忘却宇宙
2063年。
最初に消えたのは、「記録」だった。
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ある朝、国立図書館の職員が異変に気づく。
書庫にあるはずの本が、一冊だけ存在していなかった。
貸出記録もない。
電子データもない。
職員の記憶にも曖昧さがある。
「そんな本、最初からあったっけ?」
小さな騒ぎで終わった。
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だが翌週、別の都市で同じことが起きる。
映画。
論文。
音楽。
古い新聞記事。
何かが少しずつ消えていた。
物理的に。
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ネットでは陰謀論扱いされた。
「データ改ざん」
「AI検閲」
「政府の情報統制」
だが説明できない点があった。
紙媒体まで消えている。
ハードディスクのデータだけじゃない。
写真から人物だけが消える。
卒業アルバムの一人が空白になる。
なのに、人々の記憶は曖昧だった。
「最初からいなかった気もする」
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2064年。
世界中の学者が気づく。
消失には法則がある。
「人類の認識」に依存している。
多くの人間が忘れた情報ほど、
現実からも消えやすい。
最初はマイナーな作品。
無名の人間。
古い地方史。
だが次第に規模が大きくなる。
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ある日、
一つの小国が“消えた”。
戦争ではない。
地図から消えた。
国際記録から消えた。
国境線が変わっている。
近隣住民の記憶も曖昧だった。
「昔から無かった気がする」
しかし、少数だけ覚えている人間がいた。
彼らは恐怖する。
世界そのものが書き換わっている。
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パニックが始まる。
人々は記録を保存し始める。
紙に書く。
石に刻む。
音読する。
「忘れるな」
それが合言葉になる。
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2065年。
消失速度が加速する。
大学が丸ごと消える。
都市の歴史が消える。
言語が消える。
ある朝、世界人口の数%が、
誰にも認識されなくなった。
家族ですら顔を見ても理解できない。
「誰?」
そして数時間後、
その人間は消える。
肉体ごと。
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科学者たちは仮説を立てる。
人類はずっと勘違いしていた。
「現実」が先に存在し、
認識は後から付いてくると思っていた。
逆だった。
人類の集合認識こそが、
現実を固定していた。
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インターネットは崩壊する。
情報量が多すぎた。
AI生成コンテンツ。
フェイク映像。
偽史。
大量のノイズ。
人類は「何が本物か」を共有できなくなっていた。
共通認識が崩壊した。
その結果、
現実そのものが不安定化していく。
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2066年。
空が裂け始める。
比喩ではない。
空間に、ノイズのような裂け目が現れる。
向こう側には何もない。
光も、空気も、音もない。
観測した人間の多くは精神を病んだ。
脳が理解できなかった。
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人類は必死に「世界」を維持しようとする。
子供に歴史を暗唱させる。
巨大図書館を建設する。
世界共通の記録機関を作る。
だが遅かった。
人類は既に、
同じ現実を見ていなかった。
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2070年。
月が欠ける。
世界中がそれを見る。
夜空の一部が、
削り取られたように消えていた。
重力異常は起きない。
ただ、“存在だけ”が曖昧になる。
数日後、
月は完全に消える。
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潮汐が狂う。
海が暴れる。
生態系が壊れる。
そして何より、
人類の精神が限界を迎える。
「空に月がない」
その事実に、
脳が耐えられなかった。
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2071年。
都市が消える。
最初は小都市。
次に大都市。
東京。
ニューヨーク。
上海。
消える瞬間を見た者は少ない。
気づくと、
そこに“最初から何もなかった”。
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最後まで残った人類は、
互いに毎日名前を呼び続けた。
忘れないために。
存在を固定するために。
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2073年。
地球上に残る人類、
推定数万人。
彼らは巨大な円形都市で暮らしていた。
全員が、24時間、
世界の記録を読み上げ続ける。
山の名前。
海の名前。
動物の名前。
歴史。
数学。
神話。
「世界」を忘れないために。
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2074年12月。
最後の記録映像。
老人が子供に言う。
「太陽を忘れるな」
子供は泣きながら頷く。
だがその数秒後、
空から太陽が消える。
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映像は、
暗闇の中の絶叫で終わっている。




