マリンのダンジョン生配信
『――はいはーい! 世界樹ダンジョン探索者のみんな、息してるー!? 水無瀬マリンのダンジョン生配信、今日も元気にスタートだよっ!』
画面が立ち上がった瞬間、猛烈な勢いでチャット欄のコメントが奔流となって流れていく。
《キターーー!!》
《マリンちゃん無事でよかったぁぁぁ!!》
《特務調査から生還おめでとう!!》
《深層のヤバい噂マジ!? 心配したぞ!!》
「みんな心配かけてごめんね! ご覧の通り、マリンちゃんはピンピンしております! でねでね、今日はなんと――あの深層調査を一緒に生き抜いた、超・超・超スペシャルな特別ゲストをお呼びしてます!」
マリンが楽しげにカメラをパンさせると、同接カウンターが跳ね上がった。
「まずはこの方々! 学園が誇る最強の探索者たちだよー!」
画面にまず映し出されたのは、純白の防護軽装を纏い、背筋を凛と伸ばした神薙氷華。
次いで、緋色の魔導ローブを優雅に翻すクラリス、そして身の丈ほどの大剣を軽々と肩に担いだクローディア。
《うおおおおお生徒会長!?!?》
《本物の神薙氷華だ……! 生配信に出るの初めてじゃね!?》
《クラリス様お美しい……!》
《クローディア姐さんマジかっけえええ!!》
《おいおい学園のトップ選抜勢揃いじゃねえか!! 画面の圧エグ!!》
「ふふ、みんな盛り上がってるねー! でもでも、驚くのはまだ早いよ? 最後に紹介するのは、今回の深層調査で私たちの命を繋いでくれた、最高に頼れる支援役!」
マリンに背中を押され、僕はカメラの前におずおずと一歩踏み出した。
「え、ええと……支援科2年の、ノアです……よろしくお願いします」
ペこりと頭を下げた瞬間。
それまで高速で流れていたコメント欄が、一瞬だけピタリと止まり――直後、文字通り画面が吹き飛ぶような勢いで加速した。
《!?!?!?!?!?》
《待って誰!?!?》
《天使?????》
《白銀の髪にエメラルドの瞳……えっ、美少女すぎない!?》
《支援科!? あのトップ3を従えてる支援役がこんな小さい子なの!?》
《守りたいこの笑顔》
《ノアちゃん!? ノアちゃんっていうの!? 推します!!!》
画面外の待機スペースでスマホを握りしめていたリノが「ほれ見たことかーっ! リノたちのノアちゃんの可愛さに全世界がひれ伏したっす!」と夜々とハイタッチして跳び跳ねているのが見えて、僕は顔から火が出そうだった。
「というわけで! 今日はこの最強メンバーで、ダンジョン配信に出発しちゃうよー!」
マリンがドローンを先行させ、転移陣を踏み抜く。
光の奔流を抜けた先――転移した階層の景色が網膜に飛び込んできた瞬間、僕の足は無意識にわずかに強張った。
世界樹ダンジョン28層、『嘆きの樹洞』。
鬱蒼と生い茂る黒ずんだ巨木の根が複雑に入り組み、陽の光が届かない湿った闇がどこまでも広がる空洞。
――僕が、アルトだった頃。
パーティから「無能」と切り捨てられ、荷物も武器も奪われ、囮として置き去りにされて死んだ、最悪の因縁の場所だった。
(……ここ、か……)
胸の奥がチクリと痛む。
けれど、立ち込める冷気の中にいても、今の僕には震えはなかった。
振り返れば、氷華が静かに剣の柄に手を添えて僕の隣に立ち、クラリスが頼もしげに杖を構え、クローディアがニッと笑って僕の肩を軽く叩いてくれる。
「大丈夫かい、ノア? 寒かったら言ってくれよ」
「クローディアさん……うん、大丈夫です」
あの頃とは違う。
僕には、背中を預け合える本物の仲間がいる。そして、己の身を護り、仲間を護るための力がある。
「本日の討伐ターゲットはこの奥だよ! 付近の生態系を荒らしまくってる、凶悪な大型変異種!」
マリンが先行するドローンのセンサーを追って洞窟の奥へと進むと、巨大な樹幹をへし折る轟音とともに、ソレが姿を現した。
グォォォォォォォンッ――!!
空気を震わせる狂暴な咆哮。
筋骨隆々の巨躯に、黒い樹皮のような外殻がこびりついた四足の怪物。
――『変異樹熊』。
あの時、僕――アルトの体を無残に引き裂き、世界樹の裂け目へと叩き落とした、まさにあの凶悪な熊の同種だった。
《うわ出たグロースベア!!》
《28層の門番じゃねえか! Aランク探索者でもパーティ組まなきゃ即死するやつ!》
《ノアちゃん逃げてぇぇぇ!!》
悲鳴のようなコメントが流れる中、僕は静かに息を吸い、不可視の風の気流を指先から紡ぎ出した。
「皆さん、行きます……!」
風の加護を――
ふわり、と三人とマリンの足元に柔らかな追い風が纏われる。
その瞬間、四人の動きは限界を超えた。
「――まずはアタシからいくよっ!」
先陣を切って跳び出したのは、マリンだった。
ノアの追い風を完璧に捉えたマリンは、重力を無視したような超低空のステップで巨熊の正面へと肉薄する。
「おいでませ、激流! 視界ごと奪っちゃうよ――『スプラッシュバースト』!」
両手のダガーを交差させて振り抜くと同時に、周囲の大気中の水分が圧縮され、目潰しを兼ねた激しい高圧水流の奔流が巨熊の顔面を直撃した。
「グォッ!?」
巨熊が視界を奪われ仰け反った一瞬の隙――マリンは空中で鮮やかに身を翻し、死角へと滑り込みながら後続へ叫ぶ。
「氷華ちゃん、クラリスちゃん、今っ!!」
「ナイスです、マリンさん――遅いですね」
氷華が地を蹴った。水流で濡れそぼった巨熊の足元を狙い、音を置き去りにした刺突が閃く。
青い閃光が一閃。水気を媒介にして極低温の冷気が瞬時に駆け抜け、巨熊の前足の腱を完璧に凍結、両断した。
「グアァッ!?」
「逃がしませんわ――『紅蓮の檻』!」
クラリスの杖から放たれた極大の劫火が、体勢を崩した巨熊の周囲を完璧に取り囲み、退路を完全に焼き塞ぐ。氷と炎の急激な温度差で外殻が激しく軋みを上げた。
「トドメだ、吹き飛びな――ッ!!」
上空から降下したクローディアの両手大剣が、風の加速を乗せて隕石のような質量で巨熊の頭上へと叩き落とされた。
ズゴォォォォォンッ!!
大地が激しく隆起し、巨熊の巨体が完全に沈黙する。
出現からわずか十数秒。一撃の反撃すら許さない、完璧にして無慈悲な蹂躙劇だった。
《は??????》
《秒殺なんだが!?!?》
《え、グロースベアってあんな雑魚モンスターだったっけ???》
《マリンちゃんの初動の牽制と目潰しエグい!! さすがAランクプロ!!》
《……連携が完璧すぎる!!》
《ていうかノアちゃんの初手のバフエグくね!? なんの魔法だよ!?》
コメント欄がお祭り騒ぎで埋め尽くされる中、僕は静かに巨熊の消滅を見届けていた。
かつて僕を絶望の底に突き落とした怪物が、今の僕たちにとっては、欠片の脅威にすらならなかった。
過去の亡霊を、完全に振り払えたような気がした。
「ふぅ……無事に討伐完了だね! みんな、お疲れ様ー!」
マリンがカメラに向かって満面の笑みでピースサインを掲げた、その時だった。
「お、おい……嘘だろ……?」
樹洞の奥の物陰から、ボロボロの装備を身につけた探索者たちが、ふらふらと姿を現したのは。
剣や鎧には無数の傷がつき、泥と血にまみれ、消耗しきった五人組。
その先頭に立つ男の顔を、僕の魂の片隅にある記憶が、はっきりと捉えた。
学生クラン――『剛腕の鉄血隊』。
かつてアルトを「役立たず」と嘲笑い、この第28層に置き去りにして殺した、元パーティのメンバーたちだった。




