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その14 「故郷の危機」

 白い光が収まった。


 エレナの右手に握られている剣を、私は改めて見つめる。


 刀身は完全な白ではなかった。


 刃の部分だけが、ほんのりと水色を帯びている。


 それ以外は、柄に至るまで真っ白だった。


 まるでエレナの白銀の髪と呼応するような、鮮やかな白。


 その剣を見つめていたエレナが、ぽつりと呟いた。


「……この剣は、クラウ・ソラ……」


「クラウ・ソラ?」


「イグニス王国に伝わる伝承に出てくる名前だよ」


 エレナは剣を見つめながら続ける。


「天が使わした、空の王の名前なんだ」


「へぇ……」


 私は剣を見つめる。


「すごくいい名前だと思う」


「ありがとう」


 エレナは嬉しそうに笑った。


 その表情を見れば、どれほどこの剣を気に入ったのかがよく分かる。


 そのまばゆい光に誘われるように、レインたちもこちらへ駆け寄ってきた。


「何があったの!?」


「エレナ、その剣は……!」


 ノンナとザインも目を丸くしている。


 そして、いつの間にか野営していた冒険者たちも集まってきていた。


「すげぇ……」


「あんな剣、見たことないぞ」


 エルフ以外の者たちは、皆一様にその誕生を祝福しているようだった。


「勇者の剣だ!!」


 拍手する者。


 歓声を上げる者。


 ただ黙って剣を見つめる者。


 その場には、どこか温かい空気が流れていた。


 だが、少し離れた場所にいるエルフたちは、誰も祝福しようとはしなかった。


 ただ、私たちを冷めた目で見つめている。


 エルフ以外に握られるのが嫌だと言わんばかりの視線だった。


 その視線が少し気になったが、今はエレナの剣が完成したことの方が嬉しかった。


「ねぇ、エレナ」


「ん?」


「その剣、小手には戻せる?」


「ああ、大丈夫だと思う」


 エレナは右手に持ったクラウ・ソラを左腕へ近づける。


 すると、淡い光が剣を包み込んだ。


 光が消える。


 そこにあったのは、元のオリハルコンの小手だった。


「……できた」


「いい感じだね」


 エレナは左腕を掲げる。


「これで完璧だろ?」


 自慢げな顔をして、私を見る。


「でも、それ……私がいたからできたってこと、忘れないでね」


「もちろんさ」


 エレナは満面の笑みを浮かべた。


 その顔を見ていると、私まで嬉しくなってくる。


 こうして、エレナはこれから数年にわたって共に戦う、唯一無二の相棒を手に入れた。


 エレナの剣――クラウ・ソラ。


 それは、この世界に新たな伝説が生まれた瞬間だった。



 ――だが翌日。


 事態は動き始める。


 エルフの冒険者ギルドに、ある情報が飛び込んできた。


「イグニス王国が……魔王軍に侵攻されている」


 レインが受け取った書状を読む。


「各国に救援要請が出ているみたい」


「イグニス王国が……」


 エレナの表情が変わった。


「ということは、ブレイジング領も……」


 エレナの顔色が真っ青だ。


 イグニス王国は彼女の生まれた国だ。

 そしてブレイジング領は彼女の故郷。

 家族や友人達が住んでいる。


「今すぐ行く」


 その言葉と同時に、エレナは旅の準備を始めた。


 荷物をまとめ、武器を確認する。


 クラウ・ソラを何度も確かめる。


 私たち仲間も、それに続いた。


 エルフの都の門へたどり着いた。


 イグニス王国が心配だが、ようやくここを出られることに少し安堵した。


 そう思った私たちの前に立ちはだかったのは、魔王軍ではなかった。


「女王オーレリアからの命令です」


 門を守るエルフの兵士が、淡々と告げる。


「勇者一行については、エルディアからの出国を認めないとのことです」


「ふざけるな!」


 エレナが声を荒らげる。


「イグニスには今、魔王軍が攻め込んでるんだぞ!」


「我々には関係ありません」


「関係ないって……!」


 エレナの拳が震える。


 昨日まで、勇者の剣を手に入れて嬉しそうに笑っていた少女とは思えないほど、その表情には怒りが滲んでいた。


「魔王軍との戦いのために、あなた方をこの国へ留めるように仰せつかっております」


「そんな……」


 エレナが唇を噛む。


 今、この瞬間にもイグニス王国では魔王軍との戦いが続いている。


 そこへ私たちが駆けつけなければ、大変なことになるかもしれない。


「それに、今頃イグニス王国へ向かったところで無駄骨になる」


 門番が冷たく言い放つ。


「大人しくこの国に留まるようにとの、女王陛下の命令だ」


「ふざけるな!」


 エレナの怒声が響く。


「勝手なことばかり言いやがって!」


 エレナが左腕を見る。


 そして、クラウ・ソラを顕現させようと魔力を集中させた。


 だが――


「風魔法――烈風!」


 私が先に魔法を放った。


「ぐわっ!」


 突如として巻き起こった猛烈な風が、門番たちをまとめて吹き飛ばす。


 数人のエルフ兵が地面を転がった。


「リサ?」


 エレナが驚いた顔で私を見る。


 レインたちも不思議そうに私を見つめている。


「みんな、こいつらは無視して行きましょう!」


「そうね!」


 レインがすぐに頷いた。


「我らは別に、エルフの命令を聞く必要などないからな」


 ノンナも当然のように言う。


 ザインも黙って頷いた。


「さぁ、エレナ。行きましょう!」


「……うん!」


 エレナの表情が変わった。


 先ほどまでの怒りに満ちた顔ではない。


 もう一度、前を向いた顔だ。


「間に合うかどうかなんて、今はどうでもいい!」


 エレナは拳を握る。


「私たちが助けに行かないと!」


「その意気よ」


 私は微笑んだ。


「リサ……」


 エレナが私を見る。


「ありがとう」


 その笑顔に、先ほどまでの曇りはもうなかった。


「どういたしまして」


 私たちはそのまま門を抜ける。


 こうして、私たちはエルフの都エルディアを後にした。


 向かう先は、魔王軍に侵攻されたイグニス王国。


 私たちを待っているのが戦場だとしても。


 今はただ、一人でも多くの人を救うために急ぐ。


 私たちはエルディアの門の外に預けていた馬と荷物を、半ば強引に引き取った。


 エルフたちは当然のように文句を言ってきたが、ここでまた私は風魔法を放った。


 彼らに構っている暇はない。


 一刻も早く、イグニス王国へ向かわなければならない。


 イグニス王国は、アルファスト大陸の東部に位置している。


 王都からさらに東へ進めば、そこにはエレナの生まれ故郷であるブレイジング領があるらしい。


 エルディアから南へ下り、バイエルン帝国へ入る。


 そこから東へ向かう街道と広大な平原を駆け抜け、イグニス王国を目指す。


 かなりの長旅になる。


 途中、何度も魔物や魔族に襲われた。


 だが、今までの旅で培った連携がある。


 エレナが先頭を駆け、ノンナとザインが敵を食い止める。


 レインが魔法で敵を蹴散らし、私は後方から仲間たちを支援する。


 以前なら苦戦していたような魔物も、今では大きな問題にはならない。


 それでも、目的地までの距離は長かった。


 通常なら三〜四ヶ月ほどかかる道のり。


 それを私たちは、二ヶ月と少しで駆け抜けた。


 そして、バイエルン帝国へ入ったところで、私たちは嫌な情報を耳にすることになる。


「イグニス王国の王都が……陥落した?」


 エレナが聞き返す。


 私たちに情報を教えてくれた商人が、重い表情で頷いた。


「ああ。魔王軍は最初から王都を狙っていたらしい」


「そんな……」


 エレナの顔が青ざめる。


「じゃ、じゃあ、王都はもう……?」


「王都から逃げられたのは俺らが最後だった……」


 商人は言葉を続ける。


「バイエルン帝国からも騎士団や冒険者が派遣されていた」


「俺らと入れ替わりで王都に入ったよ」


「じゃあその人達も恐らく……」


「ああ」


 その言葉を聞いた瞬間、エレナが俯いた。


 拳を強く握り締めている。


「……もっと急がないと!」


 誰に言うでもなく呟く。


「エレナ……」


「まだ間に合うかもしれない」


 顔を上げたエレナの瞳には、強い意志が宿っていた。


「王都が落ちたからって、全部が終わったわけじゃない」


「そうだね」


 私は頷いた。


 でも、私たちの誰もが最悪の可能性を考えていた。


 王都を落とした魔王軍が、次にどこを狙うのか。


 そして、エレナの故郷であるブレイジング領は無事なのか。


 それを確かめる術はない。


 私たちはただ東へ進むしかなかった。


 バイエルン帝国を抜ける。


 そしてついに私たちは、イグニス王国の領土へ入った。


 見渡す限りの森。


 リレトの森という、帝国と王国の間にある森だ。


 その先に広がるのは、かつてエレナが暮らしていた国。


 だが、そこには以前のような活気がなかった。


 街道を行き交う人も少ない。


 遠くから煙が上がっている場所もある。


 エレナはそれを見つめながら、馬をさらに急かした。


「急ごう」


 その声には焦りが滲んでいる。


 私たちは、そんなエレナを止めることができなかった。


 彼女がどれほど故郷を心配しているのか、分かっていたからだ。


 ノンナも。


 ザインも。


 レインも。


 皆、同じ気持ちだった。


 そして私も、なぜか胸の奥がざわついていた。


 エレナの故郷。


 そこに何が待っているのか。


 私には、まだ何も分からなかった。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は8/13木曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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