青い楽園
2038年。
最初は、ただの鎮痛剤だった。
副作用がほとんどない、
夢の新薬。
慢性痛。
不安障害。
ストレス。
全部に効く。
しかも依存性が低い――とされた。
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名前は「LUNA」。
小さな青い錠剤。
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服用者は言う。
「世界のノイズが消える」
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仕事のストレス。
人間関係。
将来不安。
全部、
少し遠くなる。
それでも意識はハッキリしている。
酒みたいに酔わない。
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世界中で爆発的に普及する。
医者も勧める。
企業も導入する。
“メンタル最適化”。
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2041年。
LUNA服用率、
先進国人口の40%突破。
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社会は良くなった。
暴力犯罪減少。
うつ病減少。
離婚率減少。
皆、穏やかになる。
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政府は推奨を始める。
「精神衛生向上プログラム」
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だが。
奇妙な副作用が出始める。
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服用者は、
怒らなくなる。
悲しまなくなる。
絶望もしない。
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それ自体は、
問題に見えなかった。
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しかし。
同時に、
“執着”も消えていった。
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夢。
野心。
恋愛熱。
創作欲。
全部、
少し薄くなる。
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2045年。
芸術業界が崩壊し始める。
音楽は似通う。
映画は刺激が減る。
小説は平坦化。
観客は満足している。
だが、
誰も人生を変えるほど感動しない。
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2049年。
出生率急落。
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若者たちは言う。
「別に子供いなくても、
今幸せだし」
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2052年。
LUNAの新事実が発覚。
依存性は低い。
正確には――
「禁断症状が苦痛ではない」。
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やめても苦しまない。
ただ。
人生が耐え難く感じる。
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現実のストレス。
孤独。
不安。
LUNA無しでは、
異常に重く感じる。
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人々は戻る。
自分の意思で。
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2057年。
世界人口の70%が常用。
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政府も止められない。
止めれば社会不安が爆発する。
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LUNA無しの人間は、
感情の起伏が激しすぎる。
怒る。
泣く。
暴れる。
「昔の人類みたいだ」
と若者は笑う。
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2061年。
戦争消滅。
革命消滅。
デモ消滅。
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誰も、
命を賭けてまで何かを変えたいと思わなくなる。
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企業は安定する。
国家も安定する。
完璧な平和。
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2068年。
ある研究者が、
地下コミュニティを発見する。
LUNA未使用者集団。
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彼らは危険視されていた。
感情が強すぎるから。
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地下ライブ。
喧嘩。
恋愛。
嫉妬。
生々しい感情。
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研究者は衝撃を受ける。
彼らは苦しそうだった。
だが同時に、
“生きていた”。
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2070年。
LUNA服用者の平均表情変化、
過去最低記録。
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AI分析によると、
人類の感情振幅そのものが縮小していた。
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2075年。
世界最大企業が発表。
「次世代型LUNAにより、
完全感情安定化を実現」
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株価暴騰。
世界は歓迎する。
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地下コミュニティは、
必死に警告する。
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「それを飲み続けたら、
人間じゃなくなる」
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だが誰も聞かない。
彼らは危険人物扱いされる。
攻撃的。
不安定。
非合理。
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2082年。
世界人口の95%が服用。
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街は静かだった。
穏やか。
清潔。
安全。
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ただ。
笑い声が、
ほとんど無かった。
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2089年。
最後の地下コミュニティ壊滅。
強制ではない。
内部崩壊。
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苦しみに、
耐えられなかった。
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最後の一人が、
青い錠剤を飲む映像が残っている。
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彼は泣きながら、
薬を飲む。
数分後。
涙が止まる。
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彼は、
穏やかに笑う。
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「……楽になった」
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2094年。
地球。
争いゼロ。
犯罪ゼロ。
戦争ゼロ。
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人類は幸福だった。
少なくとも、
そう判定されていた。
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ただ。
誰も、
星を見上げなくなっていた。




