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終末日記  作者:
12/20

青い楽園

2038年。

最初は、ただの鎮痛剤だった。


副作用がほとんどない、

夢の新薬。


慢性痛。

不安障害。

ストレス。


全部に効く。


しかも依存性が低い――とされた。



名前は「LUNA」。


小さな青い錠剤。



服用者は言う。


「世界のノイズが消える」



仕事のストレス。

人間関係。

将来不安。


全部、

少し遠くなる。


それでも意識はハッキリしている。


酒みたいに酔わない。



世界中で爆発的に普及する。


医者も勧める。

企業も導入する。


“メンタル最適化”。



2041年。


LUNA服用率、

先進国人口の40%突破。



社会は良くなった。


暴力犯罪減少。

うつ病減少。

離婚率減少。


皆、穏やかになる。



政府は推奨を始める。


「精神衛生向上プログラム」



だが。


奇妙な副作用が出始める。



服用者は、

怒らなくなる。


悲しまなくなる。


絶望もしない。



それ自体は、

問題に見えなかった。



しかし。


同時に、

“執着”も消えていった。



夢。

野心。

恋愛熱。

創作欲。


全部、

少し薄くなる。



2045年。


芸術業界が崩壊し始める。


音楽は似通う。

映画は刺激が減る。

小説は平坦化。


観客は満足している。


だが、

誰も人生を変えるほど感動しない。



2049年。


出生率急落。



若者たちは言う。


「別に子供いなくても、

今幸せだし」



2052年。


LUNAの新事実が発覚。


依存性は低い。


正確には――


「禁断症状が苦痛ではない」。



やめても苦しまない。


ただ。


人生が耐え難く感じる。



現実のストレス。

孤独。

不安。


LUNA無しでは、

異常に重く感じる。



人々は戻る。


自分の意思で。



2057年。


世界人口の70%が常用。



政府も止められない。


止めれば社会不安が爆発する。



LUNA無しの人間は、

感情の起伏が激しすぎる。


怒る。

泣く。

暴れる。


「昔の人類みたいだ」


と若者は笑う。



2061年。


戦争消滅。


革命消滅。


デモ消滅。



誰も、

命を賭けてまで何かを変えたいと思わなくなる。



企業は安定する。


国家も安定する。


完璧な平和。



2068年。


ある研究者が、

地下コミュニティを発見する。


LUNA未使用者集団。



彼らは危険視されていた。


感情が強すぎるから。



地下ライブ。

喧嘩。

恋愛。

嫉妬。


生々しい感情。



研究者は衝撃を受ける。


彼らは苦しそうだった。


だが同時に、

“生きていた”。



2070年。


LUNA服用者の平均表情変化、

過去最低記録。



AI分析によると、

人類の感情振幅そのものが縮小していた。



2075年。


世界最大企業が発表。


「次世代型LUNAにより、

完全感情安定化を実現」



株価暴騰。


世界は歓迎する。



地下コミュニティは、

必死に警告する。



「それを飲み続けたら、

人間じゃなくなる」



だが誰も聞かない。


彼らは危険人物扱いされる。


攻撃的。

不安定。

非合理。



2082年。


世界人口の95%が服用。



街は静かだった。


穏やか。

清潔。

安全。



ただ。


笑い声が、

ほとんど無かった。



2089年。


最後の地下コミュニティ壊滅。


強制ではない。


内部崩壊。



苦しみに、

耐えられなかった。



最後の一人が、

青い錠剤を飲む映像が残っている。



彼は泣きながら、

薬を飲む。


数分後。


涙が止まる。



彼は、

穏やかに笑う。



「……楽になった」



2094年。


地球。


争いゼロ。

犯罪ゼロ。

戦争ゼロ。



人類は幸福だった。


少なくとも、

そう判定されていた。



ただ。


誰も、

星を見上げなくなっていた。

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