その16 「天涯孤独」
私が氷を溶かす作業をしている間に、集まってきた魔族たちは、エレナによって全て倒されていた。
新しく生まれたエレナの剣――クラウ・ソラ。
その力は、想像以上だった。
切れ味。
エレナの魔力との適応性。
そこから生み出される火力。
どれを取っても、この世界に存在する武器を遥かに上回っているように思える。
そして、折れたりしない。
アクセサリーのように、オリハルコンを使って剣を作るという、私の提案は上手くいったらしい。
私はそんなことを考えながら、エレナの家族が眠る氷塊へ魔力を流し続けていた。
これがなかなか溶けない。
「リサ、大丈夫?」
ふと、エレナの声が聞こえた。
「大丈夫よ。もう少し待って」
私は氷塊から目を離さずに答える。
「それよりエレナは、そっちの荒れてない中庭の部分を掘ってもらってもいい?」
「うん。分かった!」
エレナは素直に頷くと剣を小手に戻し、近くにあった道具を手に取った。
そして、黙々と地面を掘り始める。
しばらくして――
「リサ、ありがとう」
小さな声が聞こえた。
あまりに小さくて、聞き間違いかもしれない。
けれど、私は確かにそう言ったように聞こえた。
「……どういたしまして」
私は小さく笑った。
それから、どれほど時間が経っただろう。
ある程度の氷が溶けた。
「……」
中に収められていた遺体は、驚くほど綺麗な状態だった。
まるで、今にも目を覚ましそうなくらいに。
「エレナ!」
私は声をかける。
「溶けたわ!」
「本当!?」
エレナがこちらへ走ってくる。
そして、氷の中から姿を現した家族たちを見つめた。
しばらく何も言わない。
ただ、静かに立っている。
「リサ……ありがとう」
「いいのよ」
私は笑って答えた。
エレナはしばらく家族を見つめた後、少し申し訳なさそうに口を開いた。
「……悪いんだけど、少しだけ一人にしてくれないか」
私はそれ以上、何も聞かなかった。
「えぇ。私はあっちで穴を掘ってるわね」
「……ごめんね」
「気にしないで」
私はその場を離れた。
少し離れた場所まで歩き、エレナの姿が見えなくなったところで、私は再び地面を掘り始めた。
スコップを握る。
土を掘る。
また掘る。
エレナが家族と最後の時間を過ごせるように。
私は何も聞かず、ただ墓を作り続けた。
墓を掘り続ける間、私はいろいろなことを考えていた。
義父さん。
義母さん。
そして、子供たち。
みんなのお墓を作ってくれたのは、村の人たちだった。
私も一緒に手伝った。
けれど、あの時は悲しすぎて涙すら出なかった。
同じように家族を失ったエレナは、いまどうなのだろう。
彼女は勇者であり、貴族でもある。
きっと感情を抑えることにも慣れているのだろう。
貴族は幼い頃から、感情を表に出しすぎないよう教育されると聞いたことがある。
「……エレナ」
私は作業の手を止め、彼女の方を見る。
エレナは家族の前で跪いていた。
両手を合わせ、静かに祈っている。
「……」
その姿を見た瞬間、胸の奥が僅かに揺れた。
懐かしい。
なぜだろう。
私は、この手を合わせるという行為を知っている。
何かを祈る時。
誰かを弔う時。
遠い昔に、同じようなことをしていた気がする。
けれど、その記憶はあまりにも遠い。
手を伸ばしても届かない、遥か彼方に眠っているような記憶。
「……なんだろう」
私は小さく呟いた。
けれど、考えても分からない。
私は再びスコップを握った。
そして、墓を掘り進める。
しばらくすると、後ろから足音が聞こえた。
「変わるよ」
「え?」
振り返ると、エレナが立っていた。
「いいのよ。ご家族の側にいた方が……」
「大丈夫」
エレナは小さく笑った。
「一人で泣いていると、父様と母様に怒られそうだからさ」
その言葉と同時に、エレナの頬を涙が伝った。
「仲間だけに任せて、お前もやりなさいってね」
「……エレナ」
私は手を伸ばし、袖でエレナの涙をそっと拭った。
「じゃあ、二人でお墓を作ってあげましょう」
「うん」
エレナは涙を拭いながら笑った。
「ありがとう、リサ」
「気にしないで」
私とエレナは並んでスコップを握った。
一人ではなく、二人で土を掘り続ける。
大切な人たちを眠らせるために。
静かに、墓を作り続けた。
人数分の墓を掘り終えた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
空には星が見え始めている。
私は近くに転がっていた木材を拾い、魔法で火をつけた。
パチパチと音を立てながら炎が燃え上がり、辺りを照らす。
「じゃあ、運びましょうか」
「……うん」
エレナと二人で、まだ残る氷の中に眠る遺体を一人ずつ運んでいく。
メイド。
執事。
そして、屋敷で働いていた人たち。
その中に、エレナが特にお世話になったというメイドの姿はなかった。
「リリサさんはいないのね」
「うん」
エレナが氷塊を見つめる。
「リリサは魔法が使えたから……たぶん、この氷もリリサが作ったんだと思う」
「そうなの?」
「うん。こんな氷魔法、私は見たことがないけど……」
エレナが氷を見つめる。
「リリサならできると思う」
私も改めて氷を見る。
長時間に渡って遺体を保存し続けた氷。
しかも、ここまで綺麗に状態を保っている。
レインほどの魔法使いでも、簡単にはできないだろう。
「……ものすごい魔法使いだったのね」
「知らなかったんだよね。こんな高度な魔法使えるって……」
エレナは少しだけ笑った。
「私が子供の頃から、ずっと一緒にいてくれたんだ」
「じゃあ、どこに行ったのかしら」
「分からない……」
エレナの表情が曇る。
私は屋敷を見渡した。
半壊した建物。
壁に残る無数の傷。
崩れた柱。
床に残された戦闘の跡。
「もしかすると、屋敷が壊れた後に誰かと戦ったのかもしれないわね」
「うん」
「そして、どこかに身を隠しているとか」
「そうだったらいいんだけど……」
エレナは祈るように空を見上げた。
「リリサなら、生きてる気がする」
「私もそう思うわ」
根拠なんてない。
けれど、あの氷を見ていると、ただ殺されたとは思えなかった。
「今は探しに行くこともできないし、まずは皆さんを弔いましょう」
「うん」
私たちは再び作業を始めた。
残ったのは、エレナの家族だった。
「……」
エレナが黙って氷塊を見つめる。
父親。
母親。
兄たち。
エレナが愛した家族。
「……最後ね」
「うん」
エレナは小さく頷いた。
私は隣に立つ。
そして二人で、最後の遺体を氷の中から取り出した。
いよいよエレナの家族との、最後の別れが始まる。
最後の別れを前に、エレナは自分の髪に手を触れた。
すると、白銀だった髪が淡い光に包まれる。
そして、白銀の髪は、暗い金髪へと変わった。
「エレナ、それは?」
「あぁ。初めて見せるよね。髪の色を変える魔法なんだ」
「すごいわね」
エレナは自分の髪を指先で弄る。
「十五歳になる前までは、この髪色だったんだ」
「そうなの?」
「うん。父様の黒髪と、母様の白金の髪を足したみたいな色でさ……」
エレナは自分の髪を見つめる。
「私、この髪色の方が好きだったんだ」
「そう……」
私は少しだけ微笑んだ。
「じゃあ、ちゃんとお別れしなさい」
私はエレナのそばから離れようとした。
その時、手を掴まれた。
「……ごめん」
エレナが私を見ている。
「リサも……そばにいてくれないか?」
「……え?」
私は思わず目を丸くした。
こんな弱々しいエレナを見るのは初めてだった。
いつもは自信に満ちていて、何事にも真っ直ぐで、仲間を引っ張っていく。
そんな彼女が、今は私の手を離さない。
「……ご家族とのお別れに、立ち会ってもいいの?」
「リサが手伝ってくれたから、ここまでできたんだよ」
エレナは続けた。
「私一人だったら……きっと、何もできなかった」
「……」
私は握られた手を、今度は私から強く握り返した。
「じゃあ、私も一緒にいるわ」
「……うん」
エレナが少しだけ笑った。
「ありがとう」
それからエレナは、一人一人に別れの言葉を告げていった。
父親には、育ててくれたことへの感謝。
母親には、いつも優しくしてくれたことへの感謝。
そして――守れなかったことへの謝罪。
最後には、これから自分がどう生きるのかを伝えていた。
エレナは伯爵家の三女だった。
上には姉が二人いる。
けれど、二人とはあまり仲が良くなく、すでに他国へ嫁いでいるのではないかということだった。
家族も。
使用人たちも。
故郷さえも失った。
今のエレナには、身寄りと呼べる人間がほとんど残っていない。
実質、一人なのだ。
「……私と同じね」
私は小さく呟いた。
私も本当の両親を殺され、義父母を失った。
一緒に育った人たちも。
大切だった子供たちも。
もういない。
天涯孤独。
そんな二人が仲間になり、魔王討伐の旅をしている。
それを偶然と呼ぶには、あまりにも出来すぎている気がした。
もしかすると、これも何かの運命なのかもしれない。
そんなことを考えながら、私はエレナのそばにいた。
「…リサ、ありがとう」
再びエレナが私にお礼を伝える。
「まだよ。最後にこれをやらなきゃ」
最後に、私たちは火の魔法を使った。
魔族に殺された人間は、アンデッドになる可能性が高い。
だから、遺体をそのまま残すわけにはいかなかった。
炎が静かに燃え上がる。
エレナと私の魔法によって、遺体は少しずつ灰へと変わっていく。
やがて炎が消える。
残ったのは、白い骨だけだった。
私たちは、最後に土をかぶせる。
こうして、ブレイジング家の墓が完成した。
全てが終わった頃には、深夜を大きく回っていた。
静まり返った屋敷の中庭で、エレナは完成した墓をじっと見つめていた。
私はその隣に立つ。
かける言葉はなかった。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は8/16日曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い申し上げます。
少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。




