その17 「滅亡した国での決意」
私たちは、半壊した屋敷に残っていたエレナの部屋で寝泊まりすることにした。
幸い、部屋そのものは大きく損傷していなかった。
持参していた保存食を取り出し、簡単な料理を作る。
二人だけの夕食。
こんな状況なのに、妙に落ち着いた時間だった。
「そういえばさ、リサって魔法はいつから使えたの?」
「物心ついた頃には使えていたと思うわ」
「へぇ……私も小さい頃から訓練してたんだよ」
そこから、お互いたくさんの話をした。
エレナはーー。
この屋敷で暮らしていた頃の話。
魔法や剣の訓練を始めた頃の話。
初めて魔族を倒した時の話。
貴族として受けていた教育。
父親や母親のこと。
兄たちとの思い出。
仲の悪い姉二人の話。
側付きメイドの話。
十五歳になり、勇者として旅に出るまでの話。
たくさん話してくれた。
私の方はーー。
両親が殺されたこと。
助けられて義父母の養護施設で育ったこと。
回復魔法が得意で、多くの人を助けたこと。
十五歳の時に女神の啓示で光の聖女になったこと。
火事で義父母や子供達を亡くしたこと。
エレナ達と出会ったこと。
そんな会話をした。
話を聞けば聞くほど分かってくる。
エレナは、この屋敷で本当に幸せに暮らしていたのだ。
もちろん厳しいこともあっただろう。
けれど、それ以上に大切な人たちに囲まれていた。
だからこそ、この場所での喪失感は、私には想像もできないほど大きいのだろう。
そんな話を聞いている途中。
胸が、チクリと痛んだ。
「……?」
私は胸元に手を当てる。
どうしてだろう。
エレナの話を聞いているだけなのに。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもないわ」
きっと感情移入してしまったのだろう。
そう思うことにした。
しばらくすると、エレナが少し照れたように笑った。
「リサってさ、私が昔お世話になった人に似てるんだよ」
「私が?」
「うん」
「どんなところが?」
「なんていうか……かなりしっかり者で、たまに冷たくてクールだったかな」
「えっ?それは褒めてんの?」
「もちろん!」
エレナは笑う。
「でも、すごく愛情深くてさ。家族のことをすごく大切にする人だったよ」
「ふーん……優しい人だったのね」
「そう!」
エレナは嬉しそうに頷いた。
「すごく優しい人だった」
「そう……」
確かに私にそっくりなのかもしれない。
そう考えていると。
また胸がチクリと痛んだ。
さっきよりも、少しだけ強く。
「……変なの」
「何が?」
「なんでもない」
私は笑って誤魔化した。
その人のことを知らない。
会ったこともない。
なのに、なぜか、その話を聞いていると胸が苦しくなる。
理由は分からなかった。
その日は二人ともかなり疲れていたのだろう。
話しているうちに眠気が襲ってきた。
「奥に隠し部屋があるから、そこで今日は寝ようか」
「ちょっとワクワクするわね」
私達は笑った。
少しだけ、暗い雰囲気が明るくなった瞬間だった。
私たちは屋敷の奥へ身を隠し、そのまま眠りについた。
翌朝。
私たちは朝からブレイジングの街を見回った。
もしかすると、どこかに生存者がいるかもしれない。
そう思ったからだ。
けれど――。
「……誰もいないね」
「うん……」
どれだけ探しても、生きている人間を見つけることはできなかった。
残っていたのは、破壊された家々。
焼け落ちた店。
崩れた建物。
そして、街のあちこちに残されたヒューマンと魔族の遺体だけだった。
ブレイジング領は、完全に壊滅していた。
「私は、故郷を失ったんだな」
ポツリと言ったエレナの言葉に反応した。
私は彼女の手を握った。
「私は側にいるから、安心して」
エレナは笑ってくれた。
街は広かったが、何とか夕方までには全て回れた。
そして、一通り見て回った後。
「リサ!エレナ!」
聞き慣れた声が聞こえた。
振り返る。
そこにはレイン、ノンナ、ザインの三人がいた。
「みんな!」
エレナが駆け寄る。
「無事だったんだね」
「そっちこそ。随分ひどい顔してるわよ」
レインがエレナを見る。
「……うん」
エレナは少しだけ俯いた。
「いろいろあったからね」
私は何も言わず、エレナの隣に立った。
三人の報告を聞く限り、イグニス王都も壊滅していた。
城は半壊し、街には瓦礫と火の手が広がっていたという。
そこら中に人々の遺体があり、生き残った者たちは恐怖に怯えながら身を寄せ合っていた。
そして、まだ魔族も残っていた。
「私たちは残っていた騎士団をまとめて、魔族の討伐をして回ったの」
レインが静かに話す。
「バイエルン帝国から派遣された冒険者や騎士団は何とか生きてたぞ」
ノンナが付け加える。
「そして、王都に残っていた魔族は、ほとんど倒したわ」
「でも……王族や貴族は、全員殺されてた」
レインが俯く。
「捕まえた魔族から聞いた話では、ブレイジング領以外の街や村も襲ったようだ」
ノンナが続ける。
「最後の目標として、イグニス王都とブレイジング領へ魔族が集まったらしい」
ザインが拳を握る。
「この二か所を、最後の目標として……」
「そうか」
エレナは静かに答えた。
「三人とも、ありがとう」
「ありがとうじゃないわよ!」
レインが声を荒らげる。
「エレナの方が大変だったでしょ。ご家族を亡くして……」
「……うん」
エレナは少しだけ目を伏せた。
「でも、リサが手伝ってくれたから」
「そう……」
レインが私を見る。
「私たちも手伝いたかったわ」
「その気持ちだけで充分だよ」
エレナは微笑んだ。
そんなエレナを見て、レイン達は悲しい表情をしていた。
私たちは五人で、亡くなった人々のために祈りを捧げた。
「どうか、安らかに」
しばらくして、レインが口を開く。
「これから、どうしようか」
「……一つ、提案してもいい?」
私は四人を見渡した。
「エルフの都から北部大陸へ渡るのは、やめない?」
「エルフの都へ戻らないってこと?」
エレナが驚く。
「ええ」
私は頷いた。
「エルフ達は自分たちの都を守ることしか考えていないように感じるわ。それに、私たちが出国しようとした時も行く手を阻んできた」
あの時のことを思い出す。
イグニス王国が魔王軍に襲われていると知りながら、私たちを都に留めようとした。
「また私たちの行手を阻まれる可能性もあるわ」
「そうね」
レインが頷いた。
「私も同意見」
「私も、あの街には戻りたくないな」
ノンナも続く。
「エルフ達の考えは些か目に余る物があったな」
ザインも頷いた。
エレナは少し考えてから口を開いた。
「……うん。私も今の気持ちでは戻りたくないかな」
「勇者としては失格なのかもだけど……」
五人の意見が一致した。
その時だった。
「それなら、私から提案があるわ」
レインが話し始める。
「イグニス王都近くの森に、生き残った騎士団と街の人たちを残してきたの」
「合流するんだろ?」
ノンナが尋ねる。
「そうだけど、生き残ったイグニスの騎士団と冒険者は、生き残りを探すために、王国内の街や村を回るそうよ」
レインは続けた。
「私達とバイエルン帝国の騎士団は、助けた人たちを護衛して、安全な場所まで連れて行かない?」
「なるほど……」
ザインが頷く。
「そしてその後、一度バイエルン帝国へ戻らない?」
「帝国へ?」
エレナが聞き返す。
「ええ」
レインが真っ直ぐエレナを見る。
「皇帝に頼んで、私たちだけで魔王城へ向かうための準備を手伝ってもらうのよ」
「魔王城へ、私たちだけで?」
「そう」
レインが頷く。
「エルフ達は恐らく自分たちを守るために、私達が不在でも軍を動かすわ」
「同じタイミングで、バイエルン帝国の軍にも動いてもらって、魔王軍の主力を引きつけてもらう」
「……なるほど」
ノンナが腕を組む。
「大軍同士をぶつけて、魔王軍の戦力をそちらに集中させる」
「その隙に、私たちは別のルートから魔王城へ向かう」
ザインが続ける。
「五人だけでか……」
「そう」
レインが頷いた。
「エルフとバイエルン帝国の軍が魔王軍を引きつけている間に、私たちだけで魔王を討つ」
私は黙って五人を見渡した。
魔王討伐。
これまで何度も口にしてきた言葉だ。
けれど、今までとは意味が違う。
本当に魔王のいる場所へ行く。
そして、魔王を殺す。
エレナが静かに立ち上がった。
「……うん、いいね」
その瞳には、先ほどまでの悲しみとは違う光が宿っている。
「私たちだけで行こう」
「エレナ……」
「もう誰かに止められるのは嫌だ」
エレナはクラウ・ソラ顕現させて握る。
「イグニスの人たちも、私の家族も……救えなかった」
その声が僅かに震える。
「だからせめて、これ以上誰も殺されないようにする」
そして、エレナが私たちを見る。
「私たちだけで、魔王を倒そう」
「そうね」
私は静かに頷いた。
「ええ」
レインも。
「いいな!」
ノンナも。
「いよいよだね」
ザインも。
それぞれが頷いた。
五人の視線が交わる。
魔王討伐の旅は、ここから大きく形を変えようとしていた。
そして私はまだ知らなかった。
この選択が、私と女神の計画を大きく狂わせてしまうと言うことを。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は8/18火曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い申し上げます。
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