ピクニック実習
青空が広がる絶好の実習日和。
学園都市の中央広場は、高等部全学年・全クラスの生徒たちで埋め尽くされ、異様な熱気とお祭り騒ぎのような喧騒に包まれていた。
「――これより、学期末合同ダンジョン実習を開始します!」
特設ステージの上で、生徒会長の神薙氷華が凛とした声でマイクに向かって告げる。
群青色の髪を風になびかせ、白銀の生徒会ケープを羽織ったその姿は、相変わらず非の打ち所がない威厳を放っていた。
「対象エリアは第1層から第20層。魔物の討伐、素材の採取、およびレアドロップの獲得によってポイントが集計され、各クラスの成績および個人の昇格評価に直結します。なお、本実習中の魔導ドローンによる個人配信・実況は原則自由としますが、安全管理コードを遵守し、節度ある行動を心がけなさい」
「「「うおおおおおおっ!!」」」
広場に集まった生徒たちから歓声が上がる。
周囲を見渡せば、すでに頭上に配信ドローンを飛ばして「リスナーのみんな〜! 今日はSクラス昇格目指して暴れ回るぜ!」とアピールする生徒や、血眼になって装備を点検する上位クラスの姿があちこちに見られた。
そんな殺気立つ空気の中、僕たち2年Dクラスの隅っこは――
「ふふふ……ノアちゃん、夜々ちゃん! おやつの準備はバッチリっすよ!」
リノがリュックサックをパンパンに膨らませ、満面の笑みで親指を立てていた。中にはクッキー、ポテトチップス、魔法瓶に入った冷たいお茶がぎっしり詰まっている。
「夜々も、ノア先輩たちとお昼に食べる特大おにぎり、いっぱい握ってきましたぁ……!」
1年Cクラスから合流した夜々が、抱えきれないほど大きな重箱を嬉しそうに掲げる。
180センチ超の巨躯に漆黒の大盾を背負った完全武装スタイルなのに、中身は完全に春のハイキング気分だ。
「ありがとう二人とも。ポイント稼ぎは上位クラスの人たちに任せて、僕たちは浅層で安全に薬草でも摘みながら、のんびりピクニックしようね」
「賛成っす〜! 昇格なんて面倒なことに関わったら、うどんをゆっくり啜る時間もなくなっちゃうっすからね!」
「はい! ノア先輩たちと一緒なら、夜々はどこでも楽しいですぅ!」
殺伐とした昇格争いなどどこ吹く風。僕たち三人は完全に平和ムードだった。
「……あら、Dクラスの皆さん」
そこへ、ステージから降りて巡回指揮を執っていた氷華が、生徒会役員を引き連れて通りかかった。
涼やかなサファイアの瞳が僕たちを一瞥する。
「神薙生徒会長……!」
リノと夜々が思わず背筋を伸ばす。
「実習中の気の緩みは命取りになります。特に浅層とはいえ、最近はダンジョン内の魔力の乱れも報告されています。無理な深追いはせず、危険を感じたら即座にリタイア信号を上げなさい。……特に、そこのノアさん」
「え、僕ですか……?」
急に名指しされて僕がビクッと肩を跳ねさせると、氷華は鉄面皮を崩さないまま、わずかに視線を伏せた。
(……相変わらず、小動物のように頼りなく愛らしい……ではなく、あまりに小柄でモンスターの攻撃を受けたらひとたまりもないので、目を離すと危険です……!)
心の中で慌てて理屈を付け直しつつ、コホンと咳払いをした。
「……支援科の生徒が前衛の盾なしで無茶をしないように、という意味です。怪我のないように努めなさい」
「は、はい! ありがとうございます、生徒会長!」
僕がぺこりと頭を下げると、氷華はわずかに顎を引いてその場を立ち去った。
去り際、心なしか歩幅が少しだけぎこちなかった気がするけれど、気のせいだろうか。
『おいおいノア、あのお堅い会長さん、お前に釘刺しに来たのか?』
脳内でイグニスが腕を組んで呟く。
『ううん、ただ心配してくれただけだと思うよ。……それより、テラ、大気の様子はどう?』
僕が心の中で問いかけると、テラの低く落ち着いた声が返ってきた。
『……第15層付近、大気脈の循環に微弱な引っかかり。……まだ暴走の域ではないが、注意が必要』
『ま、アタシらがついてるから大丈夫だけどね〜! ノアっち、おやつ食べながらサクッと見回りしちゃお!』
フルグルもピクニック気分だった。
「よし、それじゃあ僕たちも行こうか!」
「「おーっ!!」」
リノと夜々の元気な掛け声とともに、僕たちののんびりダンジョン実習が幕を開けた。




