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終末日記  作者:
4/20

忘却宇宙

2063年。

最初に消えたのは、「記録」だった。



ある朝、国立図書館の職員が異変に気づく。


書庫にあるはずの本が、一冊だけ存在していなかった。


貸出記録もない。

電子データもない。

職員の記憶にも曖昧さがある。


「そんな本、最初からあったっけ?」


小さな騒ぎで終わった。



だが翌週、別の都市で同じことが起きる。


映画。

論文。

音楽。

古い新聞記事。


何かが少しずつ消えていた。


物理的に。



ネットでは陰謀論扱いされた。


「データ改ざん」

「AI検閲」

「政府の情報統制」


だが説明できない点があった。


紙媒体まで消えている。


ハードディスクのデータだけじゃない。


写真から人物だけが消える。

卒業アルバムの一人が空白になる。


なのに、人々の記憶は曖昧だった。


「最初からいなかった気もする」



2064年。


世界中の学者が気づく。


消失には法則がある。


「人類の認識」に依存している。


多くの人間が忘れた情報ほど、

現実からも消えやすい。


最初はマイナーな作品。

無名の人間。

古い地方史。


だが次第に規模が大きくなる。



ある日、

一つの小国が“消えた”。


戦争ではない。


地図から消えた。

国際記録から消えた。

国境線が変わっている。


近隣住民の記憶も曖昧だった。


「昔から無かった気がする」


しかし、少数だけ覚えている人間がいた。


彼らは恐怖する。


世界そのものが書き換わっている。



パニックが始まる。


人々は記録を保存し始める。


紙に書く。

石に刻む。

音読する。


「忘れるな」


それが合言葉になる。



2065年。


消失速度が加速する。


大学が丸ごと消える。

都市の歴史が消える。

言語が消える。


ある朝、世界人口の数%が、

誰にも認識されなくなった。


家族ですら顔を見ても理解できない。


「誰?」


そして数時間後、

その人間は消える。


肉体ごと。



科学者たちは仮説を立てる。


人類はずっと勘違いしていた。


「現実」が先に存在し、

認識は後から付いてくると思っていた。


逆だった。


人類の集合認識こそが、

現実を固定していた。



インターネットは崩壊する。


情報量が多すぎた。


AI生成コンテンツ。

フェイク映像。

偽史。

大量のノイズ。


人類は「何が本物か」を共有できなくなっていた。


共通認識が崩壊した。


その結果、

現実そのものが不安定化していく。



2066年。


空が裂け始める。


比喩ではない。


空間に、ノイズのような裂け目が現れる。


向こう側には何もない。


光も、空気も、音もない。


観測した人間の多くは精神を病んだ。


脳が理解できなかった。



人類は必死に「世界」を維持しようとする。


子供に歴史を暗唱させる。

巨大図書館を建設する。

世界共通の記録機関を作る。


だが遅かった。


人類は既に、

同じ現実を見ていなかった。



2070年。


月が欠ける。


世界中がそれを見る。


夜空の一部が、

削り取られたように消えていた。


重力異常は起きない。


ただ、“存在だけ”が曖昧になる。


数日後、

月は完全に消える。



潮汐が狂う。


海が暴れる。


生態系が壊れる。


そして何より、

人類の精神が限界を迎える。


「空に月がない」


その事実に、

脳が耐えられなかった。



2071年。


都市が消える。


最初は小都市。


次に大都市。


東京。

ニューヨーク。

上海。


消える瞬間を見た者は少ない。


気づくと、

そこに“最初から何もなかった”。



最後まで残った人類は、

互いに毎日名前を呼び続けた。


忘れないために。


存在を固定するために。



2073年。


地球上に残る人類、

推定数万人。


彼らは巨大な円形都市で暮らしていた。


全員が、24時間、

世界の記録を読み上げ続ける。


山の名前。

海の名前。

動物の名前。

歴史。

数学。

神話。


「世界」を忘れないために。



2074年12月。


最後の記録映像。


老人が子供に言う。


「太陽を忘れるな」


子供は泣きながら頷く。


だがその数秒後、

空から太陽が消える。



映像は、

暗闇の中の絶叫で終わっている。

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