大騒ぎの病室
ノワールを必ず救い出すと心に誓った翌朝。
学園都市の救急医療センター、最上階の特別個室の静寂は――開始早々、盛大に粉砕されることとなった。
ガラァァァンッ!!
「ノアちゃぁぁぁんっっ!!」
「ノア先輩ぃぃぃっ!」
引き戸が外れんばかりの勢いで吹き飛び、弾丸のような初速で飛び込んできたのはリノだった。
そのままベッドへダイブし、僕の腰へ抱きついて滝のような涙を流す。
「うわっ、ちょ、リノちゃん!? 苦し、息が……!」
「うおおおぃ……倒れたって聞いて気が気じゃなかったんすよぉぉ! ギルドの極秘任務に駆り出されたと思ったら深層で意識不明の緊急搬送とか、リノはもう心臓止まるかと思ったっす!!」
「本当に……本当に無事でよかったですぅ……!」
後ろからおずおずと、けれど必死な足取りで駆け寄ってきた夜々も、うるうると大きな瞳を潤ませながら僕の手を両手で包み込んできた。
どうやら二人は、昨日のうちに噂を聞きつけて一睡もできず、早朝の面会開始時刻と同時に駆け込んできたらしい。
「あはは……二人とも、大袈裟だなぁ。ちょっと魔力に当てられて貧血を起こしただけだから。ほら、もうすっかりピンピンしてるよ」
苦笑いしながら二人の頭を優しく撫でると、リノは僕の胸元に顔をぐりぐりと押しつけ、夜々はホッとしたようにへにゃりと眉を下げた。
大騒ぎでちょっぴり恥ずかしいけれど、こうして心の底から僕の身を案じてくれる友達がいることが、じんわりと胸を温めてくれる。
(嬉しいな……アルトだった頃には、こんな風に心配してくれる人なんて、誰もいなかったから)
そんな温かな空気に浸っていた、その時。
コン、コン。
控えめなノックとともに、病室のドアが再び開いた。
「あら……すでに先客で大賑わいですのね」
緋色の優美な私服に身を包んだクラリスが、上品に口元を手で隠しながら入ってきた。
その後ろには、両手にこれでもかというほど豪勢なフルーツの籠盛りを抱えたクローディア、そして生徒会長の端正な制服姿の神薙氷華が続いている。
「よっ、ノア! 顔色も良さそうじゃねえか。見舞いに美味い果物どっさり持ってきたぞ!」
「ノアさん、体調はいかがですか? 昨晩はよく眠れましたか?」
「氷華さん、クラリスさんにクローディアさんも! ありがとうございます、もうすっかり大丈夫ですよ」
氷華がベッドサイドに歩み寄り、青銀の瞳を柔らかく細めて僕を見つめる。
昨日、最奥ゲートの前で僕が零した言葉――彼女の胸中には間違いなく疑問や懸念が渦巻いているはずだ。けれど氷華は何も問い詰めず、ただ穏やかに僕の無事だけを喜んでくれている。その配慮が、痛いほどありがたかった。
病室には、リノ、夜々、氷華、クラリス、クローディア。
美少女たちに囲まれてすっかり満員御礼となった空間に、僕がたじたじになっていると――。
バァァァンッ!!
本日二度目となる、扉への過酷な物理アタックが炸裂した。
「みんなーっ! おっはよー!」
「「「!?」」」
突風のように乱入してきたのは、鮮やかな水色のツインテールを揺らした少女――人気現役ストリーマーにしてAランク探索者、水無瀬マリンだった。
昨日負ったはずの擦り傷にはポップな絆創膏が貼られ、手には小型の高性能配信ドローンをぶんぶんと振り回している。
「マ、マリンさん!? ノックくらいなさいな!」
「あはは、ごめんねクラリスちゃん! いやー、みんな揃ってるって聞いてさ! ノアちゃんも元気そうで何よりだよ!」
マリンはベッドの柵にひじをついて身を乗り出し、満面の笑みで僕たち四人を見回した。
「でねでね、単刀直入に本題なんだけどさ! 氷華ちゃん、クラリスちゃん、クローディアちゃん、そしてノアちゃん! あたしのチャンネルで、復帰コラボ配信出てくれないかな!?」
「「……は?」」
クラリスと氷華の声が綺麗にハモった。
マリンは小型ドローンを掲げ、立て板に水のように熱弁を振るう。
「ほら、昨日の深層調査の件、ネットじゃ『特異個体出現!?』とか『プロチーム全滅か!?』とか、尾ひれがついてヤバいデマが飛び交いまくってるわけ! だからさ、あたしの復帰報告も兼ねて、『選抜の学生チームと一緒に無事生還しましたよー!』って元気な姿を見せて、世間を安心させてあげたいんだよね!」
「な、生配信に……私たちがですの!?」
「面白そうじゃねえか! あたしは別に構わないぜ!」
「ク、クローディア、安請け合いしてはなりませんわ! 名門の私が、軽々しくネットの電波に乗るなど……!」
狼狽えるクラリスと面白がるクローディア。
そんな中、部屋の隅で凍りついていたリノが、がたがたと肩を震わせ始めた。
「ちょ……え……? マリン先輩って、あのチャンネル登録者数百万人超えの、トップストリーマーの『ミナセ・マリン』っすよね……!? え、そこにノアちゃんと生徒会長たちが出るんすか……!?」
「うん、良かったらリノちゃんたちも画面の外で見学してていいよー!」
マリンが気さくにピースサインを向けると、リノのテンションが成層圏を突破した。
「絶対見るっす!! ていうか現場で見守るっす!! 全裸待機っす!! ノアちゃんが! リノたちのノアちゃんが全世界に配信されちゃうっすぅぅぅーーッ!!」
「全裸はダメだからねリノちゃん!?」
大興奮で鼻息を荒くするリノと、横でおろおろとしながらも同じく興奮している夜々。
氷華は小さくため息をつきつつも、ふっと口元を緩めて僕を見た。
「……情報統制の意味でも、ギルドの公式発表と足並みを揃えて私たちが健在を示すのは、都市の混乱を鎮めるために悪くない手です。ノアさん、貴方の体調が最優先ですが……どうですか?」
「えっ、僕ですか!? ええと……僕みたいな支援科の端くれが映っても、需要なんてないと思いますけど……」
僕が困惑して呟くと、病室にいた全員――氷華、クラリス、クローディア、リノ、夜々、そしてマリンまでが、一斉に真顔になって僕を凝視した。
「……ノアさん。自覚というものを少しは持ちなさい」
「そうですわよノアさん! 無自覚は罪ですわ!」
「り、リノもそう思うっす……!」
「ええぇ……?」
理不尽な総ツッコミを浴びて目を白黒させる僕の頭上で、フルグルがげらげらと腹を抱えて笑い転げていた。
こうして、ノワール捜索という重大な使命を水面下に抱えながら――僕の日常は、前代未聞の「大人気ダンジョン配信へのゲスト出演」という、とんでもない方向へと転がり始めたのだった。




