探索者のカルマ
マリンの口から飛び出した言葉に、僕たち四人は思わず顔を見合わせた。
驚いたように目を見開いた氷華が、居住まいを正して口を開く。
「……実は水無瀬さん。私たち四人も、その極秘任務の学生選抜枠として参加することが決まっているんです」
「ええええっ!? ホントに!?」
マリンは抱えていた配信機材を取り落としそうになるほど飛び上がった。
「氷華ちゃんが選ばれるんじゃないかなーとは思ってたけど、まさかこの四人だったなんて! やったぁ、すっごく心強いよー!」
両手を合わせて無邪気に喜ぶマリンに、氷華はふっと口元を緩めつつ、ぽろりと本音を零した。
「ですが……水無瀬さんがこの特務調査に選抜されていたというのは、少々意外でしたね」
「あはは、氷華ちゃんそれ失礼じゃない!? これでもあたし、チャンネル登録者数だけじゃなくてAランクライセンスもちゃんと持ってるガチ勢探索者なんだからね!」
むくれて頬を膨らませるマリン。その背後から、やれやれと肩をすくめるような、落ち着いた男の声が響いた。
「普段からそうやって落ち着きなく騒いでるから、プロとしての威厳が足りないって思われるんだよ、マリン」
「むっ……! いいんです、レオン先輩! あたしはこういう親しみやすいキャラが配信でウケてるんですから!」
マリンが振り返って唇を尖らせる。
現れたのは、30代前後の涼やかな目元をした優男だった。
整った顔立ちに、どこか気だるげで柔らかな微笑みを浮かべているが、腰の左右には使い込まれた一対の風切りの双剣が下がっている。身に纏う気配は極めて静かで、風属性特有の淀みのない洗練された魔力を漂わせていた。
(……この人、強い。身のこなしに一切の無駄がない……)
僕が息を呑んで見つめていると、男は気さくに手を挙げて会釈した。
「驚かせてすまないね。僕はレオン・ハインツ。ギルド本部に所属している探索者だ。風属性の双剣使い、と言えば通りがいいかな」
「レオン先輩はね、ギルドでも指折りのトッププロで、あたしの大先輩なんだよ!」
マリンが誇らしげに胸を張って補足する。
氷華が生徒手帳を胸元に当てて一礼し、クラリスとクローディア、そして僕も続いて名乗りを上げた。
「なるほど、君たちが冴香さんの推薦した学生選抜の精鋭か。よろしくね。……ええと、マリンの言う通り、僕も今回の最奥調査に参加する隊員の一人だよ」
「へへーん! プロ側もとびっきりの精鋭を集めてるから、当日は楽しみにしててよね!」
得意げに鼻を鳴らすマリンに、レオンは苦笑しながら軽くチョップを入れた。
「集めたのはギルドの統括本部であって、君じゃないだろ。……ま、冗談はさておき」
レオンの柔和な瞳が、すっとプロの真剣な光を帯びる。
「学生を同行させる任務とはいえ、あそこは未知の領域だ。君たちも含め、全員が誰一人欠けることなく、一切の被害を出さずに生還できるよう、僕たちプロも持てる全力を尽くすよ。よろしく頼むね」
飄々とした物腰の奥にある、確固たる覚悟と頼もしさ。
挨拶を終えた二人は「じゃあ、決行当日にゲート前でね!」と手を振り、夕暮れの街の雑踏へと消えていった。
◇
通りを行き交う人々の喧騒の中、二人の背中を見送りながら、僕たち四人は静かに佇んでいた。
涼やかな夕風が、僕の着せられたワンピースの裾を優しく揺らす。
沈黙を破ったのは、僕の口から零れた小さな呟きだった。
「あの……ちょっと、不謹慎かもしれませんが」
三人が不思議そうに僕へと視線を落とす。僕は自分の胸元にそっと手を当て、はにかむように微笑んだ。
「なんだか僕……すごく、ワクワクしています」
一瞬の間が落ちた。
危険な任務を前にして、支援科の大人しい少女が口にするには、あまりにも場違いな言葉だったかもしれない。
だが――。
「あっははは! なんだいノア、アンタも立派な探索者の業が染み付いてきたじゃないか!」
クローディアが豪快に喉を鳴らして笑い、力強く親指を立てた。
「未知の深淵に挑むんだ。怖さ半分、好奇心半分で血が滾る。探索者なら、誰だってそうじゃなきゃ嘘さね。この場の全員、アンタと同じ気持ちだよ」
「ええ。危険な任務であることは百も承知ですが……この四人で、そしてプロの背中を見ながらどこまで行けるのか、武者震いが止まりませんわ」
クラリスが誇らしげに胸を張り、不敵な笑みを浮かべる。
氷華もまた、青銀の瞳に静かな熱情を宿して頷いた。
「ノアさんの言う通りです。未知の深淵を暴き、世界を護る……これこそが、私たちが探索者を志した原点なのですから」
三人の頼もしい笑顔を見つめながら、僕は心の中で小さく驚いていた。
(……前世の男だった頃も含めて、命の危険がある任務に、こんな風にワクワクするなんて一度もなかったな……)
かつての自分なら、ただ理不尽な死に怯え、胃を痛めながら仲間の顔色を窺っていたはずだった。
けれど今は違う。信頼できる仲間がいて、背中を預け合える絆がある。
自分の中に、本物の『探索者の血』が熱く芽生え始めていることを自覚して、胸の奥がトクンと跳ねた。
すると、僕の魂の奥深くから、優しく温かな声が響いてきた。
『うふふ……良い顔つきになりましたね、ノア。恐怖ではなく、未知への探求を愛することこそが、世界を歩む者の証です。とても誇らしいですよ……』
大精霊様が、その成長を喜んでくれていた。
夕闇が街を包み込み、街灯がひとつ、またひとつと灯り始める。
決行の日まで、あと数日。
僕たちの胸に灯った静かな熱気は、深淵の闇を切り裂く風のように、確かに燃え上がっていた。




