忍び寄る影
「――ノアさんッ!!」
第10層の木々の間を裂くようにして、白銀の特注ローブを翻したクラリスが猛然と駆け込んできた。
その背後には、息を切らして追いついてきた取り巻きの生徒たちの姿もある。
クラリスは一直線に僕の前まで詰め寄ると、手元の端末のランキング画面を突きつけ、肩で息をしながら瞳をギラギラと燃え上がらせた。
「……っはぁ、ピクニックと、っ……仰っていましたね!? そぉれがどうして、……っはぁ、一瞬で7万5千ポイントなどという規格外のスコアを叩き出せるのですか!?……っぜはぁ……」
「ひぇっ……! Sクラスのローゼンバーグ様……!?」
「せ、先輩、夜々が守りますぅ……!」
リノがあわあわと後ずさり、夜々が咄嗟に巨大な大盾を構えてへっぴり腰のまま僕の前に立ちはだかる。
僕は二人の背中から恐る恐る顔を出し、必死に手を振った。
「え、えぇと……ただ、風が気持ちいい場所を探して歩いてたら、たまたま洞窟の奥に月光草がたくさん生えてて……」
「っはぁ……ごほん、たまたまであんな最高品質の群生をノーダメージ回収できるはずがありません! 誤魔化さないでください!」
クラリスはバッと腰の魔導杖を抜き、切っ先をビシッと僕へ向けた。
「やはりあなた、何か途方もない実力を隠していますね!? ここで白黒つけましょう! 私と再戦……いえ、私と全力の手合わせをなさい!」
「ええぇぇっ!? ここでですか!?」
(どうしよう……! ここで魔法を使ったら、またクラリスさんに正体を疑われちゃうし、かといって二人を連れながら逃げ回るのも限界があるし……!)
僕が頭を抱え、どうやってこの場をやり過ごそうか冷や汗を流していた――その時だった。
「――そこまでにしなさい、ローゼンバーグさん」
凛と澄み渡る冷徹な声が、樹林帯の空気を一瞬で凍りつかせた。
茂みの奥から姿を現したのは、腕章を巻いた生徒会役員たちを引き連れた生徒会長・神薙氷華だった。
青銀の髪を揺らし、その表情には一切の隙もない。
「神薙、生徒会長……」
クラリスがわずかに杖を引き、悔しそうに眉を寄せる。
「実習規定第4条、ダンジョン内における生徒同士の私闘および進行の妨害行為は固く禁じられています。……ましてや、あなたは学年首席のSクラス。下級生や他クラスを力で威圧するなど、言語道断です」
「くっ……! 私はただ、この方が何かを隠していると……!」
「ランキングの集計ログは本部で精査済みです。不正はありません。これ以上騒ぎ立てるなら、あなたのチームのポイントを減点対象とします」
「ぐ、ぬぬぬ……っ!」
正論で完璧に退路を塞がれ、クラリスは悔しそうに唇を噛み締めながら杖を収めた。
「ふぅ……」
僕は心底ほっと胸を撫で下ろし、助け舟を出してくれた氷華の前へと歩み出た。
「神薙会長……助けてくださって、本当にありがとうございます」
僕は両手を胸の前で合わせ、自然と上目づかいで氷華の瞳を見つめながら、心からの感謝を込めて微笑みかけた。
「……っ」
その瞬間、氷華の肩がピクリと跳ねた。
(な……何、ですか……?)
氷華の胸の奥で、カチリと何かが噛み合うような、説明のつかない激しい動悸が走る。
ただの後輩の、支援科の華奢な少女が上目づかいでお礼を言っているだけ。それだけのはずなのに――なぜ、この子の視線、この子の声、この子の纏う空気に、こうも激しく心が揺さぶられるのか。
初めて中庭で見かけたあの日から、なぜかこの銀髪の少女の一挙手一投足がいちいち心の琴線に触れて離れない。
冷徹を誇るはずの氷の仮面の下で、氷華の心臓はトクン、トクンと熱く脈打っていた。
(い、いけません……。私は生徒会長として職務を果たしているだけ……。なぜ、ここまで動揺しているのですか……!)
必死に内心の嵐を押し殺し、氷華が冷徹な表情を取り繕って口を開こうとした。
――そのときだった。
(……ッ!?)
僕の肌を、針で刺されたような強烈な大気の乱れが撫でた。
『おいノア! 来るぞ!!』
イグニスが脳内で鋭く叫ぶ。
『上層の魔力じゃないわ! 中層……いえ、もっと深い場所の気配よ!』
『……直進してくる。速い』
アクアリアが緊迫した声を上げ、
テラの短い警告と同時に、僕の周囲の精霊たちが一斉に警戒の光を散らした。
ドオォォォォォン……ッ!!
遠くの樹海を薙ぎ倒すような重低音が響き渡り、地面がビリビリと激しく震動する。
「な、なんすかこれぇぇぇぇっ!?」
「ひぇえ、地震ですかぁぁぁっ!?」
リノと夜々が悲鳴を上げ、取り巻きの生徒たちがパニックに陥る中、氷華とクラリスの二人は即座に武器を構え、地鳴りの発生源へと鋭い視線を向けた。
木々の裂け目から漏れ出してくる、中層の魔物とは明らかに桁が違う禍々しい殺気。
実習の平穏を嘲笑うかのように、招かれざる巨大な脅威が、すぐそこまで迫っていた。




