予期せぬ再会
「――その耳障りで不快な声を、今すぐ止めてくださらない?」
騒ぎが大きくなりかけた次の瞬間、凛とした涼やかな声が店内に響き渡った。
いつの間にか席を立っていたクラリスが、床にへたり込む女性店員を背に庇うように立ち塞がっていたのだ。腕を組み、冷ややかな視線で男たちを見下ろしている。
「あぁん!? なんだテメェ、お嬢ちゃんよぉ! ガキが生意気な口利いてんじゃねえぞ!」
苛立ちを募らせた男が顔を真っ赤にして凄む。だが、その背後から音もなく現れた影があった。
「公共の場での恐喝および暴行の恐れ。これ以上は探索者協定および都市治安維持法に基づき、即刻拘束の対象となり得ますが……よろしいのですか?」
サイドから滑り込むように現れた神薙氷華が、生徒手帳を掲げながら鋭い眼差しで追い打ちをかける。
「チッ、女子供が生意気なんだよッ! まとめて痛い目見せてやる――!」
逆上した男が拳を振り上げ、氷華へと殴りかかった。
だが、その拳が届くことはない。
ガシィッ!
「おっと、レディに手を上げようたぁ、いい度胸じゃないか」
横から割り込んだクローディアが、分厚い革ジャケットの腕でその拳を片手で軽々と受け止めていた。ビクともしない圧倒的な筋力差に、男の顔が引きつる。
クローディアはそのまま男の手首を捻り上げ、床へとねじ伏せて完全に抑え込んだ。
「さて、他はどうだい……っと」
クローディアが顔を上げると、すでに勝負はついていた。
男の仲間がクラリスへ掴みかかろうとした瞬間、彼女はドレスの裾をわずかに払って身を沈め、相手の手首を鋭く巻き取って流れるような関節技で床へと叩きつけていた。貴族の護身術として叩き込まれた見事な体捌きに、男は呻き声を上げて身動きが取れなくなっている。
さらに、もう一人飛び出してきた男に対しては、氷華が目にも留まらぬ鋭い足払いを一閃。完璧に重心を奪われて宙に浮いた男の鳩尾へ、鋭い掌底を叩き込んで一瞬で無力化していた。
魔法など一切使うまでもない。探索者としての鍛え抜かれた基礎身体能力だけで、チンピラなど相手にすらならなかった。
離れたボックス席の影から、ノアは苦笑いを浮かべながらその光景を見守っていた。
(あはは……やっぱり三人とも、チンピラ相手じゃ準備運動にもならないよねぇ……)
学園トップクラスの実力者たちだ。相手になるはずもないと感心していた、その時だった。
「テメェら、調子に乗ってんじゃねえぞッ!!」
最後の一人――入り口付近にいた男が、死角から突如としてノアの背後へと回り込んだのだ。
ガシッとノアの華奢な腕を掴み上げ、ナイフを突きつけて叫ぶ。
「動くんじゃねえ! このチビの命が惜しくなければ、全員大人しく両手を上げろ!」
男の卑劣な人質作戦に、氷華、クラリス、クローディアの三人の動きがピタリと止まった。
「ノアさん……っ!」
「卑怯な真似を……!」
どうやって刺激せずに救出するか、三人が一瞬の隙を窺って思考を巡らせる。
だが、捕まっている当のノアはといえば、パチパチと瞬きをした後――
「ひゃあー、こわいですー、たすけてー」
あまりにも感情の籠もっていない、驚くほどの棒読みで怯えてみせた。
「あぁ!? テメェ、舐めてんのか――ぐ、ガハッ……!?」
男が怒鳴ろうとした瞬間、急激に胸を掻きむしり、喉元を押さえて顔面を蒼白に染めた。
男の口元周辺の空気から酸素だけを完全に抜き取ったのだ。
酸素を一瞬にして奪われた男の脳は耐えられるはずもなく、白目を剥いてその場にバタリと昏倒した。
ドサッ、と静かな店内に響く倒伏音。
あまりにあっけない結末に、救出の作戦を練っていた氷華たち三人は「…………え?」と目を丸くして完全に唖然としていた。
「ノア、アンタ……今、何をしたんだい?」
「えっ? いやぁ、なんか急に倒れちゃいましたね。極度の緊張で失神でも……しちゃいましたかね?」
ノアがへらりと笑って誤魔化していると、その静寂を破るように、奥から駆け寄ってきた店長と救われた女性店員が涙目で深々と頭を下げた。
「あ、ありがとうございます……! お怪我はありませんでしたか!?」
「いえいえ、大したことはしていませんから」
謙遜しながらも、通報を受けて駆けつけた警備隊に男たちを引き渡し、ようやく騒ぎは収束した。
席に戻ると、ちょうど注文していた料理が運ばれてきた。
さらに店長から「恩人の皆様へ」と、特大のフルーツパフェがサービスで振る舞われる。
氷華のふわとろオムライス、クローディアの豪快な厚切りステーキ、クラリスの優雅なボンゴレビアンコ、そしてノアの優しい出汁うどん。
それぞれが頼んだ食事に舌鼓を打ち、最後には豪華なパフェを四人でつつき合いながら、他愛のないおしゃべりに花を咲かせた。
◇
ファミレスを出る頃には、空はすっかり綺麗な茜色に染まっていた。
涼やかな夕風が吹き抜ける中、四人は満足感に包まれながら並んで帰路についていた。
「あー、食った食った! あのステーキ、肉汁が最高だったねぇ!」
「デザートも美味でしたわ。……たまには、こういうのどかな休日も悪くありませんわね」
「ええ。とても有意義な時間でした」
打ち解け合った穏やかな空気の中、大通りを歩いていると――向こうから見覚えのある姿が歩いてくるのが見えた。
軽装の冒険者装備を身につけ、大型の配信機材を器用に片手に抱えた女性――プロ探索者兼トップストリーマーの、水無瀬マリンだった。
「あれっ? 氷華ちゃーん! お久しぶりだねー!」
マリンがパッと顔を輝かせ、気さくに手を振りながら駆け寄ってきた。
「お久しぶりです、水無瀬さん」
氷華が足を止め、礼儀正しく頭を下げる。
隣にいたクローディアが「おや?」と眉を上げた。
「へぇ、生徒会長のお知り合いかい? あの有名な『マリンのダンジョン配信』のマリンさんじゃないか」
「はい。以前、中層でのギルド合同任務でご一緒したことがありまして。その際、水無瀬さんの配信パーティの安全確保を私が担当させていただいたご縁なんです」
氷華の説明に、マリンも「そうなのそうなの!」と屈託なく笑って頷く。
「あの時は本当に助かったよー! 氷華ちゃん、学生とは思えないくらい頼もしくってさ! 今日の配信枠も終わってホッとしてたところなんだけど……って、そっちの後ろの可愛い子たちは?」
「私の学園の仲間です。こちらはクラリスさん、クローディアさん、そして支援科のノアさんです」
氷華に紹介され、クラリスたちがそれぞれ挨拶を交わす。
ノアも「よろしくお願いします」と軽く頭を下げた。
その瞬間――マリンの足がピタリと止まった。
「…………?」
マリンは立ち止まり、ノアの顔をまじまじと見つめた。
透き通るような白銀の髪、澄んだ瞳、そしてどこか風のように捉えどころのない佇まい。
かつてダンジョンの深淵で自分を窮地から救い出してくれた、あの憧れの救世主の姿が、ノアの輪郭にほんの一瞬だけ重なったような――強烈な既視感が脳裏をかすめたのだ。
(え……? なんだろ、この感じ……?)
「あの……水無瀬さん?」
ノアが不思議そうに首を傾げると、マリンはハッと我に返り、ぶんぶんと首を振った。
「あ、ううん! なんでもないっ! ごめんね、すっごく可愛い子だなぁと思って見惚れちゃってさ!」
笑顔で誤魔化し、考えるのを頭の隅へと追いやるマリン。
その様子に、氷華が何気なく問いかけた。
「水無瀬さんは、先ほどまでダンジョンで依頼だったのですか?」
「そうそう! 念入りにウォーミングアップしとかないとね。……これから、すっごく大事な大事な依頼が控えてるからさ!」
マリンが腰に手を当てて得意げに胸を張る。
その言葉に、氷華がふと眉を動かした。
「大事な依頼……ですか?」
「うんっ!」
マリンはニッと悪戯っぽく笑い、声を潜めて告げた。
「ギルドからの極秘指名依頼! ……世界樹ダンジョン地下区画・最奥調査だよ!」




