単独行動
浮遊感が唐突に途切れ、両足が冷たい石床を捉えた。
立ち上がった僕の周囲には、誰もいない。
湿った苔の匂いと、滴る水音だけが不気味に反響していた。
(みんなは……っ!?)
僕はすぐさま目を閉じ、肺いっぱいにダンジョンの空気を吸い込んで、不可視の風の網を全方位へと拡散させた。
大気の流れを読み、世界樹の呼吸と同調する――風の精霊としての広域索敵。
(……いた。だけど……っ)
風が運んできた情報に、僕は小さく唇を噛んだ。
全員、綺麗にバラバラの階層へと散らばってしまっていたのだ。
中央を基点として、天へと伸びる枝葉の「上層」と、地底の深淵へと潜る「下層」――世界樹が誇る広大な二大領域。
気圧と魔力濃度の計測からして、僕がいるここは【地下20層】。
氷華さん、クラリスさん、クローディアさん、マリンさんの四人は【上層18層】。
そして『剛腕の鉄血隊』の五人は【上層23層】あたりにまとまって放り出されていた。
まさか僕だけが、単独で地下階層に飛ばされるなんて。
『あちゃあ〜、完全な大ハズレ引いちまったねノアっち!』
精神リンクを通じてフルグルが呆れたように頭を抱えた。
『ランダムで階層が選択される転移トラップで、よりによって一人だけで地下階層に飛ばされるなんて!』
フルグルの言う通りだ。
上層と地下では生息するモンスターの凶悪度も生態系もまるで違う。何より、地下深くに孤立した状態から自力で地上や上層へ復帰するのは、探索者にとって最も危険なシチュエーションだった。
「……とにかく、まずは階層転移陣を探そう。そこから上層へ戻って、みんなと合流しないと」
僕は気流を体に纏わせ、転移陣を目指して足早に移動を開始した。
◇
一方――上層18層の転移ポイント。
「……ノアさんが、いません!」
荒々しく周囲を見回した氷華が、珍しく取り乱した声を上げた。
クラリスが青ざめ、クローディアが大剣を構えて周囲の樹幹を睨みつける。マリンの配信ドローンは、トラップの過負荷で完全に通信がブラックアウトしていた。
「あ、あの馬鹿者どもが余計な罠を踏み抜くからですわ……! 一体どこへ飛ばされましたの!?」
「あたしたち四人はまとまって飛べたが……ノアの姿がねえ! あの鉄血隊の連中もいねえぞ!」
「あいつらと一緒ならまだマシ……いや、あんな連中と一緒でも危険すぎるよ! 万が一、ノアちゃんが一人で危険な階層に飛ばされてたら……!」
マリンの焦燥に満ちた言葉に、氷華の瞳が氷のように鋭く引き締まった。
「……最悪を想定します。ノアさんは支援特化の探索者。単独で魔獣の群れに遭遇すれば、あまりにも危険すぎます。直ちに救出へ向かいましょう!」
四人は一切の躊躇なく、ノアを救い出すために走り出した。
◇
再び、地下20層。
人の気配がまったくない冷え切った通路を、僕は一人、転移陣を探して足早に進んでいた。
人目がない今なら、風の魔力を使って一気に駆け抜けることができる。早く転移陣を見つけて上層へ向かわなければ――そう焦っていた、その時だった。
ズクンッ。
「っ……、う、あ……!?」
唐突に、鉛を飲み干したかのような強烈な倦怠感が全身を襲った。
あまりの重圧に膝が折れ、荒削りの岩壁に強く手をつく。
胃の腑を直接握り潰されるような吐き気。
肌を粟立たせる、気味の悪い強烈な悪寒。
特務調査の最奥ゲート前で味わった、あの忌まわしい感覚が、今まさに全身の細胞を侵食していく。
けれど――。
その凍りつくような瘴気の中に、確かに混ざり合っていた。
冷たくて、不器用で、けれど魂の奥底で絶対に忘れようのない、愛おしく懐かしい魔力の揺らぎ。
(……いる)
荒い呼吸を整えながら、僕は暗闇の奥を見据えた。
ドクン、ドクンと胸の奥で早鐘を打つ鼓動が、風の導きとともに確信へと変わっていく。
(あの子が……ノワールが、すぐ近くにいる……!)




