その12 「謁見の目的」
扉が重々しい音を立てて開いた。
その先に広がっていたのは、静寂に包まれた謁見の間だった。
天井は高く、白い大理石の柱が左右に並ぶ。その奥、広い空間の中央にぽつりと置かれた玉座。
そこへ腰掛けていたのは、一人の女性。
長い緑髪に白銀の王衣を纏い、冷たい琥珀色の瞳でこちらを見下ろしている。
エルフの女王――オーレリア。
数千年以上続くエルフ王家、第五代目の女王。
その威厳だけで、部屋の空気が張り詰めていた。
私とエレナは揃って跪く。
「其方らが勇者と聖女か」
落ち着いた声だが、それだけで周囲の空気が震えたように感じる。
「はい。私が勇者エレナです」
エレナが頭を下げる。
「私が聖女リサです」
私も続けた。
すると女王の視線が私だけを射抜いた。
「では貴様が、我らの同胞を行方不明と報告した女か」
「……はい、私です」
「ふん」
女王は鼻で笑った。
「我らの十老会が、そう易々と消息を絶つものか!」
女王が私を睨む。
「……貴様、何をした」
やはりこの話になったか。
問いに私は首を横へ振る。
「……村で数日間お話をして、お見送りしただけです」
「嘘を申すな!」
女王の声が鋭く響く。
「調べはついておる。貴様はその後、一度村を出ておるな」
「はい……」
「さらに夜にも村を出ておる」
「それは……」
確かにそうだった。
孤児院が焼け落ち、皆を埋葬したあと。
私は気持ちを落ち着かせるため、一人で森へ向かった。
「そこで我らの同胞を殺したのであろう」
「違います」
私はすぐに否定した。
「バイエルン帝国に説明した通り、私はエルフの方々の行方はわかりません」
私は彼らを殺すなんてことはしていない。
「白々しい」
女王は吐き捨てるように言う。
「証拠はない。だがヒューマンは嘘をつく」
その一言で空気が一変した。
「衛兵」
「はっ!」
左右に控えていた衛兵たちが一斉に前へ出る。
「その女を捕らえよ」
私は思わず身構えた。
その瞬間だった。
「お待ちください」
ずっと黙り込んでいたエレナが一歩前へ出る。
「勇者…」
「彼女は私の仲間です。勝手なことをされては困ります」
真っ直ぐ女王を見据えて言う。
「私は金治とここまで半年以上、旅を共にしてきました」
「彼女は、理由もなく人を傷つけるような人ではありません」
「……エレナ」
胸の奥が少しだけ温かくなった。
「その女を庇うというのか」
「はい。彼女は私の大切な仲間です」
一切迷いはなかった。
「彼女を捕縛するというのであれば――」
エレナは腰の剣を静かに抜いた。
シャラン……
剣身が光を反射する。
「私を倒してからにしていただきます」
「貴様!」
衛兵たちが一斉に武器へ手を掛ける。
「この女王を前に剣を抜くか!」
「私は仲間を信じます」
エレナは剣先を一切揺らさなかった。
「本気なのだな」
「本気です」
長い沈黙が流れる。
やがて女王は小さく息を吐いた。
「……全員、下がれ」
「陛下?」
「今の命令は撤回する。勇者と事を構える気はない」
「はっ」
「こちらも兵を失うわけにはいかんからな」
衛兵たちは一礼し、元の位置へ戻った。
エレナも静かに剣を鞘へ納める。
「だが、その女とは話したくない。退席させよ」
しかしエレナは首を横に振った。
「この城で、彼女を私の目の届かない場所へ置くことはできません。同席させていただきます」
女王は露骨に顔をしかめた。
「あなた方が何もしなければ、私も彼女も動くことはありません」
「……好きにしろ」
「女王陛下の寛大なお心に感謝いたします」
エレナは再び頭を下げた。
私も頭を下げる。
そのまま視線を床へ落としながら、私は一つだけ思った。
エルフの女王とはいえ、ここまで頭を下げる必要があるのだろうか。
そんな考えが浮かんだ自分に少し驚く。
理由は分からない。
でも、どうしても、エルフという種族に好感を持てなかった。
嫌悪以上の何かを私の中に感じていた。
その後の話し合いは、エレナが進めた。
貴族として育っただけあり、交渉術は見事だった。
女王オーレリアも徐々に態度を軟化させ、最終的に三つの条件を受け入れる。
一つ。
魔王軍との決戦には、勇者一行も参戦すること。
二つ。
エルフ軍が魔王軍を引きつけている間に、私たちだけで魔王城へ突入すること。
そして三つ。
エルフの鍛冶師たちを訪ね、勇者専用の武器を探すこと。
オーレリアは少し考えた末、静かに頷いた。
「よかろう。魔王討伐のためなら許可しよう」
実は、この三つ目こそ今回の本当の目的だった。
エレナには専用武器がない。
彼女は身体能力を極限まで高める特殊な魔法を使うため、市販の武器では数度打ち合っただけで砕けてしまう。
普通の魔物や魔族なら拳だけでも十分戦える。
だが、相手は魔王。
さすがのエレナでも、武器なしで挑むのは危険だった。
女王の間を出た後も、多くのエルフから後ろ指を刺された。
だが、その度にエレナが睨みつけていた。
信じてくれる仲間がいるのは嬉しい反面、心の中がどこかチクリと傷んだ。
だが、城を出ると、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
私は隣を歩くエレナへ顔を向ける。
「……庇ってくれて、ありがとうね」
「え?」
エレナは不思議そうに首を傾げる。
「そんなこと?」
「そんなことって……」
「仲間だからね。当然だよ」
当たり前のように笑って答える。
その言葉が、なぜか胸に温かく残った。
「……ありがとう」
私はそっとエレナの手を握った。
自分でも気づかないうちに、手が少し震えていた。
でも怖かったとかそんなんじゃない。
私の中にエルフ達への怒りが沸々と沸いてきた。
いや、元々あったような感情だった。
「気にするな」
エレナは何も言わず、私の手をぎゅっと握り返した。
まるで震えを包み込むような、優しい力だった。
そのまま二人で城下町を歩き始める。
しばらく沈黙が続いたあと、エレナがぽつりと呟いた。
「エルフって、なんていうか……自分勝手な種族なんだろうね」
エレナが空を見上げた。
「自分たちの思い通りにならないと怒る」
「仲間がいなくなれば、真っ先に他の種族を疑う」
「そして、自分たちだけが正しいと思ってる」
「そんな感じがした」
私は静かに頷いた。
「そうね……私もそう思うわ」
「まぁ最初からああだとは思いたくないけどね」
エレナは苦笑する。
「それに、女王が命令を撤回してくれたんだ。大丈夫だと思うよ」
「そうね」
私は小さく笑った。
「きっとエレナのおかげで、何事もなく過ごせるわ」
私たちは手を繋いだまま城を後にし、皆が待つ野営地へと戻っていった。
翌日。
私たちはエルフ最高峰の鍛冶師たちを訪ね歩いた。
名工と呼ばれる者たちが打った剣も見せてもらった。
しかし、どれも決め手に欠ける。
最も頑丈とされた一本を購入したものの、レインの見立てでは、
「これも数回打ち合えば折れるわね」
という評価だった。
エレナは苦笑いを浮かべる。
「やっぱりダメか」
世界中を探しても、自分の力に耐えられる武器は見つからない。
その事実が、彼女の表情を少しだけ曇らせていた。
そこまで剣が見つからないものだとは思わなかった。
それだけ勇者の力は、常識から外れているのだろう。
エルフの名工が打った剣ですら、数合打ち合えば砕ける可能性がある。
そんな武器では、魔王と戦うどころではない。
私も何か方法はないかと考える。
すると、不思議なことに、頭の奥から一つの知識が浮かんできた。
まるで昔から知っていたかのように。
「……ねぇ、エレナ」
「ん?」
「アクセサリー職人って、金属に魔力を流しながら形を整えるでしょう?」
「そうだね。装飾品なんかはその技法を使うって聞いたことがある」
「だったら、その技術を剣に応用できないのかしら」
その場にいた全員が私を見た。
「剣に……?」
レインが目を丸くする。
「そんな話、聞いたことないわよ」
「私もない」
ノンナも首を横に振る。
ザインも困ったように笑う。
「でも……理屈だけならできそうだよね」
私は自分でも、なぜこんな発想が浮かんだのか分からなかった。
誰かに教わった覚えもない。
なのに、それが当たり前のことのように思えた。
「試してみましょうか」
そう言って私は、右手にはめていたオリハルコン製の小手を外した。
光を受けて鈍く輝くそれを、エレナへ差し出す。
私がいつの間にかもっていた防具。
村にあったのか、誰かにもらったのか、記憶にはない。
「これ、エレナにあげるからやってみない?」
「え!?いや、リサの大事な物じゃないの?」
「もし勇者専用の剣が作れるなら、その方が価値があるでしょう?」
エレナは少しだけ迷ったあと、小手を受け取った。
「それにオリハルコン製だから、これを使えばかなり良い剣になると思う」
「……ありがとう」
その目は、どこか子どものように輝いていた。
「よーし!」
エレナは拳を握る。
「滞在中に完成させよう!」
「賛成!」
「面白そうね」
「僕も手伝うよ」
こうして私たちは、エルフの都に滞在している間に、勇者だけが扱える新たな剣を完成させることになった。
この時の私たちは、まだ知らない。
完成した剣を試すために科された試練なのか、ただの偶然なのか、エレナにとって人生で一番悲しい事件が、このあと起こる。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は8/9日曜日22時に公開予定です。
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