即席チームと、思わぬ前哨戦
「ええぇぇぇぇぇぇっ!? 深層特務調査隊にノアちゃんが選ばれたんすか!?」
翌日の昼休み。学食の片隅で、リノが素っ頓狂な大声を上げた。
「ひゃぅぅぅ……っ、地下の最奥だなんて、危険すぎますぅ……! ノア先輩、本当に大丈夫なんですかぁ……!?」
夜々も自分より大きな盾を抱え込み、大きな瞳に涙をいっぱいに溜めてオロオロと取り乱している。
「あはは……まあ、最奥区画の入口付近までの調査だからね。それに、生徒会長やクラリスさん、クローディア先輩みたいなすごい人たちも一緒だし――」
僕が苦笑いしながら二人を宥めようとした、その時だった。
カツ、カツ、カツ――。
規則正しくも気の強い足音が近づいてきて、僕たちのテーブルの真横でピタリと止まる。
「……探しましたよ、ノア。こんなところにいたんですのね」
「げっ、クラリスさん!?」
見上げると、腕を組んだクラリスが、いつものようにツンと顎を上げた誇り高い表情で見下ろしていた。
彼女は僕の返事を待つこともなく、すっと手を伸ばして僕の制服の襟元をヒョイッと摘み上げる。
「ちょっと、いらっしゃいな」
「えっ、ちょ、ちょっと待って……!」
「あぁ〜〜っ! Sランク貴族様にまたまた連れて行かれたっす〜〜!!」
「の、ノア先輩ぃぃ〜〜っ!!」
以前ガゼボに呼び出された時とまったく同じ光景に、リノと夜々の叫び声が学食に木霊する。僕はずるずると引きずられながら、なす術なく学食を後にした。
◇
連れてこられたのは、前回のような中庭のガゼボではなく――学園の第3屋内訓練場だった。
高い天井と強固な魔力障壁に囲まれた広いフロアの中央には、すでに二人の姿があった。
背筋をピンと伸ばして静かに佇む生徒会長・神薙氷華と、巨大な大剣を肩に担いで豪快に笑うクローディアだ。
これで、今回の特務調査隊に選ばれた生徒四名が全員揃ったことになる。
「連れてきましたわ」
クラリスが手を離すと、氷華がこちらへと向き直った。その顔は、学園を統べる凛とした生徒会長のものだ。
「ご足労感謝します、ノアさん。急な呼び出しで申し訳ありません」
「あ、いえ……! でも、どうして訓練場なんですか?」
「今回の件、決行までの一週間で顔合わせを兼ねて、互いのチームワークを深めるための合同訓練を行おうと思いましてね」
氷華の生真面目な説明に、僕は思わず手を打った。
「なるほど!それはすごく良いと思いますけど、氷華さんが提案してくれたんです?」
「……いいえ。私ではありません」
氷華は微かに首を横に振り、隣のクラリスへと目線を向けた。
「今回の合同訓練は、クラリスさんが発案してくれたのですよ」
「えっ、クラリスさんが……?」
僕が驚いて目を丸くすると、クラリスはバッと顔を逸らし、気恥ずかしさを誤魔化すようにふんっと鼻を鳴らした。
「か、勘違いしないでくださいな! べ、別に貴方のことを心配して言ったわけではありませんわ! 今回の任務は通常の依頼とは次元が違います。一歩間違えれば命を落としかねない危険地帯に行くのですから」
クラリスは居住まいを正し、真剣な眼差しで言葉を続ける。
「私たち個人の実力は申し分なくとも、チームワークはまったくの別問題ですわ。お互いの思考や手癖、連携の呼吸を知らなければ、深層では一瞬の遅れが致命傷になります。だからこそ本番までに、一緒に訓練や依頼をこなす機会を増やすべきだと提案したまでですわ!」
「ええ。私も彼女の意見に全面的に賛同します」
氷華が頷いて補足する。
「私たち三人は、どうしても単独での殲滅や突破に特化しがちな戦い方をしてしまいますからね。互いの背中を預け合う訓練は必須でしょう。それに――」
氷華の青銀の瞳が、すっと僕に向けられた。冷徹な生徒会長の顔の奥に、ほんの微かな熱を帯びた探求心が垣間見える。
「一人だけ、戦闘における実力が完全に『未知数』な方もいらっしゃいますし」
「うぐっ……」
先日の実習で異常な成果を出したものの、表向きは非戦闘員扱いの僕。二人の鋭い視線に、僕は気まずそうに頬をポリポリとかくしかなかった。
すると、大剣を担いだクローディアが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて口を挟んだ。
「へははっ! クラリスのお嬢も素直じゃないねぇ! 心配なら心配って言やあいいのにさ。わざわざノアを気遣って合同練習を提案たぁ、泣かせるじゃないか」
「なっ……!? な、何を言っているのですかクローディア先輩! 私は極めて合理的な判断を下しただけで――!」
真っ赤になって抗議するクラリスを豪快に笑い飛ばしながら、クローディアは顎を撫でた。
「ま、理屈はごもっともだ。アタシも大賛成だよ。……ならさ、四の五の言う前に手っ取り早く実戦で連携を試そうじゃないか。この足でギルドへ行って、依頼を一つ片付けてこようぜ」
◇
放課後――探索者ギルド・学園都市中央支部。
「あら、ノアちゃんに神薙会長、クラリスお嬢様にクローディアさんまで! 今日はまた、とんでもなく豪華なパーティですねぇ」
受付カウンターの奥から、親しみやすい笑顔を浮かべた職員のゆかりさんが手際よく書類を広げて応対してくれた。
全員の同意のもと、カウンターに出された依頼書を見て――僕は思わず目を疑った。
「えっ……!? A、A級討伐任務ですか!?」
依頼書に記されていたのは、世界樹ダンジョン地下階層における危険指定モンスターの討伐要請だった。
光の届かない地下は瘴気が濃く、徘徊するモンスターの凶暴性も地上階層とは段違いだ。プロの探索者でも命がけになる難易度で、支援科の一般生徒であるはずの僕がいるパーティで受けるには、あまりにハードルが高すぎる。
(ええぇぇ……っ!? いきなり地下のA級なんて、普通の生徒なら腰を抜かすレベルだよ……!)
いや、正直に言ってしまえば、僕だけなら何も問題はないんだけど。
――問題はそこじゃない。
いつも通りにモンスター相手にしようものなら、一発で『翠光の仮面』の正体が僕だとバレて大騒ぎになってしまう。
かといって手を抜きすぎて誰かが怪我をしてもいけないし、完全に無能を装って足手まといになるわけにもいかない。
『あはははっ! ノアっち大ピンチじゃ〜ん!』
僕の心の中で、フルグルがパチパチと楽しそうに紫電を弾けさせながら笑い転げた。
『頑張れ〜ノアっち! 「あわわ、風で偶然モンスターの体勢が崩れちゃいました〜」って可愛く誤魔化す練習しときなよー!』
『まったく、フルグルったら茶化さないの。……でもノア、手加減の塩梅は気をつけることね。あの三人は勘が鋭いもの。特に氷華さんは、貴方と翠光様を重ねて見ている節があるわよ? ふふ、ボロを出さないように頑張りなさいね』
アクアリアまで、涼やかな声でくすくすとからかい混じりの声援を送ってくる。
(もう、二人とも他人事だと思って……!)
僕が内心で頭を抱えていると、クローディアがいつもの屈託のない、けれど試すような鋭い笑みを浮かべて覗き込んできた。
「どうしたんだいノア。……アンタなら、これくらい大丈夫だろ?」
氷華もクラリスも、言葉には出さないものの、僕の反応をじっと見定めている。
彼女たちは僕が精霊だとは露知らずとも、その観察眼や咄嗟の身のこなしから、「ノアには何か隠された素質がある」と直感的に感づき始めているのだ。
「あ、はは……が、頑張ります……!」
僕は引きつった笑顔で頷いた。
連携を成功させて、みんなの期待に応えなければいけない。
けれど同時に――『翠光の仮面』だと疑われるような非常識な力は徹底的に封じ、自然なサポートに徹しなければならない。
僕にとっての、ある意味で「頑張る」前哨戦が始まろうとしていた。




