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終末日記  作者:
3/20

接続病

2044年。

「それ」は、最初ただの病気だと思われていた。



発端は、北極圏の永久凍土だった。


温暖化によって融解した地層から、

未知の微生物が発見される。


ニュースは少し盛り上がった。


「氷河期以前のウイルス発見」

「古代微生物復活」


いつもの科学ニュースだった。


最初の感染者が出るまでは。



症状は軽かった。


微熱。

倦怠感。

軽い幻覚。


致死率も低い。


各国は「過剰反応は不要」と発表した。


感染拡大は止まらなかった。



奇妙だったのは、

感染者たちが似たことを言い始めたことだった。


「音が聞こえる」


「遠くで誰かが呼んでいる」


「夢がつながってる」


精神疾患扱いされた。


だが脳波検査で異常が出る。


感染者同士の脳活動パターンが、

異常なほど同期していた。



数ヶ月後。


研究者たちは理解し始める。


これは、ただの病原体ではない。


神経細胞間の情報伝達を変化させる、

未知の生物だった。


脳を壊すのではない。


“接続”していた。



感染者は増え続ける。


しかし暴徒化は起きなかった。


むしろ逆だった。


争いが減った。


暴力犯罪が急減する。


感染者たちは、異様な協調性を見せ始めた。


政府は混乱する。


「本当に危険なのか?」



2046年。


世界人口の12%が感染。


その頃には、感染者同士で言語を介さない意思疎通が確認されていた。


脳科学者は否定した。


そんなことは理論上ありえない。


だが現実に起きていた。



感染者はよく空を見ていた。


長時間。


何かを待つように。



2047年。


感染者たちが仕事を辞め始める。


学校にも行かない。


だが社会問題にならなかった。


彼らは暴れない。

犯罪もしない。

ただ静かに集まり始めた。


森へ。

海辺へ。

山へ。


巨大な集団を作って座り込み、

夜空を見続ける。



政府はついに隔離政策を開始する。


だが失敗した。


兵士たちの中からも感染者が出始めたから。


感染者は抵抗しない。


ただ兵士を見て、少し悲しそうな顔をするだけだった。


それが逆に兵士たちを壊した。



2048年。


ある研究施設で、決定的な発見がされる。


感染者たちの脳内には、

極小の生体構造が形成されていた。


それは神経組織と融合し、

微弱な電磁波を送受信していた。


研究者は報告書にこう書く。


「これは病気ではない」


「新しい神経ネットワークだ」



同年。


世界中で出生率が急落する。


感染者たちが、

子供を作らなくなった。


理由を尋ねると、

彼らは皆、同じように答えた。


「もう必要ないから」



2049年。


インターネット上から憎悪が減る。


戦争も減る。


市場競争も崩壊する。


感染者たちは、

“所有”への執着を失っていた。


経済が壊れる。


資本主義は、

「欲望」を前提に成立していたからだ。



2051年。


世界人口の半数が感染。


この頃には非感染者の方が少数派になり始めていた。


非感染者たちは恐怖する。


感染者は笑うことが減っていた。


怒ることも。


まるで、人間ではない別の何かに変わり始めていた。



2053年。


感染者たちが一斉に移動を開始する。


数十億人。


国境を無視して。


軍隊は止められなかった。


誰も戦いたくなかった。



彼らが向かった先は、

赤道付近の巨大な熱帯地域だった。


そこで、世界最大規模の“集合”が始まる。


衛星写真には、

密集する人間の群れが映っていた。


全員、空を見ていた。



2054年7月18日。


世界中の通信が一瞬だけ停止する。


0.7秒。


その瞬間、

全感染者の脳活動が完全同期した。


そして――


全員が動かなくなった。



死んでいた。


苦痛の痕跡はなかった。


まるで眠るようだった。



人類の72%が、

一夜で消えた。



その後、

非感染者たちは生き延びた。


文明も一応続いた。


だが世界は元に戻らなかった。



数十年後。


研究者たちは、最後まで分からなかった。


あれは本当に病気だったのか。


それとも――


人類という種に対して起きた、

“次の進化”だったのか。

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