【公式】翠光教【爆誕】
日曜の夜、十時。
僕の部屋のドアがドタバタと叩かれ、パジャマ姿のリノがタブレット片手に飛び込んできた。
「ノアちゃん! 大変っす! マリンちゃんのゲリラ特番が始まったっすよ!」
「えっ……マリンさん?」
ベッドの上に上がり込んできたリノに画面を突きつけられる。
開かれたD-Liveの配信画面には、すでに【同接:2,800,000人】というとんでもない数字が表示されていた。
画面の中央には、水色のツインテールを揺らし、なぜか翠色の特製マントを羽織った水無瀬マリンが、満面の笑みでダブルピースを決めている。
『みんな〜! 深夜に集まってくれてありがと〜! 今日はね、全人類にアタシの“最推し”について語り尽くす緊急特番だよっ!』
コメント欄がものすごい勢いで流れていく。
『待ってました!』
『また翠光様の話かwww』
『そのマント自作したんかwww』
『同接もう300万いきそうなんだが』
『えー、みんな知っての通り、先日第25層でまたしても翠光様が降臨されました! あの無駄のない真空断層! あの麗しい佇まい! もうね、アタシの心は完全に奪われちゃいました!』
マリンは画面に第25層の切り抜きを大写しにし、マントをバサッと翻しながら熱弁を振るう。
『そこでアタシ、決めました! ネットで有志が立ち上げてたファンクラブサイト【翠光教】……あれ、アタシが今日から名誉会長として公認します! アタシが第一号の公式ファンだかんね!』
「ぶっ……!?」
僕が吹き出す横で、リノが「キタアアアアア!」と拳を突き上げた。
「うひひ! マリンちゃんがファンクラブの会長就任っす! これで非公式の怪しいサイトから、一気に天下の公認推し活組織になったっすよ!」
『あはははは! ノアっち、ファンクラブだって! 会長つきだよ!』
フルグルが僕の頭の上をゲラゲラ笑いながら飛び回る。
『おいおい、ノア教祖様よぉ! お布施はどこに振り込めばいいんだ?』
イグニスがニヤニヤしながら手を差し出してくる。
『私、グッズのデザイン担当したいわぁ! アクリルスタンドとかどうかしら?』
アクアリアまでノリノリで悪ノリに乗っかってくる始末だ。
(ちょ、ちょっとみんな、面白がらないでよ……っ!)
配信画面では、マリンがさらにテンションを上げていた。
『というわけで、ファンクラブの会員証デザインを新しく作っちゃいました〜! 仮面をモチーフにした限定キーホルダーも受注開始するよ! みんなで翠光様を推していこうね〜!』
コメント欄は完全にネットの祭り状態だ。
『入会完了したわwww』
『キーホルダーポチった』
『推し活は草』
『もはや公式アイドルじゃん』
◇
同じ頃、生徒会役員寮の自室。
薄暗い部屋で画面を睨みつけていた神薙氷華は、眉間をピキリと痙攣させていた。
「……後から現れた配信者が、マントを羽織って抜け駆けし、名誉会長を名乗るなど……万死に値しますね」
氷華は即座に裏ネット掲示板――もとい、リニューアルされたファンクラブサイトの管理画面を開き、猛烈なタイピング音を響かせた。
『>>名誉会長の就任について
異議あり。第一号を自称するのは勝手ですが、真の古参信徒に対する敬意が欠如しています。なお、キーホルダーは保存用、布教用、実用用で三つ購入しました』
エンターキーを鋭く叩き込み、氷華は悔しそうに画面を睨みつける。
「……私の神様を、ただの流行り物のように消費されてたまるものですか……」
◇
さらに同じ頃、Sクラスの高級寮。
クラリスは机の上に広げた魔力解析シートから顔を上げ、配信画面でマントを翻すマリンを冷ややかに見つめていた。
「……ファンクラブ? アイドル扱い? バカバカしいですね」
クラリスは鼻を鳴らし、画面に映る翠光の仮面の動きをペン先でトントンと叩く。
「あの方の気流操作は、そんな安っぽい言葉で片付けられるようなものではありません。……ふん、マリンさんも、本質が見えていませんのね」
クラリスの口元に、好戦的な笑みが浮かぶ。
「あの方の正体……そしてその圧倒的な技術の真髄を暴くのは、この私です」
◇
寮のベッドの上。
「うひひ、ノアちゃん! 会員番号ゲットしたっすよ! リノは340番っす!」
「あ、あはは……よかったね……」
興奮冷めやらぬリノの横で、僕は力なく天井を見上げた。
(……ただ平穏に、目立たず暮らしたかっただけなのに……なんでこんなことに……?)
脳内で大精霊たちが「フレー! フレー! ノ・ア・様!」と楽しそうに応援コールを繰り広げる中、僕の深い溜息が夜の部屋に響くのだった。




