Sクラス筆頭
木々を圧し折りながら樹林帯の広場へと躍り出てきたのは、全身を分厚い黒曜石のような外殻で覆った巨大な四足獣――【黒骸竜】の変異種だった。
本来なら第20層の最奥、中層ボスクラスとして君臨するはずの巨獣。その全身からは、先ほどの月光草と同じ、どす黒い紫色の澱んだ魔力が陽炎のように立ち上っていた。
「グルルルルルルァァァァッ!!」
鼓膜を震わせる咆哮とともに、黒骸竜が周囲の巨木を太い尾で一薙ぎにする。
轟音とともに木々が粉砕され、暴風と砂煙が吹き荒れる中、巨獣は赤黒く濁った瞳で生徒たちを捉え、地響きを立てて突進を開始した。
「ひ、ひぃぃぃっ!?」
「なんでこんな浅層に中層の主が……!?」
パニックに陥る生徒たち。
だが、その混乱を一瞬で断ち切ったのは、最前線に躍り出た氷華の鋭い一喝だった。
「――取り乱さないで! 各自、慌てず後方へ退避しなさい! ローゼンバーグさん、生徒たちの誘導を!」
「し、しかし神薙会長……!」
「私の指示に従いなさい! ここは私が食い止めます!」
凛然たる命令に、クラリスは唇を噛み締めながらも「……っ、分かりました!」と生徒たちの殿軍へと回った。
「ノアちゃん、夜々ちゃん! リノたちも逃げるっすよ!」
「ノア先輩、早くですぅ!」
「うん、二人とも慌てないでね!」
僕はリノと夜々を促して安全圏へと走らせつつ、意識のすべてを氷華の戦いへと集中させた。
広場に残った氷華は、逃げ惑う生徒たちを背に、静かに銀色の魔導細剣を構える。
その青銀の髪が、膨れ上がる魔力によってふわりと宙に浮き上がった。
学年首席、Sクラス筆頭。
彼女の実力は伊達ではない。
迫り来る黒骸竜の巨大な爪が、空気を引き裂いて氷華へと振り下ろされる。
氷華はミリ単位のステップでそれを紙一重でかわすと、細剣の切っ先を地面へと突き立てた。
「――『氷縛連環』」
氷華の魔力に応じ、凍てつく冷気が地面を這うように走り、瞬く間に無数の極太な氷の鎖となって噴出する。
四方から伸びた鎖が黒骸竜の頑強な四肢と胴体に巻き付き、凄まじい質量を誇る巨獣の動きをギチギチと軋む音とともに完全に縫い止めた。
「グルルァッ!?」
身動きを封じられた黒骸竜が口元から紫煙の混ざる熱線を吐き出そうと顎を開く。
だが、氷華の展開速度はその遥か上を行っていた。
細剣を優雅に引き抜いた氷華の周囲に、無数の鋭利な氷柱が展開し、超高速で回転を始める。
「――『氷刃乱舞』」
無数の氷刃が雨あられのように放たれ、黒骸竜の関節部や眼球、喉元の隙間を正確無比に穿つ。
悲鳴を上げる巨獣に対し、氷華は一切の容赦なく地を蹴り、その頭頂部へと舞い上がった。
青銀の瞳が冷徹に獲物を見据え、細剣の刀身に絶対零度の極光が集束していく。
「我が絶対零度の一撃にて、永久に眠りなさい――『極光氷葬刃』!」
天空から振り下ろされた神速の刺突。
閃光とともに放たれた巨大な氷の結晶刃は、黒骸竜の頑強な頭部外殻を正面から貫通し、その心臓部ごと巨大な氷塊の中へと完全に氷結封殺した。
ドオォォォォォン……ッ!
地響きとともに冷気が広がり、周囲の草木が一瞬で白銀に凍りつく。
巨獣は断末魔すら上げられず、巨大な氷の彫像となって完全に活動を停止した。
「……ふぅ」
氷華は細剣をスッと鞘に納め、額に浮かんだわずかな汗を手の甲で拭った。
見事な単独討伐。通常であれば、これで全てが終わっていたはずだった。
生徒たちを避難させ、自身も安全圏へと合流しようと背を向けた――その刹那。
ミシミシッ……バキィィィィィンッ……!!
(……なっ!?)
氷華が目を見開いて振り返る。
心臓を破壊され、完全に氷結していたはずの黒骸竜の氷塊が、内側から激しくひび割れたのだ。
本来なら即死しているはずの致命傷。
あり得ないはずの異常な生命力で、巨獣は砕け散る氷の破片の中から跳躍した。
「グアァァァァァッ!!」
破壊された頭部を血に塗れさせた黒骸竜が、最後の力を振り絞って振りかざす凶悪な尾の棘。
それは完全に油断のない体勢からすら回避不能な至近距離で、氷華の無防備な背中へと振り下ろされようとしていた。
「しまっ……!?」




