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その18 「いざ、魔王城へ」

 イグニス王都近くの森へ到着した私たちは、保護した人々と騎士団を伴い、再びリレトの森へ入った。


 生き残ったイグニスの騎士団や冒険者達とはここで別れた。


 「お願いします!」


 エレナは、彼らに深々と頭を下げた。


 そして、行きとは違い、今回は多くの人を連れている。


「……妙ね」


 レインが周囲を見渡す。


「何が?」


 エレナが尋ねる。


「ここまで魔物は居たけど、魔族がいないわ」


「確かに……」


 ノンナも頷いた。


「北へ集まっているのかも」


 ザインが呟く。


 私もそう思った。


 魔王軍は、何か大きな作戦を進めている。


 そんな気がしてならなかった。


 やがて森を抜ける。


 その先に見えてきたのは、バイエルン帝国の国境を守る巨大な城塞都市パラナ。


 イグニス王国からバイエルン帝国に入る際、最初の街にして、魔王軍の侵攻を防ぐために作られた要塞都市だ。


 私たちはここにイグニス王都から保護した人々と騎士団を残すことにした。


「ではここで別れましょう」


エレナが騎士団の隊長に告げる。


「皆さんのこと頼みますね」


「お任せください、勇者エレナ様」


「……ありがとう」


 エレナは頭を下げた。


 そして私たちは、急ぎバイエルン帝都へ向かった。


 道中で襲ってきたのは魔物ばかりだった。


 魔族の姿は、やはり一度も見なかった。


「本当に北へ集まっているのかもね」


 レインが馬を走らせながら呟く。


「なら、急いだ方がいいな」


 ノンナが答える。


「うん」


 エレナも頷いた。


「魔王軍が何をしようとしているのか分からない。でも、私たちが魔王を倒せれば……」


 その言葉の続きを、誰も口にはしなかった。


 短い期間で、私たちはバイエルン帝国の帝都へ到着した。


 城へ着くと、すぐに皇帝への謁見を申し込んだ。


「光の聖女リサ様がいらっしゃるなら会われるそうだ」


 謁見は驚くほど早く決まった。


 私がいるならばすぐに会うというのが、どうも腑に落ちない。


 そして私たちは、再び皇帝の前に立った。


「よく戻ったな、勇者エレナ。そして光の聖女リサよ」


「お久しぶりです、陛下」


 エレナが跪く。


 私もそれに倣った。


 皇帝の目線が気持ち悪い。


「イグニス王国のことは聞いている。辛かったであろう。そして、よくぞ生き残った者たちを救ってくれた」


「ありがとうございます」


 エレナが頭を下げる。


 そしてレインが、今回の作戦について説明を始めた。


「私たちは、エルフやバイエルン帝国軍が魔王軍と戦っている隙に、魔王城へ向かいたいと思っています」


「つまり、お前たちだけで魔王を討つと?」


「はい」


 皇帝はしばらく黙っていた。


「……無謀だな」


「分かっています」


 エレナが答える。


「ですが、囮になっていただいている間、私たちが魔王を直接狙った方が勝機はあります」


 レインが続ける。


「それに、勇者エレナは以前から各地の魔王軍拠点を潰してきました。魔王軍の戦力はかなり削られています」


「なるほど」


 皇帝はしばらく考えた後、頷いた。


「分かった。帝国軍を動かそう」


「ありがとうございます!」


「エルフについては私が直接話をつける」


「陛下自らですか?」


「エルフ達と我々で共に戦わねば魔王軍とは勝負になるまい」


 皇帝の表情が少し険しくなる。


「私がオーレリアと話をする。その間に、お前たちは先へ進め」


「はい!」


 エレナが力強く返事をした。


「だが、上手くタイミングが合えば良いが……」


「そこは、私の飼っているこの鳩をお使いください」


 レインは伝書鳩を数羽飼っており、この鳩で情報をもらう。


「なるほど、では我に一羽貰おう」


 こうして、私たちの魔王城攻略作戦が正式に始まった。


 「早速準備をする。勇者よ、頼むぞ」


 バイエルン帝国を出て、私たちは北東へ進んだ。


 目的地は、エルフの都エルディアの東側にある海。


 そして、その海上に浮かぶ都市――スーラン。


 かつて魔王軍に占領されていた都市だ。


 エレナたちが奪還したことで、今では少しずつ復興が始まっているらしい。


「久しぶりだなスーラン」


 ザインが頷く。


「エレナとの旅の初期の頃だから、二年くらいなるのか」


 ノンナが感慨深そうに話す。


「私が仲間になる前ね」


 レインが話す。


「あの頃はまだ冒険者のイロハがわかってなかった時だね」


 エレナが笑いながら話す。


「私が居たら簡単だったのにね」


「居なくても大丈夫だったし」


 いつものように二人が言い合う。


 私はそんな二人を見ながら、小さく笑った。


 この旅を始めてから、ずっとこうだった。


 魔物と戦い。


 街を越え。


 仲間と話し。


 そして、少しずつ前へ進む。


 不思議だった。


 私は何か大切なものを忘れている。


 そんな感覚がずっとある。


 それでも、この仲間たちといることに不安はなかった。


 むしろ、エレナの隣にいると何故か落ち着いた。


 胸が少しだけ痛むことはあるけれど。


 それが何なのかは、まだ分からない。


 やがて、海上都市スーランへ到着した。


 かつて魔王軍に占領されていた街は、まだ完全には復興していなかった。


 ところどころに戦いの爪痕が残り、建物も空き家が多い。


 それでも、港には人がいた。


「船を出してくれる人を探さないとね」


 レインが言う。


「魔王城のある場所まで行く船か……」


 ザインが海を見る。


「普通の船じゃ無理じゃないか?」


「そもそも、魔王城は本当にこの先なのか?」


 ノンナが尋ねる。


「これまでの魔王軍の動きから考えると、この先なのは間違いないわ」


 レインがため息をついた。


「問題は、誰がそんな危険な場所まで連れて行ってくれるかだけど」


「お金なら帝国からある程度もらってるよ」


 エレナが袋を持ち上げる。


「船を買う?」


「買ってどうするのよ。私たち誰も船を操縦できないでしょ」


「……そうだった」


 エレナが苦笑する。


「じゃあ、船乗りを探そう」


「そういうこと」


 私たちは港へ向かった。


 魔王城へ続く海。


 その先に何が待っているのか。


 私たちはまだ知らない。


 ただ一つだけ分かっていることがある。


 この先にいるのは――魔王。


 そして、私たちはその魔王を倒すためにここまで来たのだ。


「よし!」


 エレナが港を見渡す。


「まずは船乗り探しだ!やるぞー!」


「エレナ、もう少し静かにして……」


 ザインが苦笑する。


「だって、元気よく行こうよ!」


 エレナは笑っていた。

 

 その笑顔を見ながら、私は思った。


 この旅も、もうすぐ終わるのだろうか。


 そんなことを考えた瞬間。


 また、胸の奥がチクリと痛んだ。


 私たちは港へ向かった。


 そこには、数隻の船が停泊していた。


 一番大きな船を持っていると言われる船長の元へ向かった。


「魔王城のある島まで行ってくれる船乗りを探している?」


 男が目を丸くする。


「そうです」


 エレナが答える。


「悪いことは言わん。やめておけ」


「どうして?」


「この先の海は、もう普通の海じゃない」


 男は海の向こうを見つめた。


「魔王軍が海まで支配している。魔物もいる。船を出した奴らが帰ってこないこともある」


「それでも行かなきゃいけないんです」


 エレナは迷わなかった。


「魔王を倒すために」


 男はしばらくエレナを見つめる。


「……その髪色…あんたが勇者様か」


「はい」


「なるほどな」


 男は頭をかいて、小さく息を吐いた。


「なら、船を出してやる」


「本当!?」


 エレナの顔が明るくなる。


「ただし、俺一人じゃ無理だ。仲間を集める時間が必要だ」


「どれくらい?」


「三日だ」


「わかった。三日待つよ。ありがとう」


 エレナは即答した。


「この街を解放してくれた、あんたへの礼だ」


「そんな……当たり前のことをしたまでさ」


 こうして私たちは、魔王城へ向かう船を手に入れた。


 いざ――魔王城へ。


 私たちの長い旅は、いよいよ最後の地へ向かおうとしている。


 三日後――。


 海上都市スーランの港には、数隻の船が集まっていた。


「船長!」


「おう!来たな。これだけの人数集めたぞ!」


 先日話した船長の前には、私たちと共に魔王城へ向かう船乗りたちが並んでいる。


 皆、表情には緊張が浮かんでいた。


 当然だ。


 これから私たちが向かうのは、魔王軍の本拠地。


 そして、そこに魔王がいる。


 それでも、誰一人として逃げようとはしなかった。


「みんな、よろしくお願いします!」


 エレナが頭を下げる。


「この街を魔族から解放してくれた勇者様の頼みだからな」


「俺たちも、少しくらい恩返しをしなきゃならん」


「正直、魔王城なんて怖くて仕方ねぇけどな」


 一人の船乗りが苦笑する。


「でも、あんたら勇者一行に比べりゃ、俺たちなんてまだマシだろ」


「そうそう!」


「怖いのはみんな一緒だ!」


 船乗りたちから笑い声が上がった。


 エレナも笑う。


「ありがとう。必ず、この街に戻ってこよう」


「おう!」


「じゃあ、船に乗れ!お前ら、荷を載せろ!」


 船長の声が響く。


 私たちは船へと乗り込んだ。


 港を離れ、船がゆっくりと沖へ進んでいく。


 見送ってくれる人たちの姿が、少しずつ小さくなっていった。


 私は甲板から街を眺める。


 この街も、エレナ達が魔族から取り戻した場所。


 以前は魔王軍に支配されていた。


 それをエレナ達が奪い返した。


 そのおかげで、今こうして私たちは海へ出られている。


 長い旅だった。


 村を出て。


 バイエルン帝国へ行き。


 エルフの都へ入り。


 そして、イグニス王国でエレナの故郷を見た。


 たくさんの人に出会った。


 そして、たくさんの人を失った。


 気がつけば、私たちは魔王のところへ向かっている。


「……本当に、最後なんだね」


 隣にいたエレナが呟いた。


「そうね」


「ここまで来たんだな」


 エレナは海の彼方を見つめていた。


 その左腕には、あのオリハルコンの小手。


 そして、その中には――クラウ・ソラが眠っている。


「リサ」


「なに?」


「帰ろうね」


 エレナがこちらを見る。


「みんなで」


 私は少しだけ驚いた。


 けれど、すぐに笑った。


「えぇ。帰りましょう」


 その時だった。


「おーい!」


 船員の一人が叫んだ。


「何か飛んでくるぞ!」


 空を見上げる。


 一羽の白い鳩が、こちらへ向かって飛んできた。


「レイン!」


「私の伝書鳩ね」


 レインが手を伸ばす。


 鳩はその腕に止まった。


 足には小さな紙が括り付けられている。


「バイエルン帝国の皇帝からだわ」


 レインが紙を開く。


 そこには短い文章が書かれていた。


『エルフ女王との交渉は纏まった。

魔族が北部海岸へ上陸し、戦争開始。

1038.3.25.2』


「……始まった」


 ノンナが呟く。


「日付と鐘の数まで書いてあるな」


 ザインが紙を覗き込む。


「私の伝書鳩なら、一日で千キロ以上は飛べるわ」


 レインが空を見上げる。


「だから、この手紙を書いた時点から、一日くらい経ってると思う」


「つまり――」


 エレナが立ち上がった。


「戦いは、まだ始まったばかりなんだな」


「そういうことね」


 船長が海図を広げる。


「目的地のノルディア島までは?」


「風にもよるが、一日あれば着く」


「なら、間に合う!」


 エレナの目に力が戻る。


「急ごう!」


「おう!」


 船乗りたちが一斉に動き始める。


 帆が張られ、船が速度を上げていく。


 目指すのは、北部の海に浮かぶノルディア島。


 魔王軍が大陸へ侵攻するため、最初に占領した島。


 そして、魔王城があると噂される場所。


 私は船の先に広がる海を見つめた。


 この先に魔王がいる。


 これまで私たちが戦ってきた魔族。


 失った多くの命。


 胸の奥が、また少しだけ痛む。


 けれど、その理由はまだ分からない。


「リサ!」


 エレナの声がする。


 振り向くと、彼女が笑っていた。


「大丈夫か?」


「……えぇ!」


 私も笑って答えた。


 船は北へ進んでいく。

 

 その先に待つものが何なのか。


 私たちは、まだ知らない。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は8/20木曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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