落ちこぼれの戦い方
咆哮を上げて地を揺らす黒鋼獣の前で、三人の天才たちは互いの刃と魔力を警戒し、足踏みを強いられていた。
その張り詰めた光景を見つめながら、ノアの意識はふと、遠い過去へと引き戻されていた。
まだこの体が、アルトという名の冴えない男の体だった頃。
「お前は何もできない役立たずだ」と罵られ、理不尽に追放されたあのチームでの日々。
当時の自分に許されていたのは、ただひたすらに前衛の顔色を窺い、いがみ合う仲間同士の魔力が衝突して自滅しないよう、必死に流れを整えるだけの地味なスキル――『魔力調律』しかなかった。
戦況の歪みを敏感に察知し、誰かが魔力を暴走させれば、その衝突をいなし、今この場に必要な場所へ細心の注意を払ってチューニングを施す。
あの頃は、仲間の放つ巨大な力に対して、ほんのわずかに手を添えて軌道を逸らすのが精一杯だった。どれだけ身を削って調律しても感謝されることなどなく、目に見える派手な戦果がないという理由だけで捨てられた。
(……でも、今は違う)
ノアは胸の奥で、静かに脈打つ風の力を意識した。
あの頃の無力な自分とは違うのだ。
今の僕には、五大精霊の一角たる風の精霊としての絶対的な力――『大気統律』がある。
魔力の流れを完璧に読み解く力と、大気そのものを意のままに編み上げる力。この二つが揃った今の自分なら、以前の僕よりも強力な支援ができるはずだ。
「みんな、一つ提案いいかな?」
ノアの凛とした澄んだ声が、洞窟内の重苦しい空気を切り裂くように響き渡った。
苦戦を強いられていた三人の視線が、一斉に後方の小柄な銀髪の少女へと集まる。
「僕の本来の役割は、支援科としての能力がメインだ。だから――みんなに、できる限りのサポートをさせてほしい!」
巨獣の振り下ろす爪先を大気の防壁で僅かに逸らしながら、ノアは真っ直ぐに三人の瞳を見据えて叫んだ。
「お互いの巻き込みや足場のことなんて、もう一切気にしないで! 自分の全力、自分の最高の実力を発揮することだけに集中してほしい! 干渉も、足場も、余波も……全部、僕がコントロールしてみせるから!」
一瞬、三人の顔に驚きが走る。だが、ノアの瞳に宿る迷いのない光が、彼女たちの迷いを瞬時に消し去った。
「……ハッ、言ったねぇノア! なら、遠慮なく暴れさせてもらうよ!」
「私の炎、受け止めきれなくても知りませんわよ!」
「任せましたよ、ノアさん!」
その言葉を合図に、戦場の空気が一変した。
クラリスが杖を掲げ、全身から紅蓮の魔力を解き放つ。
「焼き尽くしなさい――『烈火焦熱波』っ!!」
視界を埋め尽くすほどの規格外な広域炎魔法。本来なら洞窟全体を焼き尽くし、味方まで巻き込むはずの猛烈な熱波と爆風だったが――ノアが指先を薙ぐと同時に、周囲の大気が渦を巻いて収束した。
『大気統律』によって生み出された見えない空気の壁が、膨大な炎の指向性を強制的に絞り込み、味方の退路を確保したまま、黒鋼獣の頭上だけに劫火を叩き落としたのだ。
「……熱波が、的確にコントロールされて……!?」
クラリスが驚愕の声を漏らす。
間髪入れず、クローディアが跳躍した。
「喰らいな――ッ!」
泥濘に足を取られそうになった瞬間、彼女の足元に凝縮された高密度の気流が生まれ、硬質な足場となって跳躍力を跳ね上げた。
さらに、黒鋼獣の装甲に叩き込まれた大剣の衝撃で、無数の鋭利な岩屑や甲殻の破片が散弾のように飛び散る。しかしそれらもまた、ノアが旋回させた気流の防壁によって完全にいなされ、背後の味方に届くことなく霧散した。
そして、前線の指揮に追われていた氷華。
「神薙会長、指揮は一旦僕が引き受けます! 今は攻撃に集中して!」
「――了解しました!」
ノアが戦場全体の歪みを埋め合わせ、死角からの奇襲を的確に風で弾き飛ばすことで、氷華の肩から全ての重荷が取り払われた。
神速の踏み込みが蘇り、研ぎ澄まされた氷の長剣が、猛威を振るう巨獣の関節部を正確無比に凍結させていく。
昔からずっと、やってきたことだった。
チームの仲間が変わり、扱えるスキルの規模と威力が変わっただけだ。
風の精霊としての自分一人での殲滅力も高まってはいる。けれど、こうして仲間を信じ、それぞれの個性を最大限に引き出す調律こそが、自分という存在の本来の戦い方なのだ。
そこからの展開は、まさに圧倒的という他なかった。
互いを気遣って手枷足枷を嵌められていた三人の天才が、ノアという完璧な管制塔を得て全力を解き放ったのだ。
どれだけ凶悪に変異したモンスターであっても、死角をすべて塞がれ、威力を極限まで高め合った猛攻に耐えられるはずがなかった。
炎が装甲を焼き溶かし、大剣が急所を粉砕し、氷の刃が心臓を貫く。
完璧に噛み合った三連撃を受け、黒鋼獣は耳障りな絶叫を最後に、轟音を立てて崩れ去った。
しん、と静まり返った洞窟内に、立ち上る黒煙と荒い息遣いだけが残る。
バシィッ!!
「ぐえっ!?」
唐突に背中へ叩き込まれた衝撃に、ノアは小さく悲鳴を上げた。
振り返ると、大剣を肩に担いだクローディアが、満面の笑みで白い歯を見せていた。
「あっはは! 痛かったかい? 悪い悪い! いやさ、今日の戦いの中で間違いなく一番戦いやすかったよ! 足場といい破片の処理といい、完璧だったじゃないかノア! アンタ、最高の後衛だよ!」
「ふ、ふん……」
隣では、杖を収めたクラリスが腕を組み、どこか居心地悪そうにそっぽを向いていた。
「私の広域魔法をあれほど完璧に制御して見せるなんて……やはり、ただ者ではありませんでしたわね。……ま、まあ、おかげで少しは実力を出し切れましたけれど」
素直ではないが、その頬は僅かに紅潮しており、全力で暴れられた満足感を隠しきれていない。
そして、氷の剣を納刀した氷華が、静かに歩み寄ってきた。
その青銀の瞳は、どこか熱っぽく揺れている。
戦場を掌握し、大気を自在に操って自分たちを勝利へと導いたノアの凛々しい姿に、あの日自分を救ってくれた『翠光様』の面影が強烈に重なり――氷華の胸はトクンと激しく跳ねていた。
(この落ち着き、戦場を全て見通すような佇まい……本当に、この子は……)
内心の激しい動揺を悟られまいと、氷華はコホンと小さく咳払いをし、いつもの生徒会長としての冷静な声音を保って口を開いた。
「……見事でした、ノアさん。この困難な戦況を正確に把握し、的確な指示と卓越したスキル捌きで場を支配してみせました。支援科として、いえ――一人の探索者として、最高の働きでしたよ」
「あ、ありがとうございます……!」
頭を下げながら、ノアはホッと胸を撫で下ろした。
それぞれ単独では強烈すぎる個性が、ノアの調律によって一つの強固な刃となった。
一週間後に控える深層特務調査――未知の深淵へ挑むにあたって、四人の間には言葉以上の確かなチームワークの手応えが、しっかりと刻まれていた。




