その21 「魔王との決戦」
漆黒の大きな門に手をかける。
ギィィィ……。
重たい音を響かせながら、ゆっくりと扉が開いていく。
中は暗かった。
壁にはいくつもの青い篝火が並び、青白い炎が静かに揺れている。
「……行こう」
「うん」
エレナと私は、警戒しながら広間の奥へ進んだ。
足音だけが、広い空間に響く。
しばらく歩いた、その時だった。
「この間へやってきたヒューマン……いや、人族は初めてだ」
突然、声が響いた。
「!」
私とエレナは同時に身構える。
「そう構えるな」
声の主は、どこか楽しそうだった。
「まずは話をしようじゃないか」
その言葉と同時に、壁に並んでいた青い篝火が一斉に消える。
代わりに――。
天井からいくつもの灯りが点いた。
「……っ」
あまりの明るさに目を細める。
徐々に目が慣れていく。
そして、声のした方向を見る。
そこに立っていたのは、一体の魔族だった。
漆黒の甲冑。
巨大な身体。
そして、六本の腕。
その姿だけで、ただ者ではないことがわかる。
「……お前が、魔王……」
エレナが呟く。
「はじめましてだな、勇者エレナ」
六本腕の魔族が口元を歪めた。
「我は魔王ヴァルゼイン」
その名を聞いた瞬間、身体中に寒気が走った。
これが、魔王。
私たちが追い続けてきた存在。
「そして……」
ヴァルゼインの視線が私へ向く。
「貴様が聖女リサだな?」
「……」
その眼力に圧倒され、一歩だけ後ずさってしまう。
凄まじい。
魔力だけではない。
目の前に立っているだけで、身体が本能的に恐怖を感じている。
「ふ……失礼な奴らだ」
ヴァルゼインが鼻で笑った。
「我が自己紹介したにもかかわらず、無視とは」
「……」
エレナが一歩前へ出る。
「私が勇者エレナ。そして、彼女が――」
「光の聖女リサよ」
「ふ……」
ヴァルゼインが笑った。
「人族の希望と呼ばれる二人に会えて光栄だな」
「だが、その希望がか弱いヒューマンというのは皮肉だな」
六本の腕をゆっくり広げる。
「では、話をしようじゃないか」
「話すことなんてない」
エレナが即答した。
「……ほう?」
「魔族は、私の家族を殺した」
エレナの拳が強く握られる。
「私の故郷を滅ぼした」
クラウ・ソラを握る手に力が入る。
「多くの人が死んだ」
一歩。
エレナが前へ出る。
「そして、今も多くの人が悲しんでいる」
その声には、怒りが滲んでいた。
「その原因であるお前を殺すために、私はここまで来た」
クラウ・ソラを魔王に向ける。
「……」
「お前と私が語らうのは、戦いでだ」
エレナが両手にクラウ・ソラを持ち構える。
「さぁ」
「…………」
ヴァルゼインが黙った。
しばらくエレナを見つめる。
そして――。
「なるほど」
小さく呟いた。
「貴様の考えはわかった」
ヴァルゼインがこちらへ歩き出す。
「ならば――」
その姿が、一瞬で消えた。
「ご希望通り、戦いで語ろうか」
「――っ!」
次の瞬間。
エレナの目の前にヴァルゼインが現れた。
「ぬぅん!」
巨大な拳が振り抜かれる。
「はぁぁぁぁ!」
エレナも叫ぶ。
膂力変換魔法を最大まで引き上げる。
そして――。
ドォンッ!!
ヴァルゼインの拳を、左腕だけで受け止めた。
「ぐっ……くぅぅぅ……!」
エレナの身体が後ろへ押される。
床が足元から砕けていく。
「おぉ……」
ヴァルゼインが感心したように声を漏らした。
「よくぞ我の一撃を片腕で受け止めた」
「エレナ!」
私が叫ぶ。
その声に反応するように、エレナの身体が動いた。
「このぉっ!」
受け流す。
そして――。
「はぁっ!」
魔王の顔面へ膝蹴りを叩き込む。
だが――。
「遅い」
ヴァルゼインが頭を僅かに逸らす。
膝が空を切った。
「くっ!」
エレナはその勢いを利用する。
身体を空中で捻り――。
そのまま、踵を振り下ろした。
「――っ!」
しかし、ヴァルゼインはすでに距離を取っていた。
エレナの踵が床を砕く。
「さすが勇者エレナ」
ヴァルゼインが笑う。
「噂に違わぬ戦闘センスだ」
私も杖を構える。
「エレナ、援護するわ!」
「あぁ!」
ヴァルゼインが六本の腕をゆっくりと動かす。
「では――」
四本の手に、漆黒の靄が集まり始めた。
靄は徐々に形を変え――。
四本の漆黒の剣へと変わった。
「我も剣を使うとしよう」
残る二本の腕は、何も持っていない。
それが逆に不気味だった。
「卑怯とは言うまい?」
「……望むところだ!」
エレナがクラウ・ソラを構える。
ヴァルゼインが地面を蹴った。
「来る!」
「リサ、援護頼む!」
「わかった!」
エレナは前へ。
私は距離を取る。
白銀の剣と漆黒の四本の剣が、真正面から激突した。
――キィィィンッ!!
甲高い金属音が、魔王の間に響き渡った。
キィンッ!
キィンッ!
キィンッ!
四本の剣が、あらゆる方向からエレナへ襲い掛かる。
右。
左。
上。
そして、死角からもう一本。
一本の剣で四本の剣を相手にする。
普通ならば、とっくに身体を切り刻まれていてもおかしくない。
だが――。
「くっ!」
エレナはそれを捌いていた。
クラウ・ソラを巧みに操り、迫り来る刃を弾き、受け流し、時には身体を捻って紙一重でかわす。
その戦闘センスは、これまでの旅でも何度も私たちを驚かせてきた。
けれど。
相手は魔王。
今まで戦ってきた魔族とは、何もかもが違う。
「はぁっ!」
エレナが剣を振り抜く。
魔王ヴァルゼインは二本の剣でそれを受け止め、残った二本の剣を同時に振り下ろした。
「っ!」
エレナは身体を反らしてかわす。
その頬を、剣先が掠めた。
赤い線が走る。
「エレナ!」
「大丈夫!」
そう答えながらも、エレナの表情には余裕がない。
私も魔法を使おうとする。
けれど――。
「速すぎる……」
魔王とエレナの距離が近すぎる。
私が攻撃魔法を使えば、エレナまで巻き込んでしまう。
かといって、エレナから距離を取ることもできない。
魔王の四本の剣を相手にしている今、エレナは一瞬たりとも集中を切らせない。
「ぐっ……!」
また一撃。
エレナが受け止める。
だが、その直後。
「そこだ」
「っ!」
別の剣がエレナの脇腹を掠めた。
服が裂け、血が滲む。
さらに一歩。
エレナが後退する。
一歩。
また一歩。
いつの間にか、エレナは魔王に押し込まれていた。
「癒光!」
私はすぐに回復魔法を放った。
淡い光がエレナの身体を包み、傷が塞がっていく。
「ほう」
魔王がこちらを見る。
「回復魔法が早いな」
「エレナ!」
私は叫ぶ。
「私が回復するから、気にせず突っ込んで!」
「……サンキュ!」
エレナが笑った。
そして、大きく後ろへ跳ぶ。
魔王との距離が開いた。
エレナは着地すると、クラウ・ソラを両手で握り直した。
その白銀の剣から、淡い光が漏れている。
「いくぞ」
「来い、勇者」
魔王が四本の剣を構える。
エレナの身体に魔力が集まっていく。
クラウ・ソラにも、それが流れ込んでいく。
「ふんっ!」
エレナが上段から剣を振り抜いた。
瞬間。
「――!」
空気が震えた。
クラウ・ソラから放たれた魔力の刃が、三日月を描きながら魔王へと飛んでいく。
今までのエレナなら、こんな攻撃したら剣が折れていた。
それほどの魔力が、クラウ・ソラによって一つの斬撃へと変換されている。
「いいだろう」
魔王は笑った。
「受けて立つ」
四本の剣が動く。
魔王の四本の腕が、まるで一つの意思を持つかのように連動した。
四本の剣が重なり合う。
漆黒の魔力が集まり、一本の巨大な大剣へと変わっていく。
「――ふんっ!」
魔王もまた、剣を振り抜いた。
エレナの斬撃と、魔王の大剣が正面からぶつかる。
轟音が魔王の間を揺らした。
「くそっ!」
エレナが歯を食いしばる。
白銀の斬撃が、徐々に押し返されていく。
パァンッ!
魔力の刃が弾け飛んだ。
魔王は微動だにしていない。
「なかなか良い攻撃だ」
魔王が大剣を肩に担ぐ。
「だが、それが貴様の全力なら――」
「……」
「まだ我には届かぬな」
エレナは何も言わなかった。
ただ、クラウ・ソラを握り締めている。
「エレナ……」
私も思わず声を漏らした。
今のは間違いなく、エレナの全力だった。
それを魔王は正面から受け止めた。
「これは……」
小さく呟く。
「やばいわね」
私は思わず身構えた。
けれど、エレナは違った。
エレナの瞳に浮かんでいたのは、恐怖ではなかった。
悔しさ。
そして――決意。
「……」
エレナがクラウ・ソラを見る。
白銀の刃が、淡い光を放っている。
「この剣の全力を受け止められた」
「エレナ……」
エレナが一歩、前へ出る。
「イグニスの人たちも」
もう一歩。
「父様も、母様も」
さらに一歩。
「私を育ててくれたみんなも……」
クラウ・ソラを握る手に力が入る。
「全部、こいつに奪われた」
エレナが魔王を真っ直ぐに見据える。
「だから――」
その身体から、これまでとは比べ物にならないほどの魔力が溢れ始めた。
「この程度で終われるわけないだろ!」
魔王ヴァルゼインの口元が僅かに吊り上がる。
「……そうだ」
「………」
「それでいい」
魔王が四本の剣を構え直す。
「それこそが、我が待ち望んでいた勇者だ」
魔王の魔力が膨れ上がる。
「さあ、見せてみろ」
「貴様が人族の希望と呼ばれる理由を」
エレナが構える。
私も杖を握り直した。
第二ラウンドの始まりだ。
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次話は8/27木曜日22時に公開予定です。
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