その13 「クラウ・ソラ 誕生」
エレナの剣を探す旅は、意外な形で終わりを告げることになった。
まずは私が実演することにした。
右手にはめていたシルバー製の指輪を外す。
「昔、村に来たアクセサリー職人さんから教えてもらったの」
私は指輪を手のひらに乗せ、ゆっくりと魔力を流していく。
すると、銀色の指輪が淡い光を放ち始めた。
ぐにゃり、と柔らかく溶けるように形を変える。
「「「おぉ!」」」
数秒後。
私の手のひらには、小さなピアスが二つ乗っていた。
「「「おぉぉ……!」」」
一同が目を丸くする。
「す、すごい!」
レインなどは思わず身を乗り出していた。
「すごい……金属の形が変わった」
「村の子どもたちへ誕生日の贈り物を作る時に教わったの」
「じゃあ!」
エレナの目が輝く。
「この技術を覚えれば!」
「うん。たぶんできると思う」
「よし!じゃあ早速――」
「待って」
私はエレナを制した。
「いきなりオリハルコンはもったいない」
そう言って、小さな銀の指輪を一つ差し出す。
「まずはこれで練習しましょう」
エレナは指輪を受け取った。
「このくらいの大きさなら失敗しても惜しくないしね」
「でも、いいのかい?」
「いいの、この指輪を小さな剣へ変えることを目標にしましょう」
「分かった」
エレナは真剣な表情になる。
レインがこっそり近づいてきた。
「あの指輪、そんな安い物じゃないでしょ?」
「え?行商人から買った安物よ」
レインにはこう言ったが、実は違う。
有名なアクセサリー店で買った高級品だ。
私はアクセサリーが好きで集めていた。
何故なのかわからないが、シルバーのアクセサリーを見ていると落ち着いたからだ。
「エレナの場合、膂力変換魔法を使う時みたいに、身体へ魔力を流す感覚があるでしょう?」
「ある」
「その感覚で、今度は自分じゃなくて、この金属そのものへ魔力を流すイメージ」
「自分じゃなくて……金属に」
身体なら血管や神経を伝わせるような感覚がある。
でも金属には、それがない。
金属そのものへ、直接魔力を浸透させる必要がある。
「難しそうだな……」
そう呟きながらも、エレナは静かに目を閉じた。
私たちは息を呑んで見守る。
すると。
指輪が淡く光り始めた。
「おっ……!」
銀色の輪郭がゆっくりと歪み、細長く伸びていく。
やがて光が消えた。
エレナの手の中には、不格好ながらも小さな剣が手のひらに現れた。
「できた!」
「すごい!」
「一回で成功した!」
レインもノンナもザインも歓声を上げる。
私も思わず笑みがこぼれた。
「エレナ、すごいわ」
エレナは額の汗を拭う。
「でも……これ、かなり神経を使うね」
「うん」
私は頷いた。
「問題は、この先よ」
全員が私を見る。
「剣は作れた。でも鞘がないでしょう?」
「あっ」
エレナも気付いたようだ。
「戦闘が終わるたびに、この剣を持ち歩くわけにはいかないし、オリハルコンを納められる鞘がそう簡単に見つかるとは思えない」
エレナは手のひらの小さな剣を見つめる。
「普段は防具にしておいて、瞬時に剣として使えるようにできるようになればいいの」
エレナはゆっくり頷く。
「では、元の形へ戻してみましょう」
「元の指輪に?」
「そう。覚えてる?」
「やってみる」
エレナは再び集中する。
小さな剣が淡い光に包まれた。
「うーん……」
しばらく唸ったあと、光が収まる。
そこにあったのは――
確かに指輪。
だが、丸く歪み、左右の太さもバラバラ。
元の形とは似ても似つかない代物だった。
「あぁ……」
エレナが肩を落とす。
「惜しいわね」
レインが苦笑する。
ノンナもザインも残念そうにため息をついた。
私はその歪な指輪を見つめながら、小さく笑った。
「でも、一回でここまでできるなら上出来よ」
「本当の勝負は、ここからよ。私も何度も何度も失敗して、ここまでできるようになったから」
エレナが頷く。
「元の形の記憶と、作る剣のイメージを大事にして」
「わかった!頑張るよ」
そして、それから十日が経った。
エレナは、同じ区画で野営していた冒険者たちから不要になったシルバー製のアクセサリーを譲ってもらい、来る日も来る日も金属を変形させては元に戻す練習を繰り返していた。
最初は歪な指輪しか作れなかった。
だが、一つ、また一つと成功を重ねるたびに精度は増していく。
指輪をピアスへ。
ピアスを腕輪へ。
腕輪をネックレスへ。
そして、元の形へ戻す。
その繰り返しだった。
魔力を使い果たして、その場で眠ってしまう日もあった。
それでもエレナは諦めなかった。
「あと一回だけ」
「もう少しでできそうなんだ」
そう言って、毎日遅くまで練習を続けた。
私は隣で助言をしたりしながら、その努力を静かに見守っていた。
レインたちは、その間も街の情報収集を続けている。
こんな差別ばかりの都でも、魔王軍に関する情報だけは集めておかなければならないからだ。
そして、十四日目。
いよいよ本番の日だ。
私は右腕にはめていたオリハルコン製の小手を外し、エレナへ差し出す。
「いよいよね」
「ああ」
エレナの表情にも緊張が浮かんでいた。
この十日間で、シルバーなら思い通りの形へ変え、元に戻すことまでできるようになっている。
最後には、元よりも精巧な装飾品を作れるほど腕を上げていた。
剣の形も、何度も頭の中で思い描いた。
刃の長さ。
重心。
柄の握りやすさ。
色と形。
すべて理想の形はできあがっている。
だが、一つだけ問題が残っていた。
これはシルバーではない。
世界最高峰の金属オリハルコン。
魔力伝導率も硬度も、シルバーとは比較にならないはずだ。
同じ感覚で扱える保証はどこにもない。
失敗すれば、私の大切な小手は二度と元には戻らないかもしれない。
それでも私は、エレナならできると信じていた。
私は一歩下がり、静かにその姿を見守った。
いよいよ本番の日がやってきた。
エレナは私から受け取ったオリハルコンの小手を、ゆっくりと左腕へ装備する。
「左でいいの?」
私が尋ねると、エレナは何度か腕を動かして感触を確かめた。
「うん。左腕に装備して、右手を添えたら剣になるような感じにしたいんだ」
「何かこだわりでもあるの?」
「戦う姿をイメージしたら、この形が一番しっくりきた」
勇者なりの感覚なのだろう。
私は小さく頷いた。
「よし」
エレナは大きく息を吸う。
「やるぞ」
次の瞬間、膨大な魔力が左腕へ流れ始めた。
オリハルコンの小手が淡く輝き、静かに光を放つ。
全員が息を呑んで見守る。
だが――。
一分。
二分。
待っても、小手は微動だにしなかった。
「……変わらないね」
エレナが力を抜き、大きくため息をつく。
「うーん」
私は腕を組み、隣にいたレインへ視線を向けた。
「レイン、どう思う?」
「そうねぇ……」
レインは小手をじっと見つめる。
「たぶん硬度の問題じゃないかしら」
「やっぱり?」
「シルバーは、武器や防具に使われる金属に比べて柔らかい金属だから、魔力で形を変えやすい。でもオリハルコンは世界最高峰の硬度を持つ金属」
レインは顎に手を当てながら続けた。
「だから魔力を流すだけじゃ足りないのかもね」
「もっと根本から……金属を一度分解して、再構築するくらいのイメージが必要なんじゃないかしら」
「なるほど……」
私は思わず唸った。
「金属を分解、か……」
エレナを見る。
さっきまで意気込んでいた彼女は、肩を落とし、すっかり項垂れていた。
「そんな簡単にはいかないか……」
私はそっとエレナの隣へ歩み寄る。
そして肩に手を置いた。
「大丈夫よ、エレナ」
彼女が顔を上げる。
「私は見てるから。一緒に頑張りましょう」
その一言に、エレナは少し照れくさそうに笑った。
「……う、うん。ありがとう、リサ」
その笑顔を見て、私も自然と微笑む。
「じゃ、私はまた情報収集に行ってくるわ」
レインは軽く手を振った。
「何かヒントになるものがあるかもしれないしね」
「頼んだ」
エレナが答える。
レインが街へ向かい、ノンナとザインもそれぞれ動き始めた。
その場に残ったのは、私とエレナの二人だけ。
オリハルコンの小手を見つめるエレナの横顔は、諦めるどころか、ますます闘志を燃やしているように見えた。
それから、エレナは毎日苦闘の日々を送っていた。
今度はオリハルコンの小手だけを相手に、何度も何度も試行錯誤を繰り返していた。
魔力の量を変える。
魔力を流す速度を変える。
一気に注ぎ込んでみたり、少しずつ浸透させてみたりする。
だが――
オリハルコンの小手は、何をされても微動だにしなかった。
「……駄目か」
エレナが悔しそうに呟く。
「金属を分解して……再構築する」
私も一緒になって考える。
けれど、私も金属について詳しいわけではない。
アクセサリーの作り方を少し知っている程度だ。
このまま二人だけで考えていても、何も進まない。
そこで私たちは、あまり気乗りはしなかったが、時々エルフの工房を見学させてもらうことにした。
エルフたちは当然のように嫌そうな顔をした。
それでも女王オーレリアから客人として扱うよう命令されているため、私たちを追い返すことはできない。
工房の中では、エルフの鍛冶職人たちが黙々と武器を作っていた。
私は何気なく、その作業を眺めていた。
金属を熱する。
赤くなるまで熱し、柔らかくする。
そして、何度も何度も叩く。
形を整え、また熱する。
それを繰り返して、強く美しい武器へと仕上げていく。
「……ねぇ、エレナ」
「ん?」
「あれよ」
私は鍛冶師の作業を指差した。
「普通、武器を作る時って、金属を熱して柔らかくするでしょう?」
「そうだな」
「それから叩いて形を整える」
「うん」
私はオリハルコンの小手を見る。
「だったら……私たちも同じことをすればいいんじゃない?」
「え?」
「金属を熱するのよ」
「でも、オリハルコンを熱するって……」
「普通の火じゃ無理でしょうね」
私はエレナを見る。
「でも、エレナならできるかもしれない」
「私?」
「火属性の魔法が得意でしょう?」
「ああ」
「火を出すんじゃなくて、魔力そのものを熱に変えるの」
「……熱に」
「そう」
私は自分でも半信半疑だった。
そもそも魔力を熱へ変換するなんて、やったことがない。
でも、今までとは違う。
これなら、もしかしたら。
「やってみる価値はあると思う」
「……分かった」
エレナは頷いた。
そして私たちは、その日のうちに試すことにした。
エレナは左腕にオリハルコンの小手を装備する。
右手をその小手へ添えた。
「……熱にする」
目を閉じる。
いつものように炎を生み出すのではない。
魔力そのものを熱へ。
エレナの身体から、膨大な魔力が流れ始める。
そして、それがオリハルコンへと伝わっていく。
その瞬間だった。
ピクッ。
「……!」
オリハルコンが反応した。
「エレナ!」
「分かる……!」
小手が淡く光り始める。
今までとは明らかに違う。
魔力をいくら流しても無反応だったオリハルコンが、確かにエレナの魔力へ応えている。
淡い光は徐々に強くなっていく。
「すごい……」
私は思わず呟いた。
光はさらに強くなる。
エレナの姿さえ見えなくなるほどの、真っ白な光。
「エレナ!」
「まだ……!」
光の中で、エレナの声だけが聞こえる。
「もう少し……!」
さらに魔力が注ぎ込まれる。
そして――
ドクン。
まるでオリハルコンそのものが鼓動したかのように、強烈な光が周囲を包み込んだ。
「きゃっ……!」
私は思わず目を閉じる。
やがて光がゆっくりと収まっていく。
「……終わった?」
恐る恐る目を開く。
そこに立っていたエレナの姿を見て、私は言葉を失った。
左腕にあったオリハルコンの小手は消えている。
そして――
エレナの右手には、一振りの剣が握られていた。
片刃。
余計な装飾はない。
ただ真っ直ぐに伸びた、美しい刀身。
その全てが、真っ白だった。
「……この剣の名前は、『クラウ・ソラ』……」
エレナが呟く。
私は、その剣から目を離せなかった。
まるで最初から、その姿になることを決められていたかのように。
勇者エレナのためだけに生まれた、白き剣。
ようやく、勇者の剣が完成した。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は8/11火曜日22時に公開予定です。
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