接続病
2044年。
「それ」は、最初ただの病気だと思われていた。
⸻
発端は、北極圏の永久凍土だった。
温暖化によって融解した地層から、
未知の微生物が発見される。
ニュースは少し盛り上がった。
「氷河期以前のウイルス発見」
「古代微生物復活」
いつもの科学ニュースだった。
最初の感染者が出るまでは。
⸻
症状は軽かった。
微熱。
倦怠感。
軽い幻覚。
致死率も低い。
各国は「過剰反応は不要」と発表した。
感染拡大は止まらなかった。
⸻
奇妙だったのは、
感染者たちが似たことを言い始めたことだった。
「音が聞こえる」
「遠くで誰かが呼んでいる」
「夢がつながってる」
精神疾患扱いされた。
だが脳波検査で異常が出る。
感染者同士の脳活動パターンが、
異常なほど同期していた。
⸻
数ヶ月後。
研究者たちは理解し始める。
これは、ただの病原体ではない。
神経細胞間の情報伝達を変化させる、
未知の生物だった。
脳を壊すのではない。
“接続”していた。
⸻
感染者は増え続ける。
しかし暴徒化は起きなかった。
むしろ逆だった。
争いが減った。
暴力犯罪が急減する。
感染者たちは、異様な協調性を見せ始めた。
政府は混乱する。
「本当に危険なのか?」
⸻
2046年。
世界人口の12%が感染。
その頃には、感染者同士で言語を介さない意思疎通が確認されていた。
脳科学者は否定した。
そんなことは理論上ありえない。
だが現実に起きていた。
⸻
感染者はよく空を見ていた。
長時間。
何かを待つように。
⸻
2047年。
感染者たちが仕事を辞め始める。
学校にも行かない。
だが社会問題にならなかった。
彼らは暴れない。
犯罪もしない。
ただ静かに集まり始めた。
森へ。
海辺へ。
山へ。
巨大な集団を作って座り込み、
夜空を見続ける。
⸻
政府はついに隔離政策を開始する。
だが失敗した。
兵士たちの中からも感染者が出始めたから。
感染者は抵抗しない。
ただ兵士を見て、少し悲しそうな顔をするだけだった。
それが逆に兵士たちを壊した。
⸻
2048年。
ある研究施設で、決定的な発見がされる。
感染者たちの脳内には、
極小の生体構造が形成されていた。
それは神経組織と融合し、
微弱な電磁波を送受信していた。
研究者は報告書にこう書く。
「これは病気ではない」
「新しい神経ネットワークだ」
⸻
同年。
世界中で出生率が急落する。
感染者たちが、
子供を作らなくなった。
理由を尋ねると、
彼らは皆、同じように答えた。
「もう必要ないから」
⸻
2049年。
インターネット上から憎悪が減る。
戦争も減る。
市場競争も崩壊する。
感染者たちは、
“所有”への執着を失っていた。
経済が壊れる。
資本主義は、
「欲望」を前提に成立していたからだ。
⸻
2051年。
世界人口の半数が感染。
この頃には非感染者の方が少数派になり始めていた。
非感染者たちは恐怖する。
感染者は笑うことが減っていた。
怒ることも。
まるで、人間ではない別の何かに変わり始めていた。
⸻
2053年。
感染者たちが一斉に移動を開始する。
数十億人。
国境を無視して。
軍隊は止められなかった。
誰も戦いたくなかった。
⸻
彼らが向かった先は、
赤道付近の巨大な熱帯地域だった。
そこで、世界最大規模の“集合”が始まる。
衛星写真には、
密集する人間の群れが映っていた。
全員、空を見ていた。
⸻
2054年7月18日。
世界中の通信が一瞬だけ停止する。
0.7秒。
その瞬間、
全感染者の脳活動が完全同期した。
そして――
全員が動かなくなった。
⸻
死んでいた。
苦痛の痕跡はなかった。
まるで眠るようだった。
⸻
人類の72%が、
一夜で消えた。
⸻
その後、
非感染者たちは生き延びた。
文明も一応続いた。
だが世界は元に戻らなかった。
⸻
数十年後。
研究者たちは、最後まで分からなかった。
あれは本当に病気だったのか。
それとも――
人類という種に対して起きた、
“次の進化”だったのか。




