見えない防波堤
放課後。
リノと夜々が別件の補習とクラブ活動で手が離せなかったため、僕は一人で第2層の浅層採取を済ませ、学内ギルド支部へと足を運んでいた。
自動ドアをくぐると、夕方のギルド受付カウンターの奥に、見慣れた二人の姿があった。
「……でね、ゆかりさん。同期の雷撃術士の男が『実は来月式を挙げることになってな』って、あのニヤけた顔で招待状を渡してきたんだ……」
「まぁぁ……それはまた……」
白衣を羽織った長身の女剣士――僕の担任にして保護者の鳴神冴香先生が、カウンターに突っ伏して深々とため息をついていた。
その向かいで、淡いピンク色の髪を揺らす受付嬢の兎月ゆかりさんが、なんとも言えない複雑な表情で相槌を打っている。
「あ、あの……ゆかりさん、先生。採取依頼の報告に来ました……」
僕がおずおずと素材の入ったポーチを差し出すと、ゆかりさんがハッと顔を上げた。
「あらぁ、ノアちゃん! おかえりなさい〜。いつも丁寧な採取、ありがとうねぇ」
ゆかりさんが手早く素材の検品手続きを進めてくれる。
その横で、鳴神先生が僕の顔を見つめ、どこか遠い目をしながらぼそりと呟いた。
「……やはり、合コンか……?」
「えっ? ご、合コンですか……?」
聞き返した僕に、ゆかりさんも「はぁぁ……」と深刻そうに胸元を押さえて息を吐いた。
「そうなのよぉ、ノアちゃん……。待っているだけじゃ、いつまでも受け身のままじゃいられないのよぉ……」
「え、えぇと……何の話ですか?」
僕が首を傾げると、鳴神先生がガタッと椅子を鳴らして身を乗り出してきた。
「ここ最近、私の周りの元プロ探索者仲間や同僚教師の間で、結婚報告と出産報告が立て続けに五件も重なったんだ! 『鳴神もそろそろどうだ?』だと!? 余計なお世話だというんだ!!」
「私の同期の受付嬢たちもですぅ……! 『今度家族で旅行に行くの〜』なんて写真を見せられて……幸せをお祝いしたい気持ちはあるのに、胃のあたりがシクシク痛むんですぅ……!」
「二人とも、休日の予定を聞かれた時のあの哀れみの目をどうにかしてくれ!」
「『ゆかりちゃんは美人さんだからすぐ見つかるよ』って励ましが一番刺さるんですぅ……!」
「わ、わわっ……」
元Sランクの歴戦の女剣士と、ギルドの看板美人受付嬢による、怒涛の独身トーク。
普段の威厳やおっとりした雰囲気が完全に消し飛んだリアルすぎる愚痴の連撃に、僕は圧倒されてタジタジになる。
しばらくカウンター越しに熱弁を振るっていた二人は、僕が目を白黒させているのを見て、ハッと我に返った。
「……す、すまないノア。大人げなく取り乱した。……他人の幸せに水を差すようなことを言うべきではないな……」
「そうですねぇ……反省ですぅ……。みんなの幸せは心から祝福してあげなきゃいけないのに……」
気まずそうに咳払いをして反省する二人。
だが、その瞳には依然として「でもどうにかしたい……」という切実な焦燥感が渦巻いていた。
(……それにしても、不思議だな)
鳴神先生は凛とした大人の色香が漂う黒髪ポニーテールの超絶美人だし、ゆかりさんも学園屈指の愛らしさを誇るスタイル抜群のお姉さんだ。
二人とも性格も良くて魅力的なのに、なぜ浮いた話が一切ないのだろうか。
そう不思議に思った、その時だった。
(……ん?)
『大気統律』の感知網に、ギルド支部のエントランス付近から、何やら異様な『殺気』と『不穏なざわめき』が引っかかった。
(……モンスターの侵入!?)
「ちょっと外の様子を見てきます!」
「えっ、ノアちゃん?」
二人の呼び止めを背に、僕は素早くギルドの入り口へと走り、建物の物陰から広場を観察した。
するとそこには――
「おい、待て貴様ァ!! 今、誰に声をかけようとした!?」
「ぐあああっ! 離せ! 俺は今日こそゆかりさんに連絡先を聞くんだぁぁぁっ!」
「馬鹿野郎! ギルドの聖域に抜け駆けは許さん! まずは俺たちの屍を越えていけぇぇぇっ!!」
「鳴神先生に話しかけようとした奴も全員関節技で沈めろ! 先生はみんなの憧れなんだぞオオオッ!!」
ギルドの自動ドアの死角で、十数人の男子生徒や若手探索者たちが、血走った目で激しい肉弾戦を繰り広げていた。
誰かが一歩でもゆかりさんや先生にアプローチしようとするたび、周囲の男たちが全力で足を引っ張り、羽交い締めにし、力づくで引きずり戻しているのだ。
(……ああ、なるほど……)
すべてを察した。
誰も彼女たちに興味がないのではない。
むしろ人気がありすぎるあまり、男同士の牽制と足の引っ張り合いが完璧な防波堤となり、結果として二人の周りに誰一人として近づけない空白地帯が形成されていたのだ。
「……平和だなぁ……」
男たちの醜くも必死な攻防戦をそっと見届け、僕は静かにギルドの中へと戻った。
カウンターでは、そんな男たちの血みどろの鉄壁防御など知る由もない鳴神先生とゆかりさんが、相変わらずしょんぼりと肩を並べていた。
「……やっぱり、マッチングアプリに登録すべきか……」
「私もプロフィールの写真を撮り直そうかしらぁ……」
ため息をつき続ける二人の背中を見つめながら、僕は(この真実は一生言わないでおこう……)と心の中で静かに誓うのだった。




