒントならノアの中にすでにあるのではないですか?』
「え……?」
『あなたが持つ、一番の慈しみ。そして、周りの人間たちがあなたに求めているもの。……それはきっと、心ほどける癒やし、そして……ほんの少しの非日常です』
大精霊様はふんわりと微笑みながら、白く柔らかな指先で僕の胸元を優しくトンと突いた。
『――訪れた人たちを心からおもてなしする、世界樹の使者のような【愛らしい装い】。……衣装でしたら、私のとっておきの仕立てで腕を振るいましょう!』
「い、衣装……!?」
『それ超いいじゃん! 名付けて――【風の精霊のメイドさん大作戦】ってトコ!? ノア、絶対その辺の女子より可愛いんだからさ、ガチで可愛く着飾ってフロア立たせたら客めっちゃ釣れるって!』
『……ふふっ、ノアの愛らしさをみんなにお披露目できる、とても素敵な機会になりそうですわねぇ』
「大精霊様もフルグルも、僕を着せ替え人形にして楽しみたいだけでしょーっ!?」
顔を真っ赤にして両手でバタバタと抗議する僕をよそに、フルグルは『ウチが店内のネオン電飾盛ってやるし!』とノリノリで、大精霊様は『フリルはたっぷり、リボンは翡翠色にいたしましょうねぇ』と幸せそうに微笑んでいる。
(うぅ……絶対にからかわれてる……!)
一応言っておくべきなのかなぁ……?




