かみ合わない歯車
世界樹ダンジョン、地下21層。
頭上に広がる樹幹の上層とは打って変わり、足元は湿った巨木の根が複雑に絡み合い、冷たい泥土が靴底を重く沈ませていた。
地下20層以下――そこは通常、プロの探索者であっても上位の限られた実力者にしか挑戦資格すら与えられない危険区画だ。漂う瘴気は肌をチクチクと刺すほど濃く、並の探索者なら呼吸すら苦痛を覚える。
だが、このパーティにはそんな常識など通用しなかった。
「ふんっ、この程度ですの!」
甲高い破砕音とともに、襲いかかってきた甲殻系の大型モンスターが、クラリスの放った炎魔術によって跡形もなく消し飛ぶ。
「ハハッ、景気付けにはちょうどいい相手だねぇ!」
クローディアの超重量級の大剣が唸りを上げ、地鳴りとともに岩石の巨獣を土煙ごと真っ二つに両断する。
学園の学生とはいえ、上位クラスの人間はプロに引けを取らない。それどころか、そこら辺の並のプロなど足元にも及ばないほどの純粋な戦闘力を誇っていた。
“探索者は見た目や年齢では実力を測れない”。
クローディアが言っていた通り、スキルや魔法という超常の条件が絡むこの世界では、若き天才たちのスペックは時に大人の積み重ねた年月を一瞬で凌駕してしまうのだ。
道中、上層とは比べ物にならない強度のモンスターが次々と襲撃してきたが、彼女たちの圧倒的な個の暴力の前には脅威にすらならなかった。
(……すごいな。本当に、僕が付いてくる必要なかったんじゃないかな……?)
ノアは隊列の後方で小走りに足を動かしながら、思わず心の中で苦笑した。
風の精霊としての力を表に出すまでもなく、前線の三人が片っ端から蹂躙していくのだから、支援科の生徒としては立つ瀬がない。
だが――歩みを進めるにつれ、その“強すぎる個”ゆえの歪みが、少しずつ目に見える形となって現れ始めていた。
「あっ、危ないですわクローディア先輩! そこへ踏み込まれたら私の詠唱範囲に被ります!」
「おっと悪いね! だがコイツはアタシの得物だ、横取りすんじゃないよ!」
クラリスの放つ圧倒的な広域殲滅魔法は、周囲の環境ごと敵を吹き飛ばすため、前衛の足場を崩し、爆風が味方のすぐ間際まで吹き荒れる。
一方でクローディアの豪快な大剣撃は、その長身とリーチの長さゆえに横への巻き込み範囲が広すぎる。クラリスの魔術と射線が干渉し合い、互いの威力を相殺したり、氷華が抑え込んでいた敵の姿勢まで無理やり吹き飛ばしてしまい、氷華が紙一重で味方の刃をかわす場面が何度もあった。
「クローディアさん、左へ詰めすぎです! クラリスさんも後退して、射線を水平ではなく撃ち下ろしに切り替えなさい!」
一番周りを見て動いているのは、生徒会長の氷華だった。
しかし、それゆえに彼女は味方の巻き添えを防ぐための位置取りと、的確な指示出しに神経をすり減らしていた。本来の持ち味である神速の踏み込みや剣技が、仲間への気遣いと指揮によって完全に鈍っている。
(みんな、自分の全力の戦い方に体が慣れすぎているんだ……。味方を気にすればするほど、本来の強さが死んでしまっている……)
ノアはモンスターの死角からの奇襲を身軽にいなしつつ、冷静に盤面の歪みを観察していた。
その時だった。
ズゥゥゥゥン……ッ!
洞窟の奥から、空気を震わせる重苦しい地鳴りが響き渡った。
絡み合う根の隙間から姿を現したのは、全身を禍々しい黒鉄の甲殻で覆った四足歩行の巨獣――討伐指定対象である、A級モンスター「黒鋼獣」だった。
だが、その輪郭は通常個体とは決定的に異なっていた。
『……チッ、おいノア! こいつはただのA級じゃねえぞ!』
イグニスが脳内で苛立ち混じりに警告を飛ばす。
『体内の魔力循環に、凶悪な瘴気が巡っている……。筋繊維から外殻まで、無理やり変異させられている』
テラも、その異常な状況を伝えてきた。
いつもの彼女たちなら、単独でも討伐が困難な相手ではないはずだった。
だが、今回は全力が出せない窮屈なチーム戦。そして相手は、凶悪な瘴気に当てられて狂暴化し、跳ね上がった生命力を持つ異変種だ。
ノアは瞬時に声を張り上げた。
「みんな、気をつけて! 普通のA級じゃない……体内に濃い瘴気が巡って、異常に強化されてる!」
「っ……瘴気による強化個体ですって!?」
「これが噂の異変種かい!!」
三人の表情が一気に引き締まる。
直後、巨獣が咆哮を轟かせ、巨体からは想像もつかない速度で突進してきた。
「各自散開! 私が――」
氷華が氷の障壁を展開しようと前に出る。しかし。
「私が正面から焼き払いますわ!」
「アタシがヤる!」
クラリスの高熱の魔弾と、クローディアの大剣がほぼ同時に同じ空間へと叩き込まれた。
互いの魔力と衝撃波が激しくぶつかり合って弾け、生じた余波に氷華の障壁が揺らぎ、踏み込みのリズムが乱れる。
「グオォォォッ!!」
不完全な迎撃の隙を突き、巨獣の鉤爪がクローディアの肩口を掠め、氷華の足元を薙ぎ払った。
「くっ……!?」
「きゃああっ!?」
明らかに戦いづらそうに後退を余儀なくされ、苦戦を強いられる三人。
単独なら最強の刃であるはずの彼女たちが、互いの刃の切っ先を恐れて手枷足枷を嵌められている。
(みんな体が反射的に動いているんだ……!)
ノアは後方から巨獣の猛攻と三人の位置関係を凝視した。
その実力ゆえに、敵の攻撃や隙に反射的に体が動いてしまっている。
(どうすれば、みんなが互いを気にせず、自分の全力を出し切れる……? 僕にできる、一番のサポートは――)
ノアの瞳が、張り詰めた戦場を高速でスキャンし始めていた。




