4人と日常
依頼の翌日。昼休みの学食は、いつも通りの喧騒に包まれていた。
「見てっすノアちゃん! 翠光様のスレッド、また新しいオカルトが爆誕してるっすよ!」
リノが器用に箸を動かしながら、スマートフォンの画面を突き出してくる。
そこには大手掲示板のまとめサイトが開かれており、信憑性の怪しい書き込みがずらりと並んでいた。
《【朗報】翠光様を目撃するとガチャのすり抜けが無くなる説》
《いや待て、最深部で命を落とした古代の探索者の亡霊って噂マジ?》
《ダンジョンで無念の死を遂げた英霊が現代に蘇ったんだよ……》
(……うっ。古代の英霊じゃないけど、無念の死を遂げて生まれ変わったっていう点では、微妙にニアミスしてるのが気まずいな……)
ノアは内心で冷や汗を流した。
世界樹の精霊として、そして『翠光の仮面』として、これまでダンジョン内で窮地に陥った探索者たちを助けたり、暴走モンスターを掃討したりしてきたツケが確実に回ってきている。配信者のカメラに映り込んだり、目撃談が積み重なったりした結果、ネット上での知名度は完全に天井知らず。今や「見つけると幸せになれる都市伝説」だの「彷徨える亡霊」だの、尾ひれのついた珍説が毎日量産されていた。
「ふぇぇ……夜々は、お化けじゃなくて本当に優しい神様なんじゃないかと思いますぅ……」
「ま、正体が誰であれ、アタシたちの前に現れてくれたら最高なんすけどね〜!」
のんきに笑うリノと、手を合わせる夜々。
二人の無邪気な雑談に苦笑いを浮かべていた、その時だった。
スッ――と、背後から優雅な影が差したかと思うと、迷いのない指先がノアの制服の襟首をヒョイと掴み上げた。
「……ちょっと、いらっしゃいな」
「げっ、クラリスさん!?」
「あぁ〜〜、またまた連れて行かれたっす〜〜」
「ノア先輩、いってらっしゃいですぅ〜〜」
もはや様式美と化した拉致劇に、リノも夜々も手を振って見送る始末。
ノアはされるがままに学食を引きずり出された。
◇
「……あの、クラリスさん? 今日は訓練場じゃないんですか?」
連れてこられたのは、学園都市の中央に位置する『泉の広場』だった。
透き通るような青空の下、美しい噴水の前には、すでに腕を組んで佇む神薙氷華と、背中に大剣を背負っていない軽装のクローディアが待機していた。
「昨日の戦いで、戦術としての連携の足がかりは掴めましたわ」
クラリスは足を止め、ノアを解放すると、胸の前で腕を組んで真剣な顔つきになった。
「けれど、私たちはお互いのことをあまりにも知らなすぎます。趣味も、好みも、どんな育ち方をして何が好きかすら知らない者同士が、命を預け合う深層調査で完璧な意思疎通など望めませんわ! ですから――今日はお互いを知るため、街へ繰り出します!」
「ええ。私もクラリスさんの意見に賛同します」
生徒会長の氷華が、生真面目な面持ちで小さく頷く。
「昨日のノアさんの戦況把握と支援は見事でした。ですが、戦い以外のパーソナルな部分で信頼関係を築くことも、結果として土壇場でのチームワークに直結しますからね」
「違いねぇ! 腹を割って話すにゃあ、訓練場で汗流すより街で遊ぶのが一番手っ取り早いってもんさ!」
クローディアも快活に笑い、親指を立ててみせる。
ノアは目をパチパチと瞬かせた。
「な、なるほど……。それで、具体的には何をするんです?」
「まずは、服を着替えますわよ!」
クラリスがピシッとノアを指差した。
「せっかくのお休みなのに、そんな四角四面の制服で歩き回っても気分が乗りませんもの。……あそこのブティックへ行きますわ!」
「ぶ、ブティック……!?」
指差された先にあるのは、ガラス張りの瀟洒な高級レディースブティック。
小柄な美少女の体とはいえ、中身は男――アルトの記憶を持つノアにとって、女性用アパレルショップなど魔王の居城よりも立ち入るのに勇気がいる未知の領域だった。
◇
店内に入ると、三人は思い思いのコーナーへと散っていった。
神薙氷華が手に取っているのは、白を基調としたモノトーンのアイテム。普段のキリッとした軍服風の制服とは打って変わり、ふわりとした柔らかい質感のワンピースなどを真剣な目つきで吟味している。
(……氷華さん、意外とああいう可愛らしいシルエットが好きなんだな)
一方のクローディアは、動きやすさを重視したストレートのジーンズに、渋い革のライダースジャケットを合わせて豪快に笑っている。スラリとした長身と鍛えられたプロポーションによく映えて、モデルのような格好良さだ。
そしてクラリスは、フリルやレースがあしらわれたドレス調のセットアップや、仕立ての美しいクラシカルな令嬢ファッションを優雅に選んでいた。
(みんな、自分のスタイルが確立されててすごいなぁ……)
ノアは感心しながら自分用の服を探そうと店内をうろついた。
だが――前世はただの男であり、今世も制服かシンプルな冒険着しか着てこなかったノアに、レディースファッションのセンスなどあるはずもなかった。
「えっと……これとか、動きやすそうかな……?」
ノアがおずおずと選んできたのは、蛍光グリーンのやたらと派手な原色ジャージに、なぜかエスニック風のフリンジがついた奇抜なベスト。
「……ノアさん、正気ですの?」
「さすがのあたしも、それはどうかと思うがね……」
「それは、一体何を目指しているのですか……?」
三人の冷ややかな視線が突き刺さる。ノアは居たたまれなくなって頬を赤く染めた。
「だ、だって、こういうのよく分からなくて……!」
「……もう、見ていられませんわ! 貴女たち、この子をコーディネートしますわよ!」
「ハハッ、任せな! 素材が良いんだ、磨けば光るってもんさ!」
「……ええ。責任を持って、ノアさんに相応しい装いを選びましょう」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って……!?」
そこからは、まさに怒涛の着せ替え人形状態だった。
「これなんかどうだい!」とクローディアに着せられたボーイッシュな短パン姿は、ノアの華奢な脚線美が際立ちすぎて「……あかん、妙に生々しい色気が出ちまう」とクローディア自身が頭を抱えてボツに。
氷華が選んだ清楚なタイトスカートは、ノアのあどけない顔立ちと合わさって破壊力抜群のギャップを生み出し、氷華が「……っ、す、素晴らしいです……」と鼻腔を押さえて悶絶。
小柄で透き通るような白銀の髪を持つノアは、三人の想像を遥かに超えて何を着せても圧倒的に似合ってしまった。三人のテンションは完全に跳ね上がり、試着室のカーテンが開くたびに黄色い歓声が飛ぶ。
最終的に選ばれたのは、クラリスが「これこそ至高ですわ!」と胸を張った、淡いペールブルーのガーリーなフリルワンピースだった。上品なレースがノアの小柄な体躯を優しく包み込み、守ってあげたくなるような可憐さをこれでもかと引き立てている。
「うぅ……スースーして落ち着かないよ……」
恥ずかしさのあまり俯くノアの姿に、クラリスも氷華もクローディアも、揃って満足げに息を吐いていた。
◇
それぞれお気に入りの私服に着替え、四人は街のメインストリートへと繰り出した。
洗練された白のワンピースで可憐な美しさを漂わせる氷華。
革ジャケットとジーンズを完璧に着こなし、街行く女性たちの視線を集めるクローディア。
華やかなお嬢様ドレスで圧倒的な気品を放つクラリス。
そして、その中央を歩く、息を呑むほど愛らしいフリル姿のノア。
すれ違う人々は、老若男女を問わず、誰もがハッとして振り返り、思わず足を止めて見惚れていた。
「……うう、なんだか、視線が痛いんだけど……」
「ハハッ、気にすんなって! 美人が揃って歩いてりゃ、誰だって拝みたくもなるさ」
「そうですわ、堂々としていなさいな」
四人はそのまま、広場近くのカジュアルなファミリーレストランへと入った。
ボックス席に腰を下ろし、タッチパネルを操作してそれぞれ注文を決めていく。
氷華は少し照れくさそうにふわとろオムライス。
クローディアは迷うことなく400グラムのメガ盛り厚切りステーキ。
クラリスは優雅にアサリのボンゴレビアンコ。
そしてノアは、メニューを散々迷った末に、一番落ち着きそうな関西風の出汁うどんをチョイスした。
「ふふ、ノアさんは本当に素朴なものがお好きなんですね」
「うどん、美味しいですから……」
氷華に微笑まれ、ノアがホッと肩の力を抜いた、その時だった。
「おいコラァッ! どこに目ぇつけて歩いてんだテメェッ!!」
突如として、レジカウンターとエントランスの付近から、鼓膜を劈くような怒号が響き渡った。
見れば、黒い革ジャンを着た屈強な大男たちが、青ざめて床にへたり込む若い女性店員を取り囲んでいた。
店員の足元には割れたグラスが散らばり、男のズボンの裾が水で濡れている。どうやら、店員が配膳中に躓き、誤って水をかけてしまったらしい。
「す、すいません……! すぐにお拭きします、クリーニング代も……っ!」
「あぁ!? クリーニング代ぃ!? テメェ、客の服を汚しといて金で解決すりゃあ済むと思ってんのか! 誠意ってモンを見せてもらおうじゃねえか、おい!」
男が凶悪な笑みを浮かべ、震える女性店員の腕を乱暴に掴み上げようと手を伸ばした。
せっかくの休日の穏やかな空気が、一瞬にして凍りつく。
ファミレスのボックス席で、氷華の瞳がスッと冷徹に細まり、クローディアの眉がピクリと跳ね、クラリスが不快そうにフォークを置いた。




